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印刷物なのに筆跡が盛り上がる…デジタルイラストが「リアルな場」にもたらす「感動体験」

読売新聞 / 2024年12月21日 17時0分

「ネット絵史」。デジタルイラスト分野ではほぼ唯一の通史

 デジタル技術の進化で、創作活動のハードルが下がったことも同人誌を盛り上げた。しかし、同人誌文化の主役はあくまで「リアルなモノ」「リアルな場」なのだ。(文化部 石田汗太)

デジタルイラストの進化

 「コロナ明け直後は、コミックマーケットを始め、どの即売会もなかなか人が戻らなかったので、同人誌市場は以前より縮小したと思っていました。でも、11月17日に東京ビッグサイトで開かれた『コミティア150』は、過去最高に盛り上がっていた。僕も一般参加していましたが、ちょっと考えを改めましたね」

 こう語るのは、京都芸術大学准教授でイラストレーターの虎硬とらこさん(38)だ。2019年に出した「ネット絵史 インターネットはイラストの何を変えた?」(ビー・エヌ・エヌ新社)で、1990年代から現在までのデジタルイラストの進化を解説した。

 90年代以後の同人誌文化は、漫画のみならず、イラストの隆盛を抜きに語ることはできない。2000年代に国内メーカーによる漫画制作アプリが登場したことや、イラストSNS「ピクシブ」が開設されたことなどで、デジタル絵は身近になった。今やプロ漫画家の間でもデジタル作画は一般的になっている。

 虎硬さん自身、10年頃まで漫画やイラスト分野で同人活動をしていた。

 「実はこの本の前身は、12年に発行した『ネット絵学』という同人誌でした。評論の同人誌は普通売れないんですが、僕はこれをまとめたかったし、面白いという自信もあった。最初1000部刷った時は友人から『正気か』と言われましたが、完売しました。それでも赤字だったんですが。結局、続刊も出して2000部以上売れました」

デジタル絵に「これが印刷?」

 虎硬さんが、即売会以外に今注目しているのは、イラストレーターによる個展の盛況ぶりだ。「デジタルで描いた絵をプリントして展示するのですが、非常にアート性が高く、若いファンを集めている。リアルイベントの新しい流れですね」

 ちょうど、ゲームキャラクターやVTuberのデザインで人気のイラストレーター、LAMさんの個展「千客万雷」がアニメイト池袋本店で開かれていたので見に行った。最後のコーナーがオリジナル新作21点の展示だったが、なるほど、油彩やアクリル画のように筆跡が盛り上がり、質感も多彩で、「これが印刷物?」とうならされた。

 これらの総合ディレクションと制作を手がけたのが、東京都中央区のデジタル印刷工房「フラットラボ」だ。どういう技術なのかを、同社プロデューサーの大池陽子さん(34)に聞いた。

 「UV印刷といって、印刷面にインクをのせ、紫外線LEDで硬化させる技術です。インクを積層させ、表面にツヤを出したり、逆にマットにしたり、作家の希望に応じて多彩な表現ができます」と大池さん。「普通のインクジェットは紙にしか印刷できませんが、UV印刷は、表面が平滑であればアクリルでも金属でもキャンバスでも、どんな素材にもプリント可能です」

 同社がswissQprint社(本社スイス)の最新鋭プリンター「Nyala3」を導入したのは18年。日本最初の1台だった。元々は屋外写真展のためだったが、20年秋に人気イラストレーターの米山舞さんがこの技術に関心を持ち、展覧会用にプリントを依頼してきたことが大きな転機となった。

 「コロナ禍が始まった年で、同人誌イベントが次々と中止になり、イラストレーターさんもお困りだったと思う。我々も広告の仕事が減って、どうしようかと話していました」とフラットラボのグラフィックグループリーダー、坂口隆介さん(41)は話す。「そんな時に米山さんとの出会いがあり、展覧会も注目されて、イラストレーターさんからの仕事が殺到するようになりました」。同社は今や、高付加価値デジタルイラスト印刷のパイオニアとして名をはせる。あのコロナ禍を機に、こんな新しいアートビジネスが生まれていたとは驚きだ。

スマホ越しとは違う感動体験を

 「フラットラボさんの印刷物を展示会などで見る機会が多く、すごく興味を持っていました。個展が決まった時、僕の方から『組みたい』とお願いしたんです」と、LAMさんは話す。約1年間にわたり、同社プリンティングディレクターの米村友希さん(27)と綿密に打ち合わせを重ねた。

 「まず僕がやりたいことを提案し、技術的に相談させてもらいましたが、後半に展示されているオリジナル作品では、印刷ディレクションからインスピレーションをもらい、僕の方が影響を受けた部分もかなりある。すごい楽しい空間ができました」

 東京展は終了したが、大阪展が来年1月からアニメイト大阪日本橋別館で開催される。ところでLAMさんは、同人誌を作るのも買うのも「メチャクチャ好き」だそうだ。

 「今の時代は、ネットで誰でも世界中に作品を発表できる環境が整っている。一方、同人誌って時代逆行というか、ローテク文化ですよね。でも、わざわざ会場に足を運んで、お金を払って所有したくなるというのは、僕がすごく目指したい価値。ディスプレー越し、スマホ越しとは違う感動体験を創造したい。今回の個展も、同人誌と完全に同じ気持ちで作っているんです」

デジタル作画とは…

 漫画では「ルパン三世」のモンキー・パンチさん、「コブラ」の寺沢武一さんらが先駆者。今年7~8月に東京都内で開かれた「芥見下々『呪術廻戦』展」では、多重レイヤーや3Dデッサン人形を使ったデジタル作画技法が展示され、漫画展として新機軸だった。同展は25年4~6月に大阪でも開催される。

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