クリント・イーストウッド監督「陪審員2番」…人はなぜ間違うのか、浮き彫りにする法廷ミステリーの逸品
読売新聞 / 2024年12月27日 14時0分
クリント・イーストウッド監督による法廷ミステリー「陪審員2番」が12月20日から、「U-NEXT」で独占配信されている。「許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」など数々の傑作を手がけてきた現在94歳のレジェンドの新作映画にまた出会える幸福をかみしめる一方で、日本では劇場公開という形が取られていないことにどうにも納得がいかず、心の中はマーブル模様。ともあれ見てみると……ほかの多くのイーストウッド映画がそうであるように、本作も、大事なことを、肩に力を入れずしてぐいとつかみ出す。人はなぜ間違ってしまうのか。ある裁判の行方を通して浮き彫りにする逸品である。(編集委員 恩田泰子)
ある裁判で陪審員を務めることになった男をめぐる物語。
その男、ジャスティン・ケンプ(ニコラス・ホルト)は、妻の出産予定日が間近に迫る中、陪審員召喚を受けた。被告は、恋人(フランチェスカ・イーストウッド)の死をめぐり殺人罪に問われた男(ガブリエル・バッソ)。ジャスティンにとっては、まったくのひとごとのはずだったが、裁判が始まってほどなく、彼の顔に影が差す。もしかしたら自分のせいではないか。彼には思いあたることがあった。
冒頭、タイトルと前後して映し出されるのは、法の女神テミスの絵。いかにも法廷ミステリーらしい、教科書的なイメージに一瞬ひるむが、大丈夫。イーストウッドは、映画をどんどん進めて、観客を引き込んでいく。
まず感嘆させられるのは、フラッシュバックの見事な使い方。ふいによぎるジャスティンの記憶の断片から、被告の恋人が死んだ雨の夜、何があったかがちらちらと垣間見える。彼自身の人となり、抱えている過去も少しずつわかってくる。ただ、何もかもがちょっと霧の中。本当はどうだったのか。主人公の記憶を一緒に反すうしているうちに、わがことのようにどきどきさせられていく。刻々と状況が移ろっていく中、自分だったらどうするか、考えずにはいられなくなる。目が離せなくなる。
のっぴきならない状況にどんどん追い込まれていくスリリングな展開を補強するのは、俳優たち。キーファー・サザーランドが演じる断酒会の男や、J・K・シモンズをはじめとする演技巧者たちが演じる陪審員たちのリアルな存在感が、物語の迫真性を高める(陪審席には日本人俳優の福山智可子も)。バッソが演じる被告の言動も心に刺さる。
そして何より、主役のホルト。内なる葛藤をどんどん膨らませていく様子を、ふとした表情や動作に、自然に、巧みににじませる。押さえつけてもはねあがる動揺のしっぽを絶妙なさじ加減で見せる。クリス・メッシーナが演じる被告側弁護士と、トニ・コレットによる検察官が眼前で火花を散らすのを、平静を装って見つめるシーンなどでは、見ているこちらまでいたたまれない気持ちになってくる。
ただ、この映画、そうしたスリルやサスペンスを味わわせるだけでは終わらない。見るほどに浮かび上がってくるのは、刑事司法の落とし穴。なぜ人は間違ってしまうのか、ということだ。
原因は別に小難しいことではない。捜査や公判にかかわる人々が、本来の仕事に全力できない状況に陥っている。陪審員や証言者が、知らず知らずのうちにさまざまなバイアスに支配されてしまっている。善意の言動の裏側に偏見や自己愛が潜んでいる……。
そうしたことは、実は多くの人にとって身近なこと。イーストウッドは、ありふれた「異常な日常」を映画でありありと描き、見る者の目をひらく。その手さばきの見事さ、まなざしの確かさが、本作に限らず、彼がつくる映画に底知れない魅力を与えているのだと改めて思う。法の女神のイメージを今一度思い出させる終幕も鮮烈だ。
本作は、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーが展開する動画配信サービス「Max」のオリジナルと銘打たれている。Maxと提携するU-NEXTが、米Maxサービスでの配信と同じタイミングで、日本での独占配信を開始した。加入者ならば、10月下旬にロサンゼルスで開催されたAFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)映画祭でのプレミア上映から間を置かずして見られるわけだ。配信だから当然、好きな時に見られるというメリットもある。
でもやっぱり、この作品の仕掛け、没入感を堪能する場としては、映画館の暗闇が最もふさわしいと思う。スター俳優として、そして、監督として、スクリーンを輝かせてきたイーストウッド。年齢を考えれば、その新作はこれまで以上に貴重。しかも、この「陪審員2番」は傑作だ。ワーナー・ブラザースは、アメリカでは配信に先立ち、同作を限定的にだが劇場公開。フランスなどヨーロッパのいくつかの国でも劇場にかかったが、日本は置いてきぼりになっている。それでいいのだろうか。いいわけがない。劇場公開を望む映画ファン、イーストウッドファンのためにも、映画館が映画の真の魅力に触れる場であり続けるためにも、状況が好転することを願う。
◇「陪審員2番」(原題:JUROR#2)=2024年/アメリカ/上映時間:113分=U-NEXTにて独占配信中
※映画の画像は(C)2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.
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