「選挙の神様」が明かす黒子の存在「アピールするなんてご法度」、公選法に規定されない「グレー」な裏方たち
読売新聞 / 2024年12月18日 16時30分
選挙には影の存在としての「黒子」がいるらしい。兵庫県知事選挙では、そんな選挙の裏側に思わぬ形で光が当たり、論議を呼んだ。黒子はいったい何者で、何をしているのか。選挙の「神様」に聞いてみた。(デジタル編集部 古和康行)
選挙の現場にいる「よくわからない人」たち
兵庫県知事選挙で、PR会社の経営者が斎藤元彦知事から「広報全般やSNS戦略を任された」と投稿サイトに書き込んだ。それが公職選挙法に抵触する可能性が指摘されている。
でも、選挙を取材すると、やけに選挙事情に詳しかったり、情勢を分析して「票読み」をしたりする「謎の裏方」をよく見かける。選挙プランナーやコンサルタントといった言葉も聞いたことがある。
政策をぶつけ合って候補を選ぶ選挙の「裏側」で何が起きているのか。そんな疑問を持って、ある人のもとを訪ねた。
神様が言った「迷惑だ」
「神様」は永田町にいた。
東京メトロ千代田線「国会議事堂前」からほど近いマンションの一室に、藤川選挙戦略研究所がある。そこの主こそ、選挙コンサルタントの藤川晋之助さん(71)だ。
23歳で政界に飛び込み、市議会議員や政治家秘書、政党の事務局長などを歴任してきた。大小さまざまな選挙を参謀として取り仕切り、本人
「あんなことを言われたら迷惑だ。選挙の裏方の仕事って成り立つのかというところまできている」
兵庫県知事選挙でのPR会社社長による発信について、事務所の応接セットのソファに深く腰掛け、藤川さんは言う。「選挙の裏方はあくまで黒子に徹するべき職業。自分がこれをやりましたなんてアピールするのはご法度だ」と。
原則として、公職選挙法では、選挙運動をする人に金銭を支払うと買収行為にあたる。2013年にインターネット選挙運動が解禁された時のガイドラインでも、選挙運動用ウェブサイトなどの文案を業者が企画作成して報酬を支払う場合、「選挙運動の主体であると解され、買収となるおそれが高い」。ちなみに「コンサルタント」から助言を受ける場合についても同様だ。
つまり、業者にお金を払って、選挙運動を丸投げすると違反になる可能性が高い。ここでいう選挙運動とは、選挙期間中(公告示日から投票の前日まで)の間の活動をさす。
とはいえ、PRやコンサルタントは広報や活動の方針について、企画・立案して全体像をまとめるのが仕事。プロである彼らが主体的ではないなんて、あり得るのだろうか? どこまでがセーフなのだろう?
総務省選挙課に聞くと「PR会社やコンサルという存在が、公選法上位置付けられていない」(担当者)ため、具体的に「これは良し、これはダメ」と行為の線引きができるわけではないという。「個別の事案の適否を判断する立場にない」としながらも、「候補者陣営からの具体的な指示の下、機械的な作業を行うことは選挙の主体として認められない。その場合、社会通念上、妥当な金額を支払うことができる」という。
選挙コンサルの実態「あっさりとしている」
では、一体、選挙コンサルは現場で何をしているのだろうか?
藤川さんは「昔は選挙師と呼ばれる人たちがいた。候補者が数千万円のお金を差して『これで助けてください』と泣きついたり、相手陣営の参謀を金で潰したり……。そういう激しい現場を見たこともあり、カッコよく見えたのも事実だ」としつつ、「今の選挙コンサルはあっさりしている。例えば、ポスター作りやビラを配るタイミング、街宣の内容を助言したりする程度のもの。かつてのような豪胆な働きは今の時代は通用しない」という。
特に藤川さんが強調したのは、「違反者を出さない」ということ。
「選挙期間は、法律に違反していないか毎日チェックする」のだという。ガイドラインでは、コンサルが「選挙運動の主体」となることについて違反を指摘しているから、「スタッフの意見をまとめて、候補者に助言する」。公選法については、「長年、選挙に携わっていても、忘れてしまうこともある。だから、選挙管理委員会や警察に相談しながら線引きしていく。警察に顔を出して2課長(主に知能犯や選挙犯罪などの捜査を担当する部署)と親しくなり、自分たちの動きが間違っていないかを確認することもあるほどだ」と話した。
政治哲学持つべき
「選挙コンサルがプロを名乗るには、候補者を勝たせなければならない」
そう語る藤川さんは、支援する候補者を「人物本位で決める」とし、「政策には興味がない。私の仕事は選挙に勝つための戦略を練り、候補者に伝えることだ」とさえ言ってのけた。
自身が選挙に関わる場合は「無報酬のボランティア」だともいい、東京都知事選に出馬した石丸氏の選対事務局長を務めた際も「お金をもらっていない」という。事務所の運営費などは、企業からのコンサル料などでまかなっていると説明し、「お金をもらっていないから、こうやっていろいろ話せるんですよ」と笑った。
なぜ、そこまでして選挙に関わろうとするのか。「日本のために役に立てる議員を生まなくてはいけない」という思いからだという。「永田町は人材不足。政界の大谷翔平や藤井聡太を生み出していきたい。選挙に関わる人は裏方だとしても自身の政治哲学をきちんと持つべきだ」と語った。
法は法だが…「形骸化している」
「選挙の規模、お金の問題もあるが、PR会社や選挙コンサルと言われる人たちが陣営に入るのは一般的になりつつある」
こう指摘するのは、元経産官僚で政策シンクタンク「青山社中」のCEO、朝比奈一郎さん。青山社中は議員や自治体の政策立案のサポートをする“裏方”だ。
政治活動の外注は、選挙運動の外注とみられるリスクと表裏一体だ。実際、政治活動の支援を有償で行う青山社中の社員が立候補者の陣営にボランティアとして入ることも「過去にあった」としつつ、「仕事を受ける相手が、そもそも社員と間柄が近い友人だったりする。その場合、休職してボランティアとして陣営に入るなど、絶対に『買収』と取られないように徹底する」と話す。
選挙の現場にPR、選挙コンサルが入るメリットはどこにあるのだろうか。「政治家は、政策を考えたりするのが得意でも、広報やPRに長けている人は少ない」と指摘する。「最近の選挙ではSNSやウェブでの影響力が大きいのに、ノウハウは圧倒的に足りない。PRや広報のプロを陣営に加えることは候補者にとっては有益だ」と語る。
ただ、自身が見てきた実態として「選挙運動期間中の広報全般の企画立案を丸投げするケースもあるにはある」としつつ、「全部がそうかというとそうでもない。政治家は我の強い人も多いため広報の企画立案は主体的・裁量的に自ら行い、陣営に招き入れたPR担当者を単純に手足として動かすだけの人も多い」と明かした。
「実態はグレーで、違反か適法かの線引きは難しい。選挙のプロであれば『あうんの呼吸』でやってきたことだ」と指摘。「一つ一つの事案について、公が判断しているわけでもなく、実態は『やったもの勝ち』になっている。法は法として守らなくてはならないが、もはや形骸化したルールに意味があるのかは疑問だ」と指摘した。
「主体的・裁量的か」というあやふやな線引き。政治活動としてはOKでも、選挙期間になればNGとなる。別の名目でお金を支払っているのではと疑念を呼び、その選挙費用は後で公費でまかなわれるのだ。グレーだからこそ、高い能力とモラルが求められることは間違いない。
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