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時代のゆがみ見つめる 小山田浩子さん・石田夏穂さん

読売新聞 / 2024年12月19日 15時30分

 コロナ禍の日々と職場のハラスメント。社会が抱える根深い問題を捉えた小説が相次いで刊行された。小山田浩子さん(41)の『最近』(新潮社)と、石田夏穂さん(33)の『ミスター・チームリーダー』(同)だ。作家の洞察が、時代のゆがみを浮きあがらせる。

小山田浩子さん『最近』コロナの世相 克明に記録

 自粛要請、マスク着用、ワクチン接種――。静かに緊張し、誰もが経験したコロナ禍の日々を、ある夫婦と周辺の人々の生活を通して、密度の高い文体で描き出した。

 「最初の緊急事態宣言の頃は劇的な状況だったのに、ぬるっと日常に戻っていった。それを受け入れている自分も、社会も、気持ち悪かった。今しかない、ちゃんと書きたいなという思いが湧いてきた」

 7作の連作短編はコロナで変化した日常の細部を丁寧にたどっていく。「赤い猫」は、心臓の持病で緊急搬送された夫の一部始終を描き、ワクチン接種の有無や発熱を確認する医療従事者の懸命な姿を記す。「カレーの日」は、コロナ下で閉店することになった小さな飲食店の店員とのささやかなやりとりが印象的だ。「記録しておくということは文学の役割として無視できない。フィクションでも、その時の空気を伝えることはできる」

 題名の「最近」は文字通り、私たちの身の周りで最近起きたこと、という意味に加え、人と人の間の物理的な距離が「最も近い」という意味も込めた。

 「不要不急の時に人と会うな、自粛せよという“圧”があり、お互いの距離を照射しあっていた。あんなに人との関係が洗い出されたことはなかったんじゃないか」

 いつの間にかコロナ禍は収束したような雰囲気があるが、ふと立ち止まり、思索を深める姿勢を常に忘れない。「ぬるぬるっと終わったとする状況になっている。今後もまた感染症と家族の関係について、考え続けていくと思う」

 近年は芥川賞受賞作『穴』などの作品が海外で翻訳され、日常に不穏なものが混じり異世界へいざなう作風が、読者層を広げている。海外のトークイベントに参加し、現地の読者の反応から気づかされることも多いという。「日本ではないようなフェミニズム的な視点から作品が語られることもあって、すごく面白い。新鮮ですね」。広島に住みながら、視線は世界へ向いている。(池田創)

石田夏穂さん『ミスター・チームリーダー』突き詰めるだけでは手に入らない

 ボディービルダーを目指す女性を描いて芥川賞候補になったデビュー作『我が友、スミス』など、これまで徹底して「肉体」と向き合ってきた。ボディービルに邁進まいしんする中間管理職の男性を主人公にした新刊『ミスター・チームリーダー』では、行き過ぎた正義感をシニカルに切り取り、組織改変と肉体改造を巧みに貼り合わせた。

 「真面目な人って、傲慢ごうまんになったり、偏狭になったりすることがある。不寛容な人間の姿を書きたかった」

 大手リース会社に勤める後藤は、入社9年目の係長で、ボディービル大会の表彰台を狙って肉体改造に専心する。些細ささいな体重の変化に一喜一憂しながら、職場では組織の利益を最優先にして、自分にも他人にも厳しい。

 〈部下だったら上司の呼び出しには、いつ何時も応える〉〈いないほうがいい人というのは必ずいる〉

 そんな心の声によって、肉体だけでなく、精神面でも、ハラスメントと隣り合わせのマッチョな人物を造形した。後藤は心のうちで、〈会社員のかがみ〉である後輩を「筋肉」、〈何の役にも立たない〉部下を「体脂肪」と呼ぶ。次第に組織と肉体が奇妙な同調を始め、「体脂肪」を他部署に異動させて〈ストイックな組織改革〉を行うと、減量が好調に進むようになる。

 石田さん自身も会社に勤める兼業作家だ。「実体験というよりは、周りの鬼上司や超ストイックな人から勝手に妄想することが多い」

 物語は終幕に向かうにつれ、きしみを上げる。後藤の体重は思わぬ変動を見せ、組織の歯車も狂っていく。

 「主人公は未熟で、最後まで加減が分からなかった。人を動かすって難しい。仕事の人間関係も自分の体も、やったらやっただけ(成果が)返ってくるわけではない。突き詰めるだけでは手に入らないものがある」

 5年ほど前から退勤後に毎日ジムに通っているという。勤務先では、やはりストイックなチームリーダーなのかと思いきや、「いや、ヒラ(社員)ですね。ミス・ヒラです」。(真崎隆文)

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