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鍵盤奏者のバンジャマン・アラールが取り組む「バッハ作品全集」…古楽演奏に新風、荘重に軽やかに自在な響き

読売新聞 / 2024年11月22日 17時0分

「『古楽』の解釈は一つではない。様々なやり方があるのです」(東京都内で)

 チェンバロとオルガンの両方で活躍するフランスの鍵盤けんばん奏者、バンジャマン・アラール(39)は、重厚謹厳な従来の古楽演奏に新風を吹き込む新世代の音楽家だ。バッハの作品全集に取り組む近況について話を聞いた。(松本良一)

 「演奏家がいにしえの音楽に生命を吹き込めるかどうかは、音楽への思索をいかに深めるかにかかっている。リスクを恐れず、あらゆることを試したい」

 チェンバロとオルガンの両方を弾きこなすには、正反対の楽器の特性に習熟する必要がある。「オルガンの響きは荘重だが、チェンバロは軽やか。両方をマスターすることで、オルガンで弾むような舞踊のリズムを刻んだり、反対にチェンバロで重厚な和声を響かせたりできる」と話す。

 ハルモニアムンディ・レーベルで2017年にスタートしたバッハの「鍵盤のための作品全集」の録音は、完結すれば全17タイトル、CD数十枚分に及ぶ壮大な企画だ。最新の第9巻では、有名な「半音階的幻想曲とフーガ」などを18世紀製作のチェンバロで繊細かつ雄弁に弾いている。

 作曲当時の楽器や奏法を用いる古楽演奏のスペシャリストだが、その音楽は学究的な厳格さから解き放たれている。「もちろん解釈などの流儀は尊重します。でも、それが表現の前面に出ると自由な精神が失われる。演奏する時は学んだことをいったん忘れ、初めて見るように楽譜を読むべきだ」と力説する。

 たとえば第12巻として2026年に発売予定のバッハの「ゴルトベルク変奏曲」。チェンバロのために書かれた曲だが、一度オルガンで弾いたことがあり、「オーケストラを思わせる雄大な音から新しいイメージが得られた」。オルガンは時代や地域によってスタイルが異なり、一台一台違う響きを持つ。その経験を生かして最近録音したという。

 すでにファリャのチェンバロ協奏曲など20世紀作品も録音しているが、今後はメンデルスゾーンやブラームス、フランクなど19世紀の作曲家にも本格的に取り組みたいと語る。「私のモットーは好奇心を途切れさせないこと」。その言葉は鍵盤楽器の新たな地平を切り開く気概に満ちている。

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