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昭和の匂いを漂わせた私小説の求道者に脚光……藤枝静男、あの若手作家も愛読者

読売新聞 / 2024年11月25日 15時30分

マンガや評伝 漂う昭和 今も新鮮

 私小説作家として自身を徹底して見つめた末に、ぐい飲みや茶碗が語り出す『(でん)(しん)(ゆう)(らく)』のような奔放な作品を残した作家、藤枝静男が再注目されている。小説を原作にしたマンガや、生涯をたどった評伝など関連書が相次ぎ刊行された。戦後の昭和の匂いを漂わせる姿が、新しく感じられるのかもしれない。(池田創)

 戦争の記憶がまだ新しかった1950年代の人々を描写した小説が、伸びやかなタッチとポップな絵柄でよみがえった。

 「藤枝の作品を読み返すと工夫があって面白く、強度のある小説だと感じる」

 マンガ評論の分野でも活躍する劇画家の川勝徳重さん(32)は55年に発表された小説『(やせ)()(まん)の説』をマンガ化し、リイド社から刊行した。

 同作は開業医をしている「私」の元を、家出をしためいのホナミが訪ねてくる物語。獣医師を目指すホナミの明るい美しさと、めいを心配する私の揺れ動く心情を描く。原作は芥川賞候補となるも、石原慎太郎『太陽の季節』と競い敗れた。選考委員の佐藤春夫からは「単純な風俗小説の域を超えた一個の文明批評を志している」と評された。

 川勝さんは天真(らん)(まん)なホナミの姿、藤枝の(ふう)(ぼう)らしき鋭い目の「私」、コミカルな飼い犬の表情などを描き、叙情的にまとめ上げた。50年代の片田舎の風景や診療所なども描写し、当時の空気が立ち上ってくるようだ。「(日本映画の全盛期にあった)プログラムピクチャーのようなものを描きたかった。藤枝の原作は当時の風俗やキャラクターが生き生きとしていた」と振り返る。

 藤枝は伝統的な私小説の形態を破り、新しい表現方法を模索し続けた。『悲しいだけ』で、妻を亡くした悲哀と川や山が交錯する風景を書いた。小説『空気頭』は<私はこれから私の「私小説」を書いてみたいと思う>という導入で始まり、文体を変えながら、空想と現実が混然一体となった世界で、「私」のこれまでの歴史が明かされていく。

 「藤枝静男は自分を見つめるということを様々な方法で実験した作家だったのではないか」

 『藤枝静男評伝―私小説作家の日常―』(鳥影社)の著者で私小説研究者の名和哲夫さん(61)はそう話す。

 同書では挫折の連続だった学生時代、病気がちだった妻のことなどを丁寧にたどった。作家がどのような日常生活を送っていたのか、私小説というジャンルについてどのような考えで向き合っていたのか、残された雑記帳などから解き明かしていく。

 没後30年以上たった今でも、藤枝の文章はなぜ人をひきつけ続けるのか。「藤枝は私小説を書きながら私小説と自分を探求していた求道者だった。現代の読者は藤枝の小説を通して自身を見つめ直すことができるんじゃないか」

細部を見る力 魅力…作家・豊永浩平さん

 沖縄出身で小説『ちちいや、うんまい』で今年の群像新人文学賞と野間文芸新人賞を受賞した作家の豊永浩平さん(21)=写真=も、藤枝静男を愛読する。生きた時代は違っても、小説の持つ自由度の高さを感じたという。

 藤枝の小説に触れたきっかけは、数年前にSNSで他の人から代表作『田紳有楽』を教えてもらったことだった。同作は池に放り込まれた陶器がしゃべり出す物語だ。「私小説作家というふれこみからは逸脱して、今までに読んだことのない、気持ちのいい文章だった」

 短編「(いっ)()(だん)(らん)」もお気に入りの作品だ。同作は死んだ主人公が先祖代々の墓へ入っていき、終盤は祝祭的な雰囲気に包まれる。「俗っぽい人間や無機物にさえ、大団円と救済がある。読んでいて楽しいです」

 文芸誌「群像」9月号には、『田紳有楽・空気頭』(講談社文芸文庫)を読んだエッセーを寄せた。「細部を見る力があった作家なのだと思います。これからも藤枝さんの文章を読んで、小説というものに向き合っていきたい」

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