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真珠湾に特殊潜航艇で出撃し「軍神」と称賛された叔父、墓参続ける男性「そんな時代に戻ってほしくない」

読売新聞 / 2024年12月8日 20時37分

[戦後80年 昭和百年]

 日本海軍がハワイに停泊中の米艦隊を奇襲した真珠湾攻撃から8日で83年。日本国民は米戦艦8隻を撃沈・撃破する大戦果に熱狂し、特殊潜航艇で出撃、戦死した9人は「軍神」とあがめられた。そのうちの一人、岩佐直治なおじさん(享年26歳)のおいにあたる岩佐直正さん(88)は今も「軍神」という言葉に複雑な気持ちを抱く。(波多江一郎)

1隻も帰らず

 1941年12月7日夜(現地時間7日未明)、真珠湾まで約20キロの洋上に潜水艦が浮上した。甲板には特殊潜航艇が取り付けられている。はるか遠くに島の灯火ともしびが見えた。

 「本日栄誉を担って壮途に就く。誓って皇国のため攻撃を決行する」。直治さんはそう言い残し、特殊潜航艇に乗り込んだ。防衛庁の公刊戦史「戦史叢書そうしょ」は、出撃の様子をこう記録している。

 5隻で出撃し、米艦を襲撃する作戦だった。同書によると、日本側は「主力艦1隻撃沈確実」と判断したが、米側の資料を総合すると、大きな戦果は上げられなかったとされる。5隻は母艦に帰らず、直治さんら20歳代の9人が戦死した。

顔色変える大人

 直治さんは15年、前橋市で農家の末っ子として生まれた。結婚して近所に住んでいた兄・五郎治さんを慕い、その2階8畳間で遅くまで机に向かった。34年、士官を養成する海軍兵学校(広島県)に入った。

 五郎治さんの長男として岩佐さんが生まれたのは2年後。直治さんが帰省した41年夏、海軍帽をかぶせてくれ、縁側で写真を撮ってもらった。「優しい叔父」は、直後に帰らぬ人となった。

 軍部は直治さんら9人を「九軍神」と神格化。東京・日比谷公園では海軍葬が営まれ、「軍神岩佐中佐」という軍歌も作られた。

 42年3月、岩佐さんは黒塗りの車で直治さんの生家に乗り付ける嶋田繁太郎・海軍大臣を見た。大尉から中佐に2階級特進した直治さんの両親は、悲しむそぶりを見せず、気丈に振る舞ったという。

 生家に大勢の人が弔問に訪れ、直治さんを題材にした映画の撮影クルーも来た。6歳だった岩佐さんは「岩佐中佐のおい」と呼ばれ、「海軍に入りたい」と思うようになった。

 ただ不思議に思っていたことがある。「2人乗りが5隻なのに、なんで軍神は9人なんだろう?」。ある日、家族に聞いた。大人たちの顔色が変わった。「触れてはいけないことなんだ」と感じた。座礁した1隻の艇長1人が捕虜になったことは後に知った。

心ない言葉

 戦局が悪化する中で、前橋市も空襲の標的になり、岩佐さんも低空を飛ぶ米軍機を見た。45年8月5日夜、上空に米爆撃機「B29」92機が飛来。計700トン以上の爆弾を投下し、535人が死亡した。自宅は被害を免れたものの、周囲からは「軍神がいたから、前橋が狙われた」と心ない言葉をぶつけられた。

 終戦を迎え、岩佐さんは、叔父が机にかじりついていた8畳間で勉強に打ち込み、中央大に進学。日本電信電話公社などの勤務を経て、73歳で一線を退いた。

 千葉県流山市で暮らす今も、前橋市にある叔父の墓を訪れる。「当時は軍神の存在が必要だったのかもしれないが、そんな時代には戻ってほしくない」と力を込める。8日は自宅で静かに平和をかみしめる。

安倍首相とオバマ大統領、現地で犠牲者追悼

 真珠湾攻撃では、空母6隻を中核とする機動部隊から発進した約350機の航空機が停泊中の米太平洋艦隊を奇襲し、米側の死者は約2400人に上った。

 宣戦布告の約1時間前に攻撃したため、米国民は「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」を合言葉に結束。日米はこの日から1945年8月15日の終戦まで、太平洋各地で激戦を繰り広げた。

 真珠湾攻撃から75年後の2016年12月、安倍晋三首相(当時)がオバマ米大統領(同)とともに、攻撃で沈んだ米戦艦「アリゾナ」の上に建てられた記念館を訪れ、日米の首脳が初めて現地で犠牲者を追悼した。安倍氏は演説で「戦争の惨禍は二度と繰り返してはならない」と強調した。

 ◆特殊潜航艇=日本海軍が1940年に採用した小型潜水艦。真珠湾攻撃には全長23・9メートル、直径1・85メートル、魚雷2本を搭載する2人乗りの「甲標的甲型」が投入された。母艦となる潜水艦から発進し、敵艦に肉薄して攻撃した後は母艦に戻る運用構想だったが、帰還は困難だった。42年5月の豪シドニー港への攻撃でも使用された。

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