「あるべきだけど作られていない映画を作る」…ドキュメンタリー「アイヌプリ」の福永壮志監督
読売新聞 / 2024年12月19日 14時0分
公開中の映画「アイヌプリ」は、引き込まれずにはいられないドキュメンタリーだ。撮影地は、北海道白糠町。日常の中でアイヌプリ(アイヌ式)を実践する人々を追った作品。冒頭、アイヌ民族伝統のサケ漁に臨む男性が映し出された瞬間から、目を奪われる。単に捕るだけではなく自然への恵みに感謝しながら捕る、その姿に。アイヌ文化を継承する人々の「今」をありありと体感させる作品を撮った、福永
「アイヌ式」を日常の中で実践し、伝える姿追う
冒頭に登場する男性、1985年生まれの天内重樹さんが、本作の主人公。「シゲさん」と呼ばれる彼は、アイヌの伝統的サケ漁、マレプ(プは小文字)漁を行い、子どもたちに、「命をいただく」ことへの感謝や食べ物の大切さなどについて実践的な食育を行っているという。
福永監督は、北海道出身。ニューヨークで映画を学び、初長編「リベリアの白い血」(2015年)でベルリン国際映画祭パノラマ部門正式出品を果たした。2020年の第2作「アイヌモシリ」(リは小文字)では現代のアイヌ民族の姿をフィクションの形で描き、トライベッカ映画祭などで賞に輝いている。「SHOGUN 将軍」第7話など、アメリカのドラマシリーズの監督も手がけてきた。
天内さんとは、「アイヌモシリ」の撮影中に知り合い、同作の撮影を終えたその足で、彼と友人たちによるマレプ漁を見学に行ったという。
「シゲさんのマレプ漁の活動は有名で、一度見てみたかった」と福永監督は話す。「誰もいない暗闇の川の中で、夢中で漁をする姿がとても印象的で、いつか映像に収めたいと思ったのが、この映画の始まりです」
言葉・動作・仕草…そのまま見て体感してほしい
映画そのものもマレプ漁から始まり、天内さんと家族、友人に焦点を当てながら、今を生きるアイヌの人々が、日常の中で、祖先から続くサケ漁の技法や文化、信仰を次世代に伝えていく姿を追っていく。
「アイヌの伝統文化として伝わっているものの中には、現代社会の中で忘れられがちなものがこめられている。自然の中のいろいろなものへの感謝の気持ち、神様を見いだす信仰の精神性には、個人的にすごく共感を覚えるところもあります。美しいとも思いますし、そういう考え方から自分も学びたい」
撮影は2019年から。ドキュメンタリーとして撮った理由の一つとして、「シゲさんが行っていることや姿、人となりがとても魅力的だったので、(フィクションに)作り変えるよりも、そのままのほうがいいのではないかという直感があった」という。
説明的なボイスオーバー(ナレーション)などは入れていない。当初の編集には入っていたが、「方向を変えた」という。文字の情報も最小限にとどめている。その分、観客は、耳を澄ませ、目を凝らすことになる。情報量が少ないからこそ「集中力」を喚起するつくりだ。
「シゲさんとその家族の人となりをできるだけそのまま出して、話す言葉、動作、仕草をそのまま見て体感してほしかった」と言う。
「何を大事にするかという時に、別に教材を作っているわけじゃないし、シゲさんという人の魅力がちゃんと伝わるよう、画面の中で起きていることをそのまま体感してもらうのが一番だと思って、テキスト的な情報を最小限にしました」
人を凝視し、その日常を凝視していると、思いがけないものが見えてくることがある。映画の終幕は、シゲさん一家が毎夏出かける道東沿岸部、北方領土の国後島が見えるキャンプ場。そこで祈りをささげる主人公たちの姿は、この映画の世界をさらに広げる。
「和人の監督」がアイヌの映画を撮るということ
「アイヌプリ」を見た人の多くは、天内さんをはじめとする登場人物を「かっこいい」と思うだろう。福永監督自身も「すごくかっこいいと思っている」。ただ、過剰な美化をしてしまわないよう、注意を払ったという。
福永監督は、非アイヌの「和人の監督」である自分がアイヌの映画を撮るということの「繊細さというか、危うさ」に自覚的だ。
「『かっこいい』と思って描いていても、それが過剰な美化になってしまえば、それを見たアイヌの人たちが違和感を持つ作品になってしまう。『アイヌモシリ』の時にも意識していたことですが、そういうことには気をつけながら撮影していましたし、編集でも時間をかけて見返しました」
見せるべきか否か、編集段階で
本作に限らず、「映像で何かを撮って、不特定多数の人に広く見てもらうというのは、すごく暴力性というか、大きなリスクも含んでいる。知った気になったり、思い込みでやってしまうと、どこかで誰かがすごく傷つくということが起きてしまうのではないかと思う」と話す。
その一方で、「『傷つくかもしれないから、やらないほうがいい』ということになると、芸術の存在意義自体をそいでしまうことになる」とも。
「たとえば、『当事者しか当事者の映画は作れない』ということをやってしまうと、窮屈な世の中になる。外からの視点だからこそ描けるものは、やはりあって、試行錯誤しながら、歩み寄って描くことで、何かいろいろなものが広がっていく、いろいろな声の多様性が担保されると思うんです」
ただ、アイヌをめぐる映画に関して言えば、アイヌの声をストレートに当事者側から代弁した作品が絶対的に足りていない。声の多様性のバランスがまだ取れていない。だから、「まだまだ当事者の声を、繊細に、大事にしなくてはいけない状況」だと考えているという。
自分の色は自然ににじみ出ればいい
「全体を見て、まだ足りてないもの、あるべきだけれど作られていないもの、自分から見て『こういう映画があるということが必要なんじゃないか、意味があるんじゃないか』と思えることに取り組むことにやりがいを感じる。がんばれる」と言う。現代のアイヌをアイヌの人々が自ら演じる『アイヌモシリ』もそれまでなかったかたちの劇映画だった。
「そうしたことを何か形にする上で、自分のやり方、自分の色が自然ににじみ出ればいいくらいに思っています。自分の場合は、自己表現をするということがモチベーションを
今の日本社会や世界情勢を見渡しても、課題が多いと感じるという。日々のニュースに触れて憤りを感じることも多いと明かす。「それに対してのレスポンスが自分の中では映画を作ること。そういう発信は、これからも何かしらの形で続けていきたい」
信じているから続けられる
今年2月、ハンガリーの巨匠タル・ベーラが福島県浜通りでの映画制作ワークショップの指揮を執った。そこでタル・ベーラの指導を受けながら短編映画を撮った7人の若手映画作家の中に、福永監督もいた。現地では「(タル・ベーラ監督から)日本で学べる機会が来て抑えきれずに申請した。初心に戻って、映画を通して自分に何ができるか見つめ直したい」と語っていた。
今秋開催された東京国際映画祭では、「アイヌプリ」のジャパンプレミア、そして、福島でのワークショップで7人が撮った短編の上映があった。
福永監督が福島でつくった短編「Tales of Cows」は、ある紙芝居を上演する女性2人をとらえた作品。その紙芝居は、原発事故後、福島県浪江町に取り残された牛たちに起きたことを牛の視点から伝えるもの。牛の言葉、それを伝える声……。見れば、ぎゅっと心をつかまれる。
「題材を選んだのは自分ですが、セッティングとか、どう撮るかということは、かなりベーラのアドバイスもあった上で。本当に、先生の指導のもと、宿題頑張りましたという感じです」と振り返る。命の手ざわりが鮮烈に心に残る福永作品の特質が、ぎゅっと濃縮された映画のようにも思える。
今回の取材で福永監督は、「一本一本、その時できる最善の形で作って、それが興行や批評に結びつかなかったとしても、誰かの心のどこかに残る、きっと何かになると信じているから続けられる」とも話していた。そういう思いで、この人は映画を作っている。
◇「アイヌプリ」=2024年/上映時間:86分/配給:NAKACHIKA PICTURES=公開中(東京・渋谷ユーロスペースほか全国順次公開)
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