「本来の資産運用は将来に備えるゴールベースアプローチが必要」…日本資産運用基盤グループ・大原啓一社長
読売新聞 / 2024年11月19日 11時0分
政府が進める「資産運用立国」の実現には、国民に金融商品を提供する資産運用業界の取り組みが重要になる。銀行や証券会社、運用会社を黒子として支える日本資産運用基盤グループの創業者、大原啓一社長に話を聞いた。(聞き手・市川大輔)
もうけ期待「投資」と混同
――事業に対する思いは。
「私がこれまでの経歴で抱いた問題意識に通じている。大学卒業後、調査研究機関で欧米の資産運用業界の調査を始めたことが、資産運用業界との出会いだ。日本でも資産運用ビジネスは普及すると感じ、日系の運用会社に転職した。3年後にロンドン勤務となり、7年半を過ごした。
ロンドンで感じたのは、当時の運用会社は、銀行や証券会社が日本の個人顧客向けに売りやすい商品を作らされているということだった。いつしか家族には『自分が作る商品以外の商品を買った方がいい』と話すようになった。
そんな時に、英金融サービス機構のアデア・ターナー元会長の本を読んだ。『金融はそれ自体に価値がある商品やサービスではない。今日は金融サービスを買いに行こうとはならない』と書いてあった。
融資や保険も含め、すべての金融サービスは将来、または現在、何かに使うお金を対象としたものだ。しかし、なぜ資産運用だけそう考えず、『お金を使ったらもうかる』といった話になってしまうのか。資産運用は、もうけが期待される機会に資金を投じる『投資』と混同されていたからだと思った。
本来の資産運用は、老後の生活資金や子どもの養育費など、将来に備える『ゴールベースアプローチ(GBA)』が必要で、投資とは区別されなければいけない。GBAは、単に投資商品を並べるのでなく、どんな備えが必要か、専門人材がサポートするサービスだ」
――ロンドン時代に大手運用会社を辞め、帰国して運用会社を創業した。
「国内で運用会社を経営すると、日本の運用業界の効率の悪さを目の当たりにし、別の問題意識を持った。欧州では世界中からお金や優秀な人材が集まり、2~3人でも運用会社をどんどん設立していた。
日本では、業として登録するのに手間がかかり、高いシステムを買う必要がある。事務やシステムの人も雇わなければならない。硬直的な垂直統合型の事業のままで、端的に表現すれば、すべてを自分でやることが尊いという自前主義だ。私は、個人の顧客向けのサービス作りに専念したかったが、こうしたことを考えるのに8割は気を取られた」
――そこで現在の会社を始めた。
「小さな会社が、直接個人の顧客にサービスを提供するのではなく、理念に賛同してもらえる金融機関を多く集めて、日本中の顧客にサービスを届けることにした。一方、金融機関にとって効率の悪いことをなくすために、当社が共通インフラ(基盤)を提供する必要もあると考えた。この二つが現在の主力事業につながっている」
垂直統合ではなく水平分業
――一つ目の主力事業は。
「個人の顧客に、GBAの資産運用サービスを提供するため、金融機関を裏側で支える事業だ。個人の顧客に対面でサービスを届ける地方銀行や信用金庫のほか、商品を提供する運用会社や証券会社に対し、システムや研修の場を提供している。
一貫する我々の理念は役割分担で、垂直統合ではなく、水平分業だ。それぞれが得意分野に集中し、ほかの分野を相手に任せれば、皆が幸せになる」
――なぜ、そのような枠組みとしたのか。
「全国の家庭に訪問して、人生計画に応じた運用方法を提案しようとすると、地銀や信金など、地域に密着した金融機関が欠かせない。商品を提供するのは運用会社や証券会社だが、GBAに沿ったシステムや業務の基盤が日本にはなかった。当社は、NTTデータと連携してGBAのサービス全体を設計した」
――サービスを取り巻く環境は。
「富裕層は大手対面証券を、若年から中年層はネット証券を使うことが多い。我々の主な顧客は、地域の金融機関が対面するシニアの方々だ。サービスを始めた当初は『資産運用にはGBAが必要』だと伝えても、金融機関に理解してもらえなかった。近年は金融機関との連携が増えつつある。たとえば、地銀は広島銀行や佐賀銀行、運用会社は野村アセットマネジメントや三井住友DSアセットマネジメントなど。数年後にはほとんどの地銀で、導入してもらえるようにしたい」
――もう一つの主力事業は。
「運用会社の運用以外の業務を支援する事業だ。私自身、創業した運用会社で苦しんだ。当社の基盤が運用会社の事務やシステムを集約して請け負うため、運用に集中できる。投資判断をする数人のスタッフだけで運用会社を経営でき、早期に黒字化もしやすい。運用会社や業界全体の事業効率が上げられる。当社は、多くの人員やシステムを抱えているわけではないので、三菱UFJ信託銀行と連携して請け負っている」
顧客と金融機関、両方もうかる仕組み
――政府が進める「資産運用立国」に対する問題意識は。
「金融業界は、投資商品を提供するだけでなく、それを使ってどうやって将来に備えるのかという資産運用サービスをもっと考えなければいけない。自前主義から脱却して効率化することも大事だ。そうすれば、金融機関の利益も増える」
――生活者の利益と業界の利益は両立するのか。
「資産運用サービスは本来、顧客と金融機関の両方がもうかる仕組みだ。顧客の資産が増えたら、金融機関側は残高に応じて手数料が増える。ただ、金融機関側が売り上げを考えて手数料を下げすぎると、運用業界はもうからなくなり、人材も集まらず、資産運用立国が進まなくなる」
――「資産運用立国」を進めるために何が必要か。
「国や業界が目指す将来の姿を掲げた方が良いだろう。業界の就業者数や利益をいつまでにどのくらいに増やすかといったことや資産運用業界が国内総生産(GDP)の中でどれくらいの割合を占めるという具体的な数字を示す。もっと稼げる業界に成長し、GDPの拡大に貢献しなければならない」
◆大原啓一氏(おおはら・けいいち) 2003年東大法卒、野村総合研究所入社。04年、興銀第一ライフ・アセットマネジメント(現アセットマネジメントワン)に入社し、英国法人に7年半出向する。10年、英ロンドン・ビジネス・スクール金融学修士修了。帰国後の15年に資産運用会社を創業。18年に日本資産運用基盤グループを設立し、社長。
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