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あなたは本当に「論理的」か?…「攻撃ボタン」実験が明らかにする「持つもの」の心理と人間の誤作動

読売新聞 / 2024年12月15日 10時0分

実験について取材に応じる大薗氏

 世界中で平和を望まない人はいない。それなのに、なぜ人は武力を持つのだろうか――。そんな疑問に答えるべく、ある研究者が心理実験の結果をまとめた論文が、国際学術誌「エボリューション・アンド・ヒューマン・ビヘイビアー」に掲載された。そこから見えてきた「持つもの」の心理とは。(デジタル編集部 古和康行)

もしあなたが武器を持つなら…

 「もしあなたが武器を持つなら、私も手にする」。こんなタイトルの論文を執筆したのは、鹿児島大学法文学部准教授の大薗博記氏(社会心理学)らの研究チームだ。

 「武力の保有」は、外交上、大きな意味を持つ。例えば、1962年10月に起きたソ連(当時)がキューバへ中距離核ミサイル配備をしようとし、アメリカとの緊張が極度に高まったこともある。結果的に戦争こそ回避されたものの、外交上の駆け引きとして、武力の保有は、切っても切り離せない関係だ。

 大薗氏がこの研究にとりかかったのも、ロシアによるウクライナへの侵略で、国際的な緊張が高まっていた時期に武力の保持が話題になったことがきっかけだった。「なぜ、武力を持とうと考えるのか」。武力は他国に対しての「抑止力」として働くというのが通説だが、社会心理学者として、政治や外交以前に、人の心に注目して考えようと思ったという。

 実験はインターネット上で、男女182人を対象に行われた。期間は、2022年10月22~24日。実験の内容は、次の通りだ。

〈1〉参加者同士がペアとなり、それぞれ「攻撃ボタン」を持つか、持たないかを選択する。それぞれの持ち点は1500点。

〈2〉攻撃ボタンを持つことを選んだ参加者は30秒間以内に、押すか、押さないかを選択する。持たなければ、することはない。

〈3〉攻撃ボタンを押すと、自らは100点を失うが、押された相手は1000点を失う。互いに押さない場合はそのまま1500点ずつを得る。先制攻撃した方だけが効力を持ち、攻撃された側が後から押しても得点は変わらない。

 実験が明らかにしようとしたのは「人は論理的に判断できるか」(大薗氏)ということだ。攻撃すれば100点を失うから、攻撃で得られるものはない。実験では、「相手が持った場合に押すか」と「相手が持たなかった場合に押すか」の両方の場合についても聞いており、双方がボタンを持っていると、「相手から攻撃され、被害を受けるかもしれない」という恐怖が互いに生まれ、「その前に自分から」という先制攻撃を誘発する。

 そのため、「ボタンを持たない」という選択をする方が、相手側の恐怖はなくなり、攻撃されるリスクも低くなる。つまり、論理的には「持たない」方が得点の「期待値」は高くなる。

 だが、実際の結果を見てみると、参加者の59・3%が「持つ」ことを選んだ。そして、「相手は持つ可能性が高い」と考えている参加者ほど、「持つ」という選択をしていることもわかった。

相手が「持つ」と知ってしまうと…

 加えて、もう一つの実験も行われた。これは「相手が攻撃ボタンを持つかどうかは確率的に決まる」というものだ。そのため、実験参加者は「相手が攻撃ボタンを持つ可能性」をあらかじめ知ることができる。こちらの実験もインターネット上で131人が参加した。期間は2022年12月18~25日。実験内容は以下の通りだ。

〈1〉対戦相手がボタンを持つ確率は10%、もしくは90%と伝えられる。そのうえで、参加者は自分がボタンを持つかどうかを決める。

〈2〉、〈3〉は先ほどと同様

 この実験の結果、相手がボタンを持つ可能性が低くても54%の参加者が、可能性が高い場合には73・5%の参加者がボタンを持つことを選んだという。

思想とは関係なく起こった「誤作動」

 この実験の肝は「ボタンを持たない方が得をする可能性が高い」という前提にある。ボタンを持っても、攻撃すれば、自分も得点を減らしてしまう。また、ボタンを持つことで相手には恐怖を与え、先制攻撃を誘発してしまう。持たなければ、そのようなリスクはなくなる。

 「論理的に考えて最善の方法」を考え、行動したならば「攻撃ボタンを持たない」という選択を皆がするはずだ。だが、実際の結果を見てみると、いずれの実験結果でもボタンを持つという選択をする人が多数派を占めた。さらに、相手が「攻撃ボタン」を持つ確率が高い場合には、自分も「持つ」選択をする参加者の割合が増加している。

 また、「持つ」選択をした参加者は、「ボタンを持った方が利益を得やすくなる」と考えていたこともわかった。つまり、「ボタンを持った人」は、合理的な判断をしたつもりなのである。

 「興味深いのは、政治的な主義主張と『攻撃ボタン』の所有には明確な関係がなかったことです」と語る。この実験では、参加者それぞれに自身の政治的な意見をたずねている。

 実験では、「現在の国際情勢から考えて、日本は核保有を積極的に議論すべきである」や「核保有には、相手国からの攻撃を抑止する機能がある」などの質問をして、「そう思う」「そう思わない」等、7段階で考えを問うている。ただし、大薗氏は「核保有に積極的か否かと、ボタンを保持するかの選択に明確な関連はなかった」と説明する。より抽象的な「保守的か、革新的か」や「ハト派か、タカ派か」という質問にも差は見られなかった。

 自身の主義主張とは関係なく、利益を損なうリスクが高い「相手を攻撃できる力を持つ」という選択肢を選ぶ――。このことを大薗氏は「本来は利益につながる行動傾向が、誤作動を起こしたのかもしれない」と表現した。「人間は進化してきた中で、または社会生活の中で『相手が力を持っているならば自分も持つ』という行動を取ったほうが抑止力が働くため、利益になる場合が多かったのかもしれない。攻撃しても反撃される可能性がなく、抑止力が働かない場合でも、直感的にボタンを持つ、という選択をした人が多かった可能性があります」と分析した。

「現実世界で起きていることとは違う」

 ただ、今回の実験では、事前に「攻撃ボタン」のことを「武器」や「核のボタン」などと明示しているわけではない。大薗氏も「現実世界で起きていることに直接当てはめて考えることはできません」とも付け加える。「今回の実験は人工的な状況ですし、反撃もできない。利益も損も少額で、現実での武力の保持や行使とは大きく異なります」とも明かす。

 その上で、「国際情勢が目まぐるしく変わっている今だからこそ、一度冷静になって自分の考えを整理するきっかけにはなるかもしれない。今回の実験は武力の保有がテーマでしたが、合理的な判断だと思い込んでいても、実際にはメリットが少ないケースはあるということ。そういった誤作動を起こす可能性があるということをこの実験は示しています」と語った。

論文書誌情報

Ozono, H. & Nakama, D.(2024). I will hold a weapon if you hold one: Experiments of preemptive strike game with possession option. Evolution and Human Behavior, online publication.

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