８００人のオーディションで勝ち取った韓国版レ・ミゼラブル「薄幸の少女」役、通い詰めた帝劇に凱旋の２４歳新星は「特別な気持ち」

エポニーヌの感情表現について「韓国では『もっと出して』と指摘されたのが、今は『ちょっと抑えて』と言われることもあるのがうれしい」と手応えを語る＝佐藤俊和撮影

レ・ミゼラブル　帝劇とともに＜中＞

　数々のスターを輩出した「レ・ミゼラブル」で、２４歳の新星、ルミーナが今、熱い注目を浴びている。言葉の壁を克服し、薄幸の少女エポニーヌを日韓の舞台で演じた唯一の女優だからだ。「国を越えて同じ役を演じられるのは感無量。韓国での経験を生かして、もっとエポニーヌの人生を伝えたい」と“凱旋（がいせん）出演”に意気込む。（松崎美保）

　インド人の父親と日本人の母親を持つ。東京出身だが、オーディションを経て２０２３年１０月～２４年４月の韓国公演の舞台に立ち、学生革命家マリウスへの恋に命をかけるエポニーヌを韓国語で演じて絶賛された。

　そして今回、日本公演でも同じ役を演じられることになった。昨年１２月の帝国劇場でのプレビュー公演では野良猫のように舞台を駆け回り、豊かな表情と広音域でもぶれない歌声や声量を聞かせ、エポニーヌの荒々しさに秘められた芯の強さを印象づけて観客を魅了した。

　ミュージカルファンの母に連れられて「エリザベート」を観たことをきっかけに、５歳から歌を学び始めた。同じ頃、レミゼと出会い、帝劇に通い詰めた。「私にとって帝劇の始めと終わりがレミゼ。そこにエポニーヌとして立てるのは特別な気持ちです」

　子役として舞台に立つ中、中学３年で転機が訪れた。韓国ミュージカルの動画配信を見て、言葉はわからなくても俳優の表現力と熱量に圧倒され、夢中になった。韓国語を猛勉強し、約１年半で韓国語能力試験の最上級に合格。一度は首都圏の音大に進んだが、「韓国で活動したい。同じ環境で学びたい」と多くの有名ミュージカル俳優を輩出した名門、ソウル大声楽科に入学し、卒業した。

　「周りの学生が本当にうまかったから成長せざるをえなかった。聴くのも勉強だったし、先生にいっぱい質問して常に練習しました」。ハイレベルな環境で切磋琢磨（せっさたくま）した結果、在学中に受けたオーディションで約８００人の中からエポニーヌ役を勝ち取った。

　元来は控えめな性格だというが、日韓に共通して演出家から求められた役柄は「Ｔｏｍｂｏｙ（少年のよう、おてんば）」。韓国公演の時は、下町のやんちゃな子が登場する映画を見て研究し、普段の座り方から変えてみた。「無意識にあぐらをかいた時、『あ、来たな』って。少しずつ殻を破れました」

　エポニーヌとして舞台に立ち続ける中で、片思いするかわいそうな女の子というだけでは決してない、強さや繊細さを持った人だと確信した。日本公演では、代表曲「オン・マイ・オウン」での切なさや悲しみ、怒りなどを込めた複雑な心情表現が一層、すごみを増している。「自分がミュージカルに力づけられたように、癒やしや力を与えられる俳優になりたい」

訳詞「パズル解くような手仕事」

　レミゼ日本版の功労者の一人といえば、劇中曲全ての歌の訳詞を手がけた作詞家、岩谷時子（１９１６～２０１３年）だろう。３０年前のインタビューでは、ミュージカルの訳詞について「パズルを解くような手仕事」と振り返っていた。

　当時、レミゼの作曲家からは「一つの音符に一音。音符に合わせて訳も作ってほしい」との要望があった。英語の詞を日本語に直訳するとどうしても長くなり、岩谷は短い言葉に意味を凝縮させる難題に挑んだ。例えば、ジャン・バルジャンの釈放場面の原詞をそのまま訳したら「お前は仮釈放の身。完全に自由になったのではない」となるが、１９８７年の初演では「貴様釈放された」と意訳した。

　物語の展開を壊さずに美しい旋律が観客に伝えられているか。岩谷は俳優に何度も歌ってもらい、微妙な調整を繰り返した。特に有名なのがバルジャンの囚人番号。原作の「２４６０１」を日本語で歌うと語尾の音が響きにくくなるため、途中で「２４６５３」に変更された。

　日本の女性作詞家の草分けとして演劇史・音楽史に名前を残した岩谷。レミゼ以外では、東京・浜松町の自由劇場で２月１６日まで上演中の劇団四季ミュージカル「赤毛のアン」の楽曲「アイスクリーム」の訳詞も、岩谷が手がけた。主人公アンの楽しい夏の思い出が浮かび上がる、見事な言葉づかいに注目してほしい。