ポーランド映画の現在地<4>…巨匠アンジェイ・ワイダの足跡たどる展覧会、つなぐ映画学校
読売新聞 / 2024年12月25日 14時0分
ポーランド映画の巨匠といえば、アンジェイ・ワイダ(1926~2016年)。東京・京橋の国立映画アーカイブ展示室では、ワイダとその作品世界を紹介する展覧会「映画監督 アンジェイ・ワイダ」が今月、開幕した。今回は、その展覧会の概要とともに、ワイダが若い映画作家の創作活動を支援するために、仲間と共にワルシャワに創設した映画学校「ワイダ・スクール」の取り組みについても紹介する。(編集委員 恩田泰子)
クラクフでの回顧展、東京に巡回
国立映画アーカイブでのワイダ展は、2019年にポーランドのクラクフ国立美術館で開催された大規模回顧展の初めての海外巡回で、会期は3月23日まで(月曜日、12月27日から1月5日は休室。12月26日まで同アーカイブでワイダ作品の上映企画も実施)。
ワイダは、世界の映画に新風を吹き込んだ「ポーランド派」をリードした監督であり、「灰とダイヤモンド」(1958年)、「大理石の男」(77年)など、さまざまな作品にポーランドの社会・政治状況を映し出しながら、映画表現の可能性を多彩に広げてきた。過酷な歴史の語り手、文芸映画の名手、そして、文化を通して同国と日本の友好にも大きな役割を果たした人物でもあった。クラクフにある「日本美術技術博物館 Manggha(マンガ)」設立を提唱、開館に尽力したことでも知られる。
今回の展覧会は6章構成。ワイダの軌跡、作品世界を理解する上で重要なテーマごとに展示を見せる。東京展独自の視点として、ワイダと日本の結びつきにも光が当てられている。キュレーションは、クラクフ展も手掛けた映画史家のラファウ・シスカ氏(ヤギェロン大学視聴覚研究所准教授)が中心となって、国立映画アーカイブ主任研究員の岡田秀則氏らとともに行った。
190点の展示品を「立体的」に展示
約190点の展示品の中には、絵画の才に恵まれ美術学校にも学んだワイダの手によるスケッチ、ドローイング、絵コンテも。大半は作品のイメージや構想を描いたもので、画家としての感性もまた、ワイダ作品を貫いていたものだということを目の当たりにすることができる。
映画で使われた小道具や衣装など、数々の貴重な資料が、ビデオプロジェクションやデジタル展示、随所に掲示されているさまざまな言葉の引用と響き合わせるように立体的に展示されているのも特徴的だ。
たとえば、展示品の一つに、「灰とダイヤモンド」で俳優のズビグニェフ・ツィブルスキが着用したジャケットがあるが、一歩引いてみると、奥の空間に同作の場面が映し出されているのが見える。コーナーを仕切る壁には、劇中にも出てくる言葉の一節(19世紀ポーランドのロマン主義詩人・劇作家のツィブリアン・カミル・ノルヴィト作「舞台裏にて」序章からの引用)が紹介されている。重層的だ。
オーディオビジュアルにも力点
展示の構成についてシスカ氏は「クラクフでは、より広いスペースを使っていましたが、東京でも最も重要な要素をクラクフと同じバランスで展示しています。映画をめぐる展示でもっとも重要なのは、音・音楽を含めたオーディオビジュアル(視聴覚)表現だと考えていますので、そこにも力を入れています」と話す。
「ワイダ監督は、日本映画に大きな感銘を受けていました。黒澤明監督はもちろん、小林正樹監督、市川崑監督の作品からも」と説明しながら、シスカ氏は、映像を映し出すモニターに向かって歩き出した。「そうした監督たちの作品には、アメリカの映画などには見られない芸術的表現があります。登場人物の緊張感に富んだ表情の見せ方などもその一つ。そうした映画に敬意をささげるような表現の一つが……」
そう言って、指し示した先に映っていたのは、「ヴィルコの娘たち」(79年)のワンシーン。大きく映し出された登場人物の顔は、確かに指摘通りのように見える。会場内で見せている抜粋映像も、ワイダとワイダ作品のさまざまな側面を伝える。
世代を超えて映画人が出会う「学校」
今秋、ポーランドのグディニアで開催されたポーランド映画祭で、2002年にスタートした、ワルシャワの映画学校「ワイダ・スクール」のアグニエシュカ・マルチェフスカ氏(同校・国際協力プログラム副ディレクター)からも話を聞く機会を得た。
「ワイダ・スクールは、経験豊富な映画人と若い作り手たちが出会う場所として設立されました」とマルチェフスカ氏。創設者はワイダと、監督・脚本家のヴォイチェフ・マルチェフスキだ。
ポーランドには、ワイダ自身も卒業したウッチ映画大学など映画を学ぶための教育機関が複数あるが、ワイダ・スクールは、「基本的には、映画のABCを学ぶ場ではなく、作りたいプロジェクトがある人のための場所」だという。「いわば『大学院』的な場ですが、映画学校を卒業しているかどうかは問いません。監督あるいは脚本の経験がある人、ジャーナリストや俳優、舞台演出家なども受け入れています」
主要なコースには、監督(フィクション、ドキュメンタリー)、脚本家、プロデューサーに向けたものなど加え、国際プログラムもある。
いずれも、「生徒」それぞれのプロジェクトを、プロの「先生」たちと一緒に実践的に発展させていくスタイルを取るという。
紙からスクリーンへ
その教育理念を表す言葉が「紙からスクリーンへ」。たとえば、フィクションの監督コースであれば、作劇や演出などに関する知識を深めながら、それぞれのプロジェクトを磨きあげ、実際のセットで、プロの俳優、スタッフとともに、映画のエッセンスを凝縮するようなシーンの撮影に臨む。そうやって撮影したものを、ワイダ・スクールから巣立った後に発展させて、長編作品とし結実させる作り手も少なくない。
ワイダらが念頭に置いていたのは、「フィルム・ユニットの伝統」だという。フィルム・ユニットは社会主義時代のポーランドに複数あった映画制作集団。そこは、かつての日本の撮影所同様、制作プロダクションの役割を果たす一方で、創作の自由を担保しながら、若い映画制作者のプロジェクトを育てる場にもなっていた。「ワイダはこの伝統をどうにかして思い出させたいと考えたのです。そして私たちは、この伝統を守っています」
ワイダは「常に視覚的に考えていた」
国際コース「エクラン
「学校を設立した段階でワイダは既に70代半ばでしたが、彼はとても献身的でした。国際コースにもいつも参加していました。それは亡くなる直前まで変わらず、朝から夕方まで生徒たちのプロジェクトの分析を行っていました」
生徒たちのプロジェクトに向き合う時、ワイダは常に「視覚的に考えていた」という。「ワイダは生徒のプロジェクトの映像に象徴的なものを見いだし、指摘や提案を行っていました。その分析が、作り手の意図と異なっていることもありましたが、思いがけない方向に想像力を膨らますきっかけになってもいました」
取材時、マルチェフスカ氏は、ワイダ生誕100年にあたる2026年に向けて、「エクラン+」をベースにした日本とポーランドの特別ワークショップの可能性をさぐっていた。「ポーランドの監督と俳優が黒澤映画のワンシーンを撮影して、日本の監督と俳優がワイダ映画のワンシーンを撮影したりすれば、文化横断的な実験になるのではないかと思ったりもしています」
最新のポーランド映画が集まるグディニアの映画祭の会場前の道には、ワイダの名前を冠した道が通っていた。新旧の才能を交差させながら、さまざまな境界を超えて、前に進もうとするポーランドの映画人たちのありようとどこか重なるように感じられた。(おわり)
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