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「再建へ精いっぱいやってきた、でも」…奥能登の人々の復興への気持ちをくじいた豪雨

読売新聞 / 2024年12月23日 5時0分

[能登地震1年]<1>

 奥能登の人々はこの1年、苦難の時を過ごしてきた。元日に最大震度7の激震が襲い、9月には未曽有の大雨が容赦なくたたきつけた。いまだ遠い、再建への道。被災地の暮らしをどう立て直していけばいいのか。現場に寄り添い、考える。

どこに住めばいいのか、建設費も高騰

 冷たい雨が頬をぬらす。21日、石川県珠洲市の蛸島地区。田中悦郎さん(67)は自宅や店があった更地を見つめ、つぶやいた。「店を再建しようと精いっぱいやってきた。でも、今は不安も膨らんでいる」

 1年前のこの日、自宅向かいに鮮魚店を開いた。広さ約10坪。約40年勤めた隣町のスーパーを定年退職後、鮮魚コーナーで磨いた目利きの力を生かそうと車庫を改装して作った。地区唯一の魚屋の誕生に地元の人も喜んでくれた。大みそか前には刺し身の盛り合わせの注文が舞い込んだ。

 第二の人生は突然、断たれた。元日、自宅で孫にお年玉を渡そうとした時、能登半島地震が起きた。傾いた自宅を飛び出し、大津波警報が響く中、孫を抱えて高台へ走った。店の惨状を知ったのは2日後。建物はかしぎ、冷蔵庫や棚が倒れ、散乱していた。

 落ち込んではいられなかった。自主避難所の運営を任され、支援に奔走した。市内の応急仮設住宅に妻(62)、長男(39)と移ったのは6月。全壊判定された自宅と店が7月に公費解体され、「蛸島に元気を取り戻したい」と、自宅や店の再建に向けて支援制度を調べていた、そんな時だった。

 9月21日、記憶にないほどの大雨が降り注いだ。家々が浸水し、街はまたも深い傷を負った。相次ぐ災害で、仕事の再開を諦めた人もいる。「店を建て直しても、人は戻ってくるのか……」。自身の思いも揺らぐ。

 県内では、地震の被災者向けの仮設住宅が年内に整備を終え、全・半壊した家屋(計約2万4000棟)などの公費解体も、来年10月の完了に向けて急ピッチで進む。

 だが、自宅再建に動き出している被災者はまだ少ない。県によると、能登6市町で自宅が全・半壊した世帯を対象とした給付金は、今月17日時点で計1万5924件が支給されたが、用途は家財道具や自家用車の購入・修理が大半。最大200万円が支給される住宅再建(建設・補修)は約1000件にとどまる。

 約3800棟が全・半壊した珠洲市。大宮準司・環境建設課長は「地震に豪雨も重なり、珠洲にとどまるにしてもどこで暮らすべきか、高齢世帯を中心に悩む人は少なくない」と話す。

 費用負担も重くのしかかる。輪島市町野町の小松武さん(77)は、約500万円かけて改築したばかりの自宅を地震で失い、生きがいだった畑も大雨で泥の海と化した。それでも「生まれ育った地で暮らし続けたい」と、建設業者と再建の相談を始めた。だが、高騰する建設費に加え、緩んだ地盤の改良にも数百万円かかると聞き、「収入はなく、貯蓄と支援金で賄えるのか……」と不安を見せる。

 能登6市町の11月1日時点の人口は11万3353人と、元日から6297人減った。住まいの先行きが不安定な状況が続けば、人口減が加速しかねない。

 被災自治体は、自宅再建が困難な人のための災害公営住宅の整備も進めるが、課題は少なくない。家屋約6200棟が全・半壊した輪島市は、必要戸数を1000~1500戸と推計。土地の取得を進めるが、大半は洪水リスクを抱える。

 県の創造的復興プランの策定に携わった小野田泰明・東北大教授(建築学)は、「東日本大震災の被災地でも多くの災害公営住宅が整備されたが、高齢の入居者が多く、すぐに空き家となる問題も起きた」と指摘。「国や自治体は半壊家屋の改修費の援助を拡充するなど、住まいの選択肢を増やすことが重要だ」と訴える。

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