「たまごっち」大ヒット生んだアイデアマン…担当に20歳新人を抜てき、女子高生狙い「クチコミ」仕掛け
読売新聞 / 2025年1月13日 8時38分
卵からかえった奇妙な生き物は、おなかがすくと所構わず「ピーピー」と電子音を鳴らす。育て方で姿が変わり、世話を怠ると死んでしまう。
そんな〈デジタルペット〉が一世を風靡すると誰が予測しただろうか。
「とんでもないことが起きている」。古巣のバンダイと組んでこのおもちゃを生み出した玩具企画会社「ウィズ」社長の横井昭裕さん(69)=当時41歳=は目を疑った。1997年2月。東京・銀座の玩具店には、夜明け前から500メートルもの行列ができていた。
徹夜で並ぶ人たちの目当ては、前年11月に発売され、大人気となった「たまごっち」。その後、最初のブーム時だけでも世界中で累計4000万個を売り上げることになる。
「歴史に残るおもちゃを作る」という夢をかなえた希代のアイデアマン。その男の姿は今、玩具業界にない。(社会部 浜田喜将)
リアルさこだわり、病気も寿命も
もう会社を畳むしかないのだろうか。玩具企画会社「ウィズ」の社長だった横井昭裕さん(69)は、悩んでいた。起業して9年目の1995年春。アイデアが枯渇し、経営は苦しかった。
古巣のバンダイから新商品の企画を頼まれたのは、そんな時だった。バンダイも業績が悪化していた。ひねり出したテーマが「ペット」。熱帯魚に餌を与えるパソコンソフト「アクアゾーン」が大人の間で流行していた。「おもちゃは大人の世界の縮図。この流れは必ず若い世代に波及する」
社内でオウムや海水魚を育てるほどの生き物好き。元気に飛び回ったり、泳いだりする姿を見るといとおしくて仕方なかった。「ペットとの生活を疑似体験できるおもちゃなんて面白いんじゃないかな」
開発でこだわったのは「リアルさ」。生きているのだからフンをすることもあれば、病気になり、いつかは死んでしまう。こまめに餌を与える必要もある。バンダイからは「一時停止機能を付けたらどうか」と提案されたが、「生き物の成長が途中で止まることなどない」と拒んだ。
ターゲットは女子高生に定めた。ポケベルや「プリクラ」、ルーズソックス……。ブームの裏には、必ずといっていいほどその存在があった。
原型はアルバイトの「ヘタウマ」イラスト
「女子高生に年齢が近い君にお願いしたい」。構想が固まりつつあった96年2月、会社の命運を左右しかねない新商品の担当に、何と入社直後で20歳の水垣純子さん(49)を抜てきする。
商品名は「卵形の時計(ウォッチ)」で「たまごっち」。元々は腕時計型だったが、水垣さんにキーホルダー型の方が若者にうけると提案されると、変更を決断した。
メインキャラの鳥に似た生き物のデザインでも、型にはまらない。雑誌をめくり、素人が描いたような「ヘタウマ」なイラストが女子高生に人気だと知ると、そんな絵が得意な別のアルバイトの女性に原型を描かせた。
発売直前、試作品を手に渋谷でアンケート調査した水垣さんに言い聞かせた。「100人が『多分買う』と答えるデザインより、『絶対買う』が1人でもいる方を選ぶんだ」
今も玩具業界で働く水垣さんは「企画力のある人はたくさんいたが、ゼロからイチを生み出す能力は、絶対的に横井さんが一番。天性のアイデアマンだと思う」と語る。
「ペットが死ぬおもちゃなんて」…社内の声跳ね返す
たまごっちは2センチ四方ほどの液晶画面で飼育を楽しむ。値段を1980円に抑え、簡単に遊べるよう操作ボタンは三つに絞った。実は96年11月の発売開始前、販売元のバンダイ内での評判は、芳しくなかった。「ペットが死ぬおもちゃなんて売れない」
多くの宣伝費は望めない。活路を見いだしたのが「クチコミ」だった。SNSなどない時代。渋谷や原宿の女子高生に人気の店で事前に「テストセールス」を行い、種をまいた。
効果はてきめんだった。世代や性別を問わず人気が広がり、売り切れが続出。各地に大行列ができ、高額で転売もされた。偽物が出回り、学校が持ち込みを禁じるなど社会現象となった。
正直、うれしかった。自分が作った商品が世の中を揺り動かしている。「偽物が出るぐらいじゃないと、本物じゃない」。業界に入った時、先輩に言われた言葉が現実となった。
23の国や地域で売られるなど、海外でも人気となった。「数百万人分の労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせた」という理由で、ユーモアあふれる研究・開発に贈られる「イグ・ノーベル賞」にも輝く。バンダイは97年9月中間決算で経常利益が前年同期比約270%増に。過去最高益となり、業績は好転した。
「リアルさを追求する」という当初の構想を貫き、「おもちゃには遊び心とトゲがいる」という自身の価値観を込めた商品。横井さんは大ヒットの要因をこう分析する。「生き物はかわいさが2割で、残る8割の面倒くささが愛情につながる。たまごっちの魅力は、この8割の中にあった」
「一発当ててやろう」先輩に刺激
東京で生まれ、3歳頃に千葉県に引っ越した。雑木林が広がる環境で過ごした2年間が、生き物好きの原点。虫捕り網を持ってセミやカブトムシを追いかけた。
東京に戻っても犬や亀、熱帯魚を飼った。露店で買ったヒヨコが成長し、早朝から「コケコッコー」。近所迷惑になってしまい、小学校に「寄付」したこともある。
中央大に進学後は、アルバイトに熱中した。父親の事業が失敗し、学費を稼ぐ必要があった。トラック運転手の助手や焼き肉店の皿洗い。何でもやった。
就職活動では苦戦した。成績は「可」ばかりで人気の流通業界に願書を出しても面接にすら進めない。たまたま雑誌で目にしたバンダイに合格。親戚からは「大学を出たのにおもちゃ屋か」と言われた。
77年に入社した頃は規模も小さく、「自由奔放な雰囲気」が好きだった。配属されたのは子会社の「ポピー」。仮面ライダーの変身ベルトが人気で、売り上げは親会社より高く、「一発当ててやろう」という気概を持った先輩に刺激を受けた。
アニメキャラのおもちゃを手がけていたが、「既存のキャラに頼らず自分のアイデアで勝負したい」と思うようになった。開発した女性向けの星占い液晶玩具「ハーピット」は営業から「占いは売れない」と言われたが大ヒット。棒についたレバーを握ると、先端の猫の手が招くように曲がる「猫ニャンぼー」も会議で「意味不明」とけなされたものの、100万本を売り上げた。
「バンダイの看板があるから売れるのか、自分の実力なのか確かめたい」。独立を考え始め、86年、同僚らと「ウィズ」を設立した。
その10年の節目で大ヒットしたたまごっち。当初はバンダイの社員が開発者として取り上げられ、「黒子」に徹していた。表に出るきっかけは、当時のバンダイ会長が講演で明かした「秘話」だった。
「開発者は、ほかにもいる。その人には多額のロイヤルティーが入る。ジャパニーズドリームだ」。会社に取材が殺到した。
夕方から出社するのは当たり前。アイデアが浮かべば、夜中でも会議を開く型破りな経営者は、注目を浴びた。バンダイでのたまごっちの表彰式に遅刻し、女性社員に自分のスーツを着させて代理で出席してもらったこともあった。
育ててくれた古巣への恩義は忘れていない。一番の喜びは、独立時に「二度と敷居をまたぐな」と言われた創業者に「お陰でバンダイは救われた」と感謝されたことだった。
ブーム去り在庫の山、自身も挫折「無敵感があった」
人気が冷めるのは早かった。需要に追いつくために増産を繰り返したツケが回り、在庫の山を抱えた。バンダイは99年に60億円の特別損失を計上し、社長が引責辞任する事態となった。
横井さんも苦しんだ。テレビアニメ「プリキュア」の原案を手がけ、2005年にジャスダックへの上場を果たすまでは良かったが、数億円を投資し、電気仕掛けのミニカー「スロットカー」のレース場を作ったが大コケ。ペットの高級衣料品事業は、採算が合わず早々に撤退を余儀なくされた。
「たまごっちの成功で無敵感があった。新しい物好きの気質が抜けず、勘に頼る経営をしてしまった」
売り上げは大幅に落ち込み、リストラも断行した。だが、4億円近い営業赤字を抱え、「これ以上、社員や株主に迷惑をかけられない」。16年、ウィズはバンダイナムコホールディングスの子会社になり、横井さんは会社を去った。
たまごっちは進化を続けた。最新機種にはWi―Fi機能が搭載され、世界中の利用者が育てたキャラと交流できる。24年3月時点で累計9400万個以上を出荷。バンダイで企画開発を担当する岡本有莉さん(35)は「長く愛されてきたたまごっちを、これからも大事にしていきたい」と話す。
その生みの親はというと――。ウィズを手放した後も蓄えや不動産収入があり、妻と食べていくのには困らなかったが、「何か面白いことはできないか」と新たな挑戦へのきっかけを探していた。
「またゼロから、社会を驚かす」尽きぬ意欲
21年のコロナ禍のさなか。「事業をやらないか」とバンダイ時代の先輩に誘われた。密閉、密集、密接の「3密」を避けられるとゴルフが注目されていた時期だった。自身もゴルフが趣味で、人気ユーチューバーの「てらゆー」さんのレッスン動画をよく見ていた。「彼とコラボしたらどうだろうか」と思いついた。
22年、東京・新橋にレッスンスタジオをオープンすると、会員数が伸び、日本橋と横浜にも出店。独自に開発した練習器具も売れているが、苦い経験もあって事業拡大には慎重だ。
栄光も挫折も経験した人生に「全く後悔はない」と言い切る。「成長過程には必ず踊り場がある。大切なのはそこで諦めないこと。その先に成功への階段がある」。今は、何度目かの踊り場だと思う。
「またゼロから商品を生み出して、社会を驚かせたい。まだ言えないけど構想はあるんですよ。私、物作りが得意ですから」。古希を2月に控えても、クリエイター魂が尽きることはない。
はまだ・きしょう 2016年入社。新潟支局を経て、21年12月から東京社会部。幼い頃、たまごっちの後継機種で、横井さんも開発に携わった「デジタルモンスター」が宝物だったが、遊び場でなくして大泣きした。31歳。
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