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建築士と絵画修復士の30代姉妹、谷崎潤一郎ら文豪が愛した料理旅館を継承…奈良「むさし野」

読売新聞 / 2024年11月26日 14時38分

文豪が過ごした「明日成」で語り合う晶子さん(右)と実穂さん(奈良市で)

 江戸時代発祥で、多くの文人らに愛された料理旅館「むさし野」(奈良市)に今年、30歳代の姉妹が取締役に就き、新たな一歩を踏み出した。それぞれの持ち味を生かし、文豪が過ごしたイチ推しの部屋を「奈良で一番若草山を楽しめる空間」に改装した。おもてなしをより重視したという2人は、「昔の人が培った歴史や文化を次の200年につなぐ存在になりたい」と意気込んでいる。(河部啓介)

 「むさし野」は、春日大社や東大寺近くの若草山を望む場所に立地し、もともとは茶屋だったらしい。江戸時代の奈良奉行の日記には「むさし野」、谷崎潤一郎の小説「吉野葛」には「武蔵野」として登場するほか、田山花袋の紀行文でも「その旅館に泊つた朝の感じは忘れられない」などとつづられている。

 館内には、幕末に活躍した幕臣・山岡鉄舟が酒代の代わりに書いたと伝わる「武蔵野楼」の書も掲げられている。

 そんな老舗に今年6月、伊豆井晶子さん(39)、山下実穂さん(32)姉妹が取締役に就任。実穂さんは「若女将わかおかみ」も務める。2人とも、代々受け継がれてきた「むさし野」で生まれ育った。

 姉の晶子さんは、大手ハウスメーカーで建築士免許を取得後、木造建築を深く学ぶため、大学院に進学。その後、両親を手伝うため「むさし野」に入った。

 妹の実穂さんは、大学でイタリア史を専攻した。2018年にイタリアに渡り、絵画修復士として活動した後、21年に帰国。それから、2年間の「若女将修業」を積んだ。

 実穂さんは、幼少期から女将の母親や仲居たちが「我が家のような安らぎと、我が家にはないおもてなし」を実現しようとする姿にあこがれ、旅館を継ぐことを心に決めていた。

 イタリアでの体験を通じて、「過去から受け継がれたものを、後世に残すことの大切さを学んだ」という。晶子さんも「信頼できる妹となら、一緒に仕事ができる」と2人で旅館を支えていくと決断した。

 コロナ禍が終息し、一時は9割近く減少した宿泊客は、回復の兆しがみえてきた。姉妹は手始めに、谷崎潤一郎が宿泊したという特別室「明日成あすなろ」の改装に着手。晶子さんは、培った知識と経験を生かして改修工事の設計と施工に携わった。

 薄暗かった浴室の天井にヒノキ、洗面台にスギの板を使い、明るくぬくもりのある空間に変えた。ヒノキ風呂から、若草山の眺望を楽しめるよう窓を大きくした。

 書道の教師免許を持つ晶子さんは、手書きで館内の案内表を作成したり、料理や素材について説明した冊子「料理のてしごと」をしたためたりしている。実穂さんは、イタリア語などの語学力を生かして、インバウンドの接客に生かしている。それぞれの能力を発揮し、おもてなしを充実させている。

 2人は「一緒に旅館を支えている環境に感謝している。長い歴史に培われてきたむさし野の魅力を多くの人に満喫してもらいたい」と気持ちを新たにしている。

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