阪神大震災で行方不明になった母、捜し続けた娘の30年…「諦めがつくありがたさでもある」
読売新聞 / 2025年1月17日 0時0分
17日で発生30年となる阪神大震災。内閣府のまとめには今なお行方不明者3人が刻まれている。その一人、神戸市須磨区の佐藤正子さん(当時65歳)は全焼した自宅跡から手がかりも見つからず、家族に心の整理はつかない。長女・悦子さん(61)(兵庫県加古川市)の30年間は、「別れ」を受け入れるための日々だった。(神戸総局 伊藤大輔、阪神支局 新谷諒真)
つかない区切り
悦子さんが最後に母と話したのは1995年1月15日夜のことだった。「お正月に京都旅行をしたから、お土産を取りにおいで」。母の言葉をそう記憶している。
おっとりとした性格だった正子さん。厳しくしかることも、「勉強しなさい」と口うるさく言うこともなかった。日中は仕事で、家にいることは珍しく、幼い頃は帰宅中に洗濯物が外に出ているのを見ると、「今日はお母さん休みなんや」とワクワクした。勤勉な母は、悦子さんが独立した後、須磨区の生花店で働きながら、区内のアパートで一人暮らししていた。
17日朝、激震が神戸を襲った。母の自宅に電話しても呼び出し音が鳴るばかり。交通もまひし、知人のバイクに乗ってたどり着いたのは3日後の20日午前9時頃だった。アパートは全壊、全焼していた。焼け跡には愛用の腕時計、食器、直近の年賀状が残り、別の部屋に住む男性の遺体も確認された。だが、母は遺体どころか骨のかけらも見つからなかった。
膝の悪い母が歩ける範囲の避難所に姿はない。捜索には欠かさず立ち会い、母と関わりのある場所を回って消息を尋ねたものの、手がかり一つ得られなかった。
半年がたった7月、「区切りをつけるために」と親戚に促され、アパート跡地で母の葬儀を開いた。骨つぼには現場にあったがれきのかけらを入れた。それでも――。
「『区切り』だなんて思えない。お母ちゃん、今、どこにおるん?」
心身の限界
その後も、目撃情報が寄せられるたびに仕事を休んで訪ね歩いた。「どこかで記憶喪失になっているのかもしれない」。母の大きな写真を付けたチラシを、近隣だけでなく、須磨区全域に貼ってみたが、効果はなかった。
やり場のない思いと共にいつまでも続く「中ぶらりん」の日々は、悦子さんの心身をむしばんだ。
ひとりで小学生の娘2人を育てていた。育児に悩むたびに「お母ちゃんに相談しよう」との思いが頭をよぎっては、「いや、おらへんわ」と自ら打ち消し、沈み込んだ。
2、3年が過ぎた頃、家事が手につかなくなった。食事の味を感じない。直近の行動を思い出せなくなり、仕事も休みがちになった。「寝ても起きてもしんどい。何がしんどいのかもわからない」。病院で「うつ病」と診断された。
数か月後、「お母さん、目がかゆいねん」と長女に言われた。家の掃除が行き届かず、ホコリがたまった部屋で過ごすうち、長女は結膜炎になっていた。
「ちゃんとせなあかん。このままやと、子どもを殺してしまう」。自身も「母」であると強く意識したことで、悦子さんは立ち直った。
30年
神戸市中央区の東遊園地にある「慰霊と復興のモニュメント」には、正子さんの名が刻まれた銘板がある。悦子さんにとって、遺骨が見つからない母の墓の代わりとなる唯一の場所だ。毎年1月17日早朝に訪れ、近況をつづった手紙と花束を手向けてきた。
「どこかで生きていて」。その願いが小さくなることはなく、発生20年が経過してからも、人気テレビ番組に調査依頼を応募してみたことがある。しかし、震災当時の母の年齢に近づいてきたここ数年は、「天国でゆっくりしているかな」と心境が変わってきた。
「無事だったとしても、もう生きていないかな。お母ちゃんを思う気持ちに区切りはないけど、そこが30年という年月のつらさであり、諦めがつくありがたさでもある」
母に一度も会えないまま流れた30年の重みを胸に、きょう17日も銘板を訪れる。
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