ポーランド映画の現在地<2>製作支援の公的枠組み・個の尊重…「共助」の仕組みが文化につながる
読売新聞 / 2024年11月22日 11時30分
最新・最注目のポーランド映画を集めて、バルト海沿岸の港湾都市・グディニアで9月下旬に開かれた、第49回グディニア・ポーランド映画祭は、多くの作品、多くの観客でにぎわっていた。ただ、1990年代後半から2000年代初頭にかけては、作品集めに苦労した時期もあったという。それは、映画祭側の問題というよりも、ポーランド映画界が経済的苦境に陥っていたためだという。
2005年の大きな変化、民間からの「1・5パーセント」
そんな状況を変えたのが、2005年、国の法律で新たに定められた映画製作への財政支援の公的枠組みだ。その統括機関として、ポーランド映画協会(英語名称はPolish Film Institute=PFI)が設立された。この法律はシネマトグラフィ―・アクトなどと呼ばれる。
PFIの運営・活動費は、ポーランド文化・国家遺産省の補助金などでまかなわれているが、製作支援の主たる原資は、映画の配給・放送・配信などで利益を得る事業体からの納付金だ。具体的には、映画配給会社や映画館オーナー、テレビ局(公共放送局を含む)、ケーブルテレビ、デジタルプラットフォームに毎年、利益の1・5%の納付が義務付けられている。こうした枠組みは、ポーランド文化・国家遺産省と、ポーランド映画人協会(英語名称はPolish Filmmakers Association)の協力を推進力にして、法制化にこぎつけたという。
グディニアで、PFIと映画人協会、それぞれに現状と課題について取材した。
フランスから大きな影響
2005年に規定されたポーランドの映画製作支援の枠組みは、フランスから大きな影響を受けているという。9月下旬の取材当時のPFI最高責任者(General Director)、カロリーナ・ロズヴド氏の説明によれば、「(各事業体が)1・5%を払い、それがまた映画界に還元されるというメカニズム。PFIはそのために設立されました。これらのお金は映画製作以外の、ポーランド映画の海外プロモーションや観客への映画教育プログラムなどにも使われます」。
映画振興の中心的役割を果たす公的機関を設け、民間から「共助」の財源を得る仕組みは、確かに、国立映画映像センター(CNC)を中心とするフランスの映画振興のあり方と重なる。
「映画は、本当に多くの人に届く文化。映画館のみならずテレビなどでも見ることができます。しかし、(製作に)非常にお金がかかる文化でもありますから、ポーランド文化省のお金だけでは、ポーランドの映画が必要とするお金を全部まかなうことはできません。国の予算とは別に、民間から拠出を受け、そのお金がポーランドの文化をより豊かなものにするのです」
支援の対象は、主に「映画祭に出すような、アートハウス映画」。つまり映画監督の個性が発揮される「作家主義映画」だ。大衆向けの商業映画や、配信プラットフォームが製作する映画などは支援を受けていないという。
2024年のPFI運用プログラムによると、映画製作支援に割り当てられた金額は合計1億4200万ポーランドズロチ(約53億円)。実際の製作のみならず、その前段階の企画開発も支援の対象になっている。ちなみに、日本芸術文化振興会による日本映画製作支援事業の24年度の交付予定額の総額は、約5億6500万円(財源は、国からの補助金)だ。
「キャッシュリベート」
グディニアの映画祭ではボーダーレスな作品も目立ったが、ポーランドでは国際共同製作も増加傾向にあるという。「国際共同製作により、映画の可能性も、ポーランド人が作るチャンスも、ポーランドにお金が流れてくる可能性も広がります」。その促進につながる、同国内での映画製作に対する「キャッシュリベート」の仕組みも整備されており、PFIがハンドリングしている。一定要件を満たせば、同国内で発生した製作費のうち、対象経費の30%が国庫から払い戻される仕組みだ。
最近の好例が、米国アカデミー賞の国際長編映画賞などを受賞した「関心領域」(ジョナサン・グレイザー監督)。アメリカ、イギリス、ポーランドの合作で、監督のグレイザーはイギリス人、主演はドイツ人俳優、スタッフはイギリスとポーランドなどの混成。第2次世界大戦中のナチスによる大量虐殺を題材にした同作の撮影は、主に、ポーランド南部、アウシュビッツ強制収容所周辺で行われた。
ポーランドの取り組みが、映画そのものの可能性の拡大にもつながっているとも言える。
映画人を代表する組織の役割
ポーランド映画人協会は、1966年に設立された同国最大の映画関係者の組織で、現在の会員は約2200人。監督、プロデューサーをはじめ、脚本、撮影、編集、美術など「映画の現場で働く人々すべて」が含まれる。俳優協会ができる前は、俳優も対象としていたという。
同協会は、映画人を代表する組織として、映画製作の環境整備や、創作者の権利保護にも積極的に取り組んでいる。インターネット配信時代の著作権使用料徴収システムの整備にも力を注ぐ。前述の通り、2005年の映画製作支援の枠組み確立に関しても、法案の成立に向け、キャンペーンを展開するなど大きな役割を果たした。
「シネマトグラフィー・アクトがなかったら、ポーランド映画は存在しなくなっていただろう」と、ポーランド映画人協会の広報担当、グジェゴシユ・ヴォイトヴィチ氏は言う。
政治・経済・社会状況の影響
ただ、映画製作支援の枠組みはあっても、政治・経済・社会状況の変化の影響は不可避だ。同協会副会長で、映画監督のカロリーナ・ビエラフスカ氏は、「今、作り手たちは製作資金確保に苦労している」と言った。
コロナ禍で大きく落ち込んだ国内興行収入は、復調傾向にあるものの、コロナ前の水準にはまだ戻っていない。近年はインフレによる景気の減速もあった。
また、今回のグディニアでの取材では、2015年から23年末まで8年間、強権的な右派ポピュリズム政党「法と正義(PiS)」が政権を握ったことが、映画の製作環境に影を落としたという声を聞くことも多かった。
グディニアの映画祭で今年最高賞を取った、アグニエシュカ・ホランド監督の「人間の境界」が、その果敢な内容ゆえに、昨年の公開時に前政権から非難されたことには前回も触れた。ホランド個人に関してSNSに攻撃な書き込みをした閣僚もいたといい、それに対して同協会は抗議書面を送付。また、彼女に対するヘイト犯罪を警戒して、協会の予算で護衛を付けた時期もあったという。
ビエラフスカ氏も、「自分が作った映画は(前政権時代の)8年間、公開されませんでした」と明かす。「コール・ミー・マリアンナ」というドキュメンタリーで、主人公は、自分らしくありたいと願うトランスジェンダーの少女。「ロカルノ国際映画祭など26の映画祭に出品され、賞も取ったのですが、反LGBTの姿勢を取っていた前政権の時代には公開されることはなく、やっと最近になってテレビ放映されました」
会員たちの年齢層に合わせた支援
ポーランドの映画人にとって製作支援の公的枠組みは非常に重要だが、課題は絶えず生まれる。映画作家が映画を自由に作り続けていくために何が必要か、現実を見据えて活動を続けるポーランド映画人協会の存在意義は大きいようだ。
映画人協会は、会員たちの年齢層に合わせた支援も行っている。
たとえば、同協会は『スタジオムンク』という製作スタジオを運営しているが、その主たる目的は、「若い映画作家へのスカラシップ」だ。応募プロジェクトを審査した上で、創作の自由を損なうことなく、プロフェッショナルな環境でデビューできるよう作品をプロデュースする。これまでに長編と短編合わせて300本以上が作られ、主要な国際映画祭などでも上映されている。
今年のグディニアの開幕を飾った「アンダー・ザ・ボルケーノ(火山の下で)」のダミアン・コツル監督のデビュー作「パンと塩」(2022年)もスタジオムンク作品で、ベネチア国際映画祭でオリゾンティ部門審査員特別賞に輝いている。
「中年フィルムメーカーは働き盛りですから、その年代に向けたプログラムは特にないのですが、ポーランドのシステムや法律を彼らにとってより良いものにするよう、私たちは努力しています」とヴォイトヴィチ氏。そして、シニアに関しては、アフターキャリア支援があるという。「彼らの映画コミュニティーとのつながりを保つために、イベントを開催しています。また、経済的問題を抱えていたら支援もできます」
同協会は、ワルシャワに「キノ・クルトゥーラ(直訳すれば『文化映画館』)」というアートハウス映画館も所有。野心的なポーランド映画、各国の優れた映画を上映するほか、映画人たちによるさまざまなイベントを開催。このほか、仕事にも休養にも使える保養施設も持っているという。
文化的であるということ
個を大切にして、映画文化をつむぐ。文化的であるということは、人間を尊重することなのだと今回、取材をしながら思った。「私たちが作りたいのは、(商業的な成功を最優先するようなタイプの)プロデューサー映画ではなく、作家主義の映画」とビエラフスカ氏が強調していたことも、心に残った。ポーランドにおける映画界の「共助」の仕組みを聞くにつけ、それが確立されていない日本の現状と引き比べずにはいられなかった。(編集委員 恩田泰子)(つづく)
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