「侍タイムスリッパー」異例の大ヒット「今も浮足立っている」…兼業農家の安田淳一監督「また笑いに包まれる作品を」
読売新聞 / 2024年12月21日 13時0分
異例の大ヒットを記録し、今年の「新語・流行語大賞」にもノミネートされた映画「侍タイムスリッパー」。メガホンを取った安田淳一監督(57)は、京都府南部の城陽市でコメ農家を兼業するなど異色の経歴でも話題となった。「これからも家業を守りながら、家族で楽しめる映画をつくりたい」。農作業に汗を流しながら、次回作の構想を練っている。(畝河内星麗)
黒沢作品に感銘、映画監督の道へ
幕末の侍が現代にタイムスリップし、時代劇の「斬られ役」として生きる道を選ぶストーリーで、時代劇の聖地・太秦の東映京都撮影所(京都市右京区)が制作に特別協力した。
今年8月、東京・池袋で封切られると、SNSなどで瞬く間に評判が広がり、全国340館以上で上映された。2018年にヒットしたインディーズ映画「カメラを止めるな!」以来の大躍進と評される。
城陽市出身。高校時代に見た黒沢明監督の「椿三十郎」に感銘を受け、大阪の大学に進学後に漠然と映画監督を目指した。だが、当時の監督は有名大学の出身者が多く、自主制作するにもカメラの性能が低かった。「いつか稼いだ金で映画を撮ればいい」。そう言い聞かせてきた。
それでも映像制作には興味を持ち続け、大学在学中に結婚式の動画撮影などの仕事を始めた。その時、師匠に言われた言葉が原点となった。「かっこいい映像を撮るのがプロじゃない。お客さんが喜ぶ映像を撮るのがプロや」
その教えを守り、自分の撮った映像で大喜びする顧客の姿を見るうち、改めて自分の作品で勝負したいと一念発起。8万円のカメラと750万円の低予算で自主制作した「拳銃と目玉焼」(2014年公開)で監督デビューした。
愛車を売却し制作費を捻出
父親が兼業農家で、15年ほど前から農作業も手伝ってきた。前作の「ごはん」(17年公開)は、父親とコメ作りを手伝う自身をモデルに地元の美しい水田の風景を切り取った作品で、農業への思いも強い。
2年前、父親が倒れたことを機に「3人兄弟の長男やし、正直農業は赤字やけど何とかせんと」と城陽市の田んぼ約1・5ヘクタールを受け継いだ。
そのため、今作は稲刈りの時期を避けて撮影に臨んだ。公開後も、田んぼの苗を食い荒らす「ジャンボタニシ」に悩まされながら、プロモーションの合間を縫って農作業をこなした。
そんな苦労の末に生まれた異例のヒット。貯金や愛車を売却した金で約2600万円の制作費を捻出したが、「この黒字で数年間は安心してお米を作っていける」と笑顔を見せる。
二足のわらじ、これからも
今作では優れた新人監督に贈られる「新藤兼人賞」の銀賞を受賞した。「色々な人の助けと運があってできた作品。様々な映画会社の人から声をかけられ、今も夢のような、浮足立っている感覚」と喜びを語る。
今後については、「黒沢監督のような家族で楽しめるダイナミックな娯楽作品をつくってみたい。自分がプロデュースで関わる作品も面白いと思う」と様々な展望を描く。
「やっぱりお客さんに喜んでもらえるものというのが根本にある。また、会場が笑いに包まれるような作品を撮りたい。もちろん、農家もちゃんとやりつつね」。二足のわらじを履きながら、遅咲きでも挑戦を続ける。
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