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是枝裕和監督が向田邦子の代表作「阿修羅のごとく」リメイク…「最初は一字一句変えずやろうと思った」けれど【前編】

読売新聞 / 2025年1月9日 11時0分

是枝裕和監督=秋元和夫撮影

 日本のテレビドラマ史上に輝く数々の作品の脚本を手がけた向田邦子(1929~81年)の代表作の一つ「阿修羅のごとく」(79年にパート1、80年にパート2)が、是枝裕和監督・脚本によりNetflixシリーズとしてリメイクされた(全7話、1月9日からNetflixで独占配信)。1962年生まれ、昭和のテレビドラマからも大きな影響を受けてきた是枝にとって、向田は大きな存在。「最初は一字一句変えずにやろうと思っていた」が、脚本を改めて読み込んで「アップデート」することにしたという。何をなぜ変えたのか。是枝に聞いた。2回に分けて掲載する。(編集委員 恩田泰子、文中敬称略)

四姉妹役は宮沢りえ・尾野真千子・蒼井優・広瀬すず

 「阿修羅のごとく」は、東京の中流家庭に生まれた四姉妹(宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優、広瀬すず)を中心とする家族劇。老境の父、竹沢恒太郎(國村隼)に愛人がいると知った4人は、母ふじ(松坂慶子)の耳には入れず事態の収拾をはかろうとする。が、実は竹沢家の女たちもそれぞれ、人には言えない愛憎や葛藤を抱えて生きていることが鮮烈に浮かび上がってくる。

 物語の舞台は、オリジナル版同様、昭和50年代半ば。

 長女・綱子(宮沢)は生け花の師範。夫の死後、息子を育て上げ、今は一人暮らし。仕事先の料亭主人(内野聖陽)とつきあっているが、彼には妻がいる。

 次女・巻子(尾野)は専業主婦。サラリーマンの夫・鷹男(本木雅弘)との間に子供が2人。生活は安定しているが、夫に浮気の気配があって、心穏やかではない。

 三女・滝子(蒼井)は恋愛とは縁遠い日々を送ってきた図書館司書。父の愛人問題にいちはやく気づいて興信所に調査を依頼。調査員の勝又(松田龍平)から思いを寄せられるが、なかなか恋に身を任せられない。

 四女・咲子(広瀬)は喫茶店でウェートレスとして働きながら、同棲(どうせい)中のボクサー・陣内(藤原季節)を支えている。すぐ上の姉、滝子とは、互いに競争心のようなものを抱いて反目しあっている。

 オリジナル版は、NHK土曜ドラマとして、79年にまず1~3話、80年に4~7話が放送された。四姉妹を演じたのは、加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュン。和田勉らが演出した。

 2003年には森田芳光監督により映画化され、大竹しのぶ、黒木瞳、深津絵里、深田恭子が四姉妹役に。舞台化もされていて、2022年の木野花演出版では、小泉今日子、小林聡美、安藤玉恵、夏帆が四姉妹を演じた。

もう一回、ちゃんと向き合ってみたい

 是枝は5年ほど前、仲間とともにつくる制作者集団「分福」の演出ワークショップの課題として、同作の一部分を使った。

 「若手の人に何を演出させようかと思って、それで『阿修羅のごとく』をやりました。僕が選んで」と是枝。選んだ理由については、「もう一回、ちゃんと向田邦子に向き合ってみたいなって」と話す。「ホームドラマにこだわっていたわけではないんだけれど、あれが何だったのか、やっぱりちょっと自分の中で消化しようと思ったんだよね、きっと」

 そのワークショップのことが今回のNetflix版を企画したプロデューサーの八木康夫の耳に入った。「それで八木さんから依頼が来た、という流れ。それはもう、やらざるを得まいって」

 依頼が来た時点で、八木のキャスティングにより、四姉妹役は、宮沢、尾野、蒼井、広瀬に決まっていたという。ほかの役は、八木と是枝が「一緒に」選んだ。終盤に登場する中島歩などは「(分福での)ワークショップに来てくれて、それで今回のキャスティングにつながっているという感じです」とも言う。

「海街diary」「若草物語」、そして小津的世界観

 姉妹をめぐる物語といえば、是枝は、吉田秋生原作の映画「海街diary」(2015年)を監督している。著書『映画を撮りながら考えたこと』(ミシマ社)では、同作を撮る時に参考にした二つのこととして、何度も映画化されている「若草物語」の四姉妹の構図と、小津安二郎の世界観を挙げている。

 「阿修羅のごとく」脚色にあたっては、「若草物語」を再解釈して映画化した「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」(2020年、グレタ・ガーウィグ監督)が参考になったと、報道用資料の中で明かしている。また、今回のインタビューでは、改めて向田原作を読み込んで、小津的世界観を見いだしたとも語っている。何かが、つながっている――。

 ともあれ、まずは順を追って、「阿修羅のごとく」脚色についての是枝の話を。

まっさらな目で脚本を読み直す

 「最初は一字一句変えずにやろうと思っていたわけです」と是枝は言う。ただ、原作者の妹、向田和子にあいさつに行くと……「『どう料理しても、好きにして構いません』と言われたんです」。加えて、当時の向田邦子は多忙で、時間に追われるようにして「阿修羅のごとく」を書いていたことも聞いた。

 当時の年譜をたどると、確かに向田は忙しかった。脚本家としての絶頂期を迎え、ドラマの脚本を手掛ける一方で、エッセイストとしての著作を刊行、小説家としての著書『思い出トランプ』に収録された短編3編で直木賞を受賞している。

 是枝は、改めて「まっさらな目で脚本を読み直した時、あの向田邦子とはいえ、締め切りに追われて書いていた時に、どこで苦しんでいたかというのは、ちょっと見えてきた」と明かす。

 その一つが「間違い電話」の多用。「こんなにも一つのシリーズで間違い電話をするとは。(脚色の際に)どうせだったら、『困った時の間違い電話』を削って、そうではない何かを考えてみようかなって」

女性像をアップデート

 そうした作業とともに行ったのが、女性像のアップデートだ。まず、次女の巻子と夫・鷹男の関係が気になっていたという。「原作の鷹男は、ふるまいも含めて、もっと家父長的。妻の巻子は専業主婦で夫の『不倫』に家で悶々(もんもん)としているという構図でした。1970年代だったら、それに共感する方たちもいらっしゃったと思うんですけれど――」。2020年代の今、この物語を描くにあたっては、「その夫婦の力関係を少し逆転させたほうが面白いな、と思ったんです。そのほうが今やるには僕も共感しやすいな、と」。

 時代設定などや物語の大枠はそのままに、巻子をめぐる物語の「輪郭を描き直してずらしていくという作業をやり始めた」。すると、「全体がそちらのほうにちょっと動いたんです」。

 四姉妹を演じる俳優たちに「寄せる」ことにより、おのずと女性像が更新されていった面もあったという。

 「たとえば、四女の咲子の役は、(オリジナルでは)男の幸せと不幸に引きずられていく部分がすごく強い。でも(広瀬)すずが演じるのであれば、引きずられているというよりは、自分の意志を強く持つ女性にしたほうが、彼女も生きるし、現代的だと思った。それは不倫をしている長女・綱子にしてもそうです」

自己を肯定し、他人を受け入れる

 オリジナルを尊重しながら、四姉妹それぞれの自己への「肯定感」を「高めていった」とも言う。それはなぜかとこちらが問うと、是枝は「なんでだろうね」。

 確かなのは、家族がそれぞれに違う生き方、違う幸せを選び取っていく姿を、今の観客も、すっとのみこめるように是枝は心を砕いているということ。何が正しいとか、何が間違いとかではなく、人には、それぞれの生き方があるのだと。

 その点で象徴的なのは、三女・滝子かもしれない。四姉妹の中で最も、他人をゆるすのが苦手だった人物が、少なくとも、受け入れられるようになっていく。「そこも少し変えていったんですよね。7話を通して一番大きく変化するのは滝子だっていう形になっているんじゃないかな」

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