平和と民主主義を立て直す時 協調の理念掲げ日本が先頭に
読売新聞 / 2025年1月1日 5時0分
思いもかけない出来事が次々と起きる。世界は歴史の変動期のただ中にある。
そうした目まぐるしい展開の底流で、三つの危機が同時に進行していることに目を向けたい。
一つは、誰もが感じているであろう「平和の危機」である。
ロシアは、核兵器使用の意図まで口にしている。そのうえ北朝鮮軍を参戦させ、危機をアジアにも広げつつある。イスラエルは戦火を周辺各地に拡大させ、地域構造を動揺させている。
中国の軍事力拡大は東アジアの緊張を一層高め、日米韓の連携強化が求められている。そのさなかに韓国では政情の大混乱だ。
そしてアメリカのトランプ政権再登場。ディール(取引)や、独裁者との交流を好む。保護貿易主義への転換もめざす。
世界の平和と繁栄を支えてきた国際秩序は、いまや風前の
◆三つの危機が同時進行
戦後80年。日本の平和と繁栄は安定した国際秩序の
国際平和のための新しい秩序作りに向けて、日本こそがその先頭に立たなければならない。
状況は厳しいが、危機の中に希望の芽を探し出そう。
ロシアも内実は苦境にあるようだ。ここは「自分なら停戦させられる」と豪語するトランプ氏に期待するのも一案だろう。
トランプ氏も、プーチン氏に一方的に戦利品を与えるのでは解決にならないことくらい、理解していよう。プーチン氏やネタニヤフ氏から譲歩を引き出してこそ、トランプ氏の手腕が評価される。
警戒だけでなく、トランプ氏のパワーを危機回避の方向へ活用してもらうことが、必要だろう。
それには、世界が結束していることが大事だ。侵略は許さない、人道無視の
その国際世論の形成にあたって、一つの心配がある。それが第二の危機、すなわち「民主主義の危機」の進行である。
西欧諸国では、排外的な自国第一主義の極右勢力が力を増し、英、独、仏など主要国の政治体制が揺らいでいる。経済の低迷や移民問題などを背景とした、社会的な分断が表面化している。
アメリカのトランプ氏再登場も、そうした先進国の混乱を象徴しているといわれる。
既成政治に対する不満や
生活上の不満から自国第一主義の風潮が高まることは、ある意味では自然なことでもある。問題は、自国第一主義と自国唯一主義を混同していることにある。
自国の利益を最優先に考えるのは当然だが、その利益は他国との貿易や生産分野の協力などがあって初めて成り立つ。自国だけで完結できる生活や経済はない。
◆自国第一と国際協調
自国第一をめざすにしても、他国との協調が必要なのだ。日本国憲法前文は「いづれの国家も、自国のことのみに専念してはならない」と
この理念を実際に体現してきた日本こそ、国際協調を訴える行動の先頭に立つにふさわしい。
世界がむき出しの力の対決の時代になろうとしている時だからなおのこと、理念の力をよみがえらせなければならない。
その大きな使命を果たすだけの力量が日本にあるかどうか。その自己点検から、新しい年の一歩を踏み出さなければならない。
幸い日本は、米欧のような極端な社会的分断状態にはない。昨年秋の衆院選でも、躍進したのは中道政党だった。とはいえ自民党の惨敗が示すように、国民の政治不信は依然、根強い。
脱税や贈収賄などの刑事事件と違って、政治資金パーティーで資金を集めるのも、一部を議員側に還流させることも、それ自体としては違法ではない。それが政界を揺るがす大事件に発展した。
報告書に記載すべきなのにそれを怠り、また、最大派閥の安倍派ではいったん不記載の還流を取りやめると決めながら、幹部間協議で復活させ、しかもだれがそれを主導したのかも不明のまま、という実態に原因がある。
ルール無視、無責任な振る舞い。それが国民に、政治家たちへの不信感を抱かせたのではないか。
「ルールを守れ」と訴えて首相の座を射止めた人が、政権を握った途端、政権選択の衆院選で国民の信を失ったら退陣するという憲政の常道(ルール)に反して、居座っている。政治の信頼回復への道はなお遠い。
◆ルール無視が不信招く
政治家を非難するだけではすまない深刻な状況が、国民の側にも起きている。SNSやユーチューブなどインターネットの活用が、各種選挙の場で大きな影響力をふるっている現実である。
自由に意見を発信し、議論すること、それ自体は好ましい。だが匿名で、真偽不明の内容や人を
昨年の東京都知事選、兵庫県知事選などでは、SNSを活用した切り抜き動画などが投票行動に大きな影響を与えた。
ネットを使った謀略情報、虚偽情報の流布は、アメリカの大統領選挙や欧州諸国でも大きな問題になっている。民主主義の危機が現実の事態に発展している。
◆誰もが発信の落とし穴
メディアが大衆操作に利用されたケースとして、1930年代、ラジオ放送の普及に目をつけたナチスドイツの例が有名だ。以来、メディアの発達とその影響が大きな研究テーマとされてきた。
ただ、そこで問題とされてきたのは、国家や政治権力によるメディアの利用だった。ところが現代のインターネット時代は、情報の発信、受信のどちらも個人の自由な行為であって、それが結果的に大きな政治的影響力をふるっているところに問題がある。
民主主義は、健全な判断力を持った公衆が選挙によって代表を選び、政治の意思決定を行うシステムである。その公衆の判断が、個人の気ままな情報発信で狂わされたら、民主主義は危機に陥る。
誤った情報によって自由な意思形成が妨げられるということは、「自由の危機」といわなければならない。現在進行している危機の第三とはそのことである。
2025年は、25歳以上のすべての男子に選挙権が与えられた普通選挙法公布から100年の節目でもある。
選挙を悪ふざけや金
虚実の判断がつきにくく、一部に事実が交じっている情報ほど、真実めいた印象を与え、流言飛語となりやすい。それが高じると、民衆を、公衆というより群衆のような存在に変えてしまう。
もしそこに特定の意図をもって悪意ある情報を流すようなことがあれば、ネットの言論空間はコミュニケーションではなく一種の扇動工作の場と化してしまう。
そんな事態を防ぐには何が必要か。法的規制の検討も必要だが、なによりも、発信者が、自分の発信内容に責任を持てるか、人を傷つけることはないかを、あらかじめ省みることであろう。
◆自由は礼節とともに
自由は、他者との関係性で成り立つ「社会的自由」である。他者の自由の尊重、つまり節度や責任と一体の関係にあるのだ。
来日する海外客が魅力を感じるのは日本の清潔さ、礼節の正しさだといわれる。
顧みて面はゆい思いもするが、13世紀に日本を初めて西洋世界に紹介したマルコ・ポーロ「東方見聞録」は、黄金の国・ジパングの記述を「住民は……礼節の正しい優雅な偶像教徒であって」という言葉で始めている。
礼節に富んだ自由の国、日本。日本が、激動する世界の荒波にのみ込まれず、新しい秩序の形成に力を発揮していくためには、人類共通の理念、そして節度ある国民レベルの行動の積み重ねが、不可欠の資質となるに違いない。
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