箱根駅伝第1回大会は「厳寒か酷暑か」で2月に開催、選手は講義を終えた午後にスタート
読売新聞 / 2024年12月12日 13時7分
第101回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=読売新聞社共催)が2025年1月2、3日に行われる。第1回大会が行われたのは1920年(大正9)のこと。現在は新春の風物詩となっている大会だが、「箱根駅伝70年史」(関東学生陸上競技連盟)によると、第1回の開催時期の決定にあたっては「長距離トレーニングの効果をあげるという観点」などから、「厳寒か酷暑(の時期)がよい」となり、最終的に厳寒の2月開催に決定した。
この時の名称は「四大校駅伝競走」で、参加したのは東京高等師範(現在の筑波大)、明大、早大、慶大の4校だった。
往路の2月14日は土曜日で、学生は午前中に講義を受けなければならないために午後1時のスタートだった。選手はみな「丸首シャツ(今のTシャツ)にコハゼでとめる足袋(別名、金栗足袋)をはいている。これが当時の長距離走者のニューモードであった」と記されている。
以下「70年史」より。1区の4人のランナーは「日本マラソンの父」と呼ばれる金栗四三審判の発声によって、有楽町の報知新聞社前をスタート。銀座通りを品川に出て、旧東海道を中継点の鶴見に向かって進む。当時はまだ、松並木の間から海が見えたという。
午後のスタートだったため、5区の小田原中継所でトップの選手がたすきを受けたのは日もとっぷりと暮れた午後6時過ぎで、選手たちは真っ暗な砂利道の箱根路をゴール目指して登った。
コースを間違えやすい場所では地元青年団がたいまつを振って道を指示した。往路1位の明治大が箱根町小学校にゴールした時、時刻は午後8時半を回っていた。
翌日の復路は前夜来の雪が10センチほど積もり、気温は零下4度。ゴールの東京まで雪との闘いとなったが、明治大を10区で逆転した東京高等師範が25秒差でゴールし、記念すべき優勝を飾った。(デジタル編集部)
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