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さらば旧・関西将棋会館、藤井聡太竜王が頂点へ駆け上がるまでのセピア色の記憶…大山康晴十五世名人らの掛け軸はそのまま新会館へ[指す将が行く]

読売新聞 / 2024年11月25日 11時30分

竜王戦2組の広瀬章人八段(当時)戦で盤上没我する藤井王位・棋聖(当時)(2021年2月)=吉田祐也撮影(セピアモードを使用)

 4年ほど前のこと。近い将来、彼は将棋界の全冠を制覇して、将棋会館で対局する姿を見かけなくなるだろう。ふと、そんな思いがよぎった私は、カメラの設定を「セピア」モードにしてシャッターを切った。関西将棋会館・御上段の間で対局する「藤井聡太」は普段通り盤上没我していた。さらば旧・関西将棋会館。藤井竜王の竜王戦対局を中心に、修業時代を過ごした旧会館での歩みを振り返る。(デジタル編集部・吉田祐也)

対局中の救急車の音、「イレブン」の勝負めし…思い出の詰まった旧会館

 大阪市福島区から大阪府高槻市へと移転する関西将棋界の総本山。40年以上にわたって棋士やアマチュア愛好家を支えた。旧会館では11月28日が公式戦最終対局日で、12月3日から新関西将棋会館で次の歴史が動き出す。

 大阪市福島区の旧会館は大通りに面していて、救急車など緊急車両が通るのは日常茶飯事だった。藤井竜王の対局のインターネット中継で「ピーポー、ピーポー」の音が、うっすらと響いていたことを記憶している方も多いのではないか。1階には飲食店「イレブン」が入っていて、「勝負めし」の注文はもちろん、棋士や将棋ファンの憩いの場でもあった。

 そういえば、藤井竜王は「イレブン」でよくバターライスを頼んでいた。店側が気をきかせて、マッシュルーム抜きで作っていたのが懐かしい。現在は、小さくカットしたキノコ類ならば食べるようになっている。「高級キノコの代名詞であるマツタケは、いまだに食べたことがないですけど」と22歳になった藤井竜王は笑った。

杉本昌隆八段門下の「少年」、俊英ぞろいの関西奨励会で頭角を現す

 2012年、藤井竜王は小学4年の時に杉本昌隆八段門下で関西奨励会に入り、愛知県瀬戸市から大阪市福島区へと通った。少年にとっての「通勤」が始まった。

 藤井竜王は、棋士を目指す「神童」たちの中でも群を抜く終盤力と勝利への執着心で、順調に昇級を重ねた。将棋に対する集中力はすさまじく、例会で連敗してしまった時には、リュックを大阪に置いたまま家に帰ってしまったこともあった。勝負に対して熱くなる姿は、子供の頃から変わっていない。

 2014年、小学6年の時に奨励会初段となった。すさまじい速さで奨励会の有段者となり、渡辺明九段以来の「中学生棋士」誕生の期待がかかった。表情にはあどけなさがうかがえるが、盤上では気後れすることはない。藤井竜王は昔から長考派ゆえ、関西将棋会館での例会では、駒がぶつかる前に持ち時間を使い果たし、秒読みで延々と戦い続けることも多々あったという。それでも白星をつかみ取る姿は周囲から恐れられた。三段リーグは1期抜けを果たし、2016年に14歳2か月で史上最年少棋士となった。中学2年の時だった。

デビューから破竹の29連勝、14歳にして「御上段」の上座で対局

 藤井四段(当時)はデビュー以降、負けなしで29連勝という歴代1位の記録を打ち立て、「将棋フィーバー」を巻き起こした。毎局、大勢の報道陣が対局室に詰めかけていた。

 2017年の5月、連勝記録の過程で当時の藤井四段が、関西将棋会館の最上位の対局室・御上段の「上座」で対局した珍しい場面があった。新人王戦で、相手がアマチュアの横山大樹さんだった。横山さんの勤務に合わせて休日に対局が行われたため、同じ日に対局する上位棋士がおらず、藤井四段が最上位の対局室を使い、しかも上座に入ったのだ。先輩棋士らは「14歳にして御上段、そして上座がしっくりきている」と感嘆していた。

5組1回戦では四段だったのに決勝進出時には七段…「光速」の昇段

 2018年はとんとん拍子に昇段した年だった。1月の竜王戦5組1回戦・中田功七段(当時)戦では四段だったが、2月に順位戦昇級を決め五段に、同月に朝日杯優勝を果たして六段となっていた。3月の竜王戦5組2回戦・阿部隆八段(当時)戦は関西将棋会館で行われ、水無瀬(みなせ)の間の下座で対局していた。2回戦では六段だったが、5月に5組決勝進出を果たした時点で規定により七段へ昇段した。「四→五→六→七」への出世は「光速」だった。

2019年本戦の大一番、時の名人に完敗「全ての判断で相手が上」

 2019年は竜王戦で大一番があった。ランキング戦4組で優勝し、本戦でも2勝してトップランナーの豊島将之名人(当時)と対戦した。藤井七段(当時)が公式戦で2戦してまだ勝ったことのない相手だったが、すでにタイトル挑戦をすることが自然と思われる力を備えていて、注目を集めた。この対局に勝ったのは豊島名人だった。「大きな勝利だった」と後に振り返った豊島名人は竜王を奪取し、竜王・名人へと上り詰めた。悔しさをかみしめた藤井七段は「全ての判断で相手が上回っていた」と完敗を認め、さらなる棋力向上に努めた。

3組決勝で師弟対決、和装で臨んだ師匠は完敗でも「役割果たした」

 2020年の竜王戦3組では感動的な師弟対決が実現した。17歳の藤井七段は順当に決勝へと駒を進め、51歳だった師匠の杉本八段は反対の山を懸命に勝ち上がり、決勝進出を果たした。関西将棋会館・御上段の間に杉本八段は和服で入室した。「弟子に対する敬意です。私が藤井を相手に上座で対局するのは、今日が最後です」と和装に強い思いを込めていた。対局は弟子の快勝だった。「ボロ負けは情けなかったですが、役割を果たしました」と局後に胸を張った師匠の目は潤んでいた。

 コロナ禍となった同年7月に初タイトルとなる棋聖を最年少で獲得し、勢いに乗って竜王挑戦へと駆け上がるかと思われた藤井棋聖(当時)だったが、竜王戦は本戦の初戦で丸山忠久九段に敗れた。がっくりとうなだれて感想戦に臨んだ姿は記者の脳裏に刻まれている。

旧会館での竜王戦対局、2021年の八代弥七段戦が最後に

 そして2021年、二冠となっていた藤井王位・棋聖(当時)は竜王戦2組を制した。2月に関西将棋会館で行われた2組2回戦は広瀬章人八段(当時)戦で、直感にいざなわれた記者は、カメラを「セピア」モードにして撮影した。ほとんど使わない手法だが、いずれ東西の将棋会館では対局しない棋士になると思い、夢中でシャッターを押した記憶がある。

 夏場に行われた本戦では、山崎隆之八段、八代弥七段を撃破し、挑戦者決定三番勝負へと駒を進めた。本戦の2局は関西将棋会館での対局だった。10代ながら、御上段の間で大棋士の掛け軸を背負って対局する藤井王位・棋聖からは風格がにじみ出ていた。竜王戦を旧会館で戦ったのは、2021年8月の八代七段戦が最後となった。

タイトル戦続き、東西会館での対局機会がほとんどなくなった藤井竜王

 挑決では、永瀬拓矢王座(当時)に連勝し、豊島竜王(当時)への挑戦を決めた。その後、叡王も加えていた藤井三冠(当時)は竜王戦七番勝負で4連勝し、初の竜王位を獲得した。四冠となり、八大タイトルの半数を保持した「藤井時代」は確たるものとなってゆく。

 2022年以降、防衛を重ねながら着々とタイトルを増やした藤井竜王。番勝負は全国各地で行われるため、東西の将棋会館では、ほとんど対局をしなくなった。そして2023年10月に王座を奪取し、前人未到の「八冠」制覇を成し遂げた。

 同年秋に大阪府高槻市で行われた関西将棋会館移転の地鎮祭に藤井竜王は参加した。年が明けて新会館の工事が進む中、大阪市福島区の旧会館では、関西所属棋士の変わらない日常があった。

練習将棋で後輩を容赦なく負かす、関西のよき伝統は次の時代でも

 棋士室で先輩棋士と後輩棋士や奨励会員が盤を挟んで腕を磨く。「山ちゃん」と慕われる山崎八段は20年以上前の若手時代から、練習将棋で奨励会員らに胸を貸していた。プロ入り前の豊島九段や稲葉陽八段らを容赦なく負かして、徹底的に鍛え上げた。今年5月、山崎八段は棋士室で池永天志六段との練習将棋に励んでいた。「体で覚えた将棋」と称される関西のよき伝統は、新会館に移ってからは形を変えるかもしれないが、受け継がれるだろう。

 新関西将棋会館のお披露目式は11月17日に行われた。日本将棋連盟の専務理事を務める脇謙二九段、常務理事の井上慶太九段は移転前から「対局室の伝統は引き継ぐ」という話をしていた。

 メディア向け内覧会で、その言葉の意味が明らかになった。新会館の最上位の対局室に、旧会館の御上段を彩った伝説の掛け軸が移設された。木村義雄十四世名人の「天法道」、大山康晴十五世名人の「地法天」、中原誠十六世名人の「人法地」、谷川浩司十七世名人の「道法自然」と4枚の掛け軸がずらりと「鎮座」していた。書もまた、達人の域である関西将棋会館の魂は、そのまま新しい歴史を悠然と見守ることだろう。

カメラマンの心が震えた、式典中の藤井竜王の「美しい」振る舞い

 新関西将棋会館の開館記念式典の中で、藤井竜王は「美しい」振る舞いをみせた。前日の16日に竜王戦七番勝負第4局で佐々木勇気八段に敗れ、内容のふがいなさに自らへの「怒り」をにじませていた。自身に厳しい第一人者の苛烈さがあったが、一夜明けると、いつもの穏やかな表情で式典に参加していた。

 新会館の近くに漫画家の伊奈めぐみさんが描いた「将棋の渡辺くん」マンホールが設置され、保護シートを外してお披露目となった。式典はタイトなスケジュールで進行し、写真を撮影する若杉和希カメラマンは、バタバタと動き回る関係者らが「渡辺くん」マンホールをずかずか踏んで移動する姿を目にした。そんななか、「将棋の渡辺くん」を読んでいる藤井竜王は、「渡辺くん」マンホールの位置を目でちらっと確認すると、またぐことすらせず、マンホールを巧みにかわして次の目的地へと歩を進めた。

 渡辺九段、そして伊奈さんへ敬意を示す「足さばき」だった。悔しい敗局を反省し、翌日には切り替えて穏やかな心で行動していた。藤井竜王の何げない立ち振る舞いに、高潔かつ温かい人柄がにじみ出ていた。写真に収めた若杉カメラマンは心が震えたそうだ。

叡王戦の本戦に参加する藤井七冠、東西新会館での対局はいつ?

 叡王を失い、現在は七冠の藤井竜王が東西の新会館で公式戦を対局するのはいつ頃になるのか。

 新関西将棋会館は12月から公式戦の対局が行われ、東京の新将棋会館は年明けから公式戦が始まる予定だ。近年は都内のスタジオである「シャトーアメーバ」で行われることもあった叡王戦だが、来年1月から予定されている本戦の対局は東西の新会館での実施を軸に、調整が進んでいる。本戦から登場する藤井竜王が久しぶりに新しい「将棋会館」か「関西将棋会館」の上座に入るかもしれない。新鮮な気持ちで、その日を待ちたい。

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