なぜ東京競馬場だけ「左回り」なのか…府中駅からの「アクセス考慮」説が有力、出走レース選択や予想にも影響

左回りでレースが行われている東京競馬場。スタンド目の前に最後の直線が位置している（東京都府中市で）

　競馬の最高峰・日本ダービーの舞台で、国内最大級の規模を誇る東京都府中市の東京競馬場。日本中央競馬会（ＪＲＡ）の主要４場（東京、中山、京都、阪神）と位置づけられる競馬場のうち、東京競馬場だけが左回りで、ほか３場は右回りでレースを実施している。なぜ東京競馬場だけが左回りで、どんな影響があるのだろうか。（長内克彦）

　東京競馬場の前身は、第１回日本ダービーが行われた「目黒競馬場」だ。現在の目黒区に置かれていたが、敷地が手狭だったため、１９３３年（昭和８年）に現在の府中市に移転し、東京競馬場が新設された。当時の府中町が町を挙げた招致運動を行って土地の買収を後押ししたという。

　東京競馬場敷地内にあるＪＲＡ競馬博物館の学芸員、秋永和彦さん（４８）によると、目黒競馬場は右回りでレースが行われていた。１８６６年（慶応２年）に国内で初めて完成した根岸競馬場（後の横浜競馬場）に倣ったとみられ、後に全国各地に誕生した競馬場も多くは同様だった。

　東京競馬場は当初から左回りでレースが行われているが、理由や経緯を正確に記した資料は残っていないという。ただ、開場当時、来場者の多くが利用していた府中駅が敷地北西側に近く、そこにスタンドを置くため左回りを採用したとの説が有力で、ＪＲＡの「東京競馬場５０年史」（１９８３年刊）にも「地形上右回りにすると（中略）スタンドが府中町から遠ざかってしまう」と記されている。

　観客が集まるスタンドを府中駅からアクセスしやすい敷地北西に配置し、ゴールを西側にして左回りにすれば、レースの山場である最後の直線の攻防がスタンドの目の前に来る――というわけだ。秋永さんは「競馬場へのアクセスや厩舎（きゅうしゃ）の配置などを総合的に考え、左回りになったというのが納得しやすい」と指摘する。

　陸上競技のトラックは左回りで統一されている。これには、「人間の心臓は左にあるため、遠心力による負担を少なくできる左回りにした」などの説がある。

　一方で、右回りと左回りの競馬場が混在していることは、競走馬のレース選択やファンの予想にも影響を与えている。

　２００７年のダービーを牝馬（ひんば）として６４年ぶりに制したウオッカは、ＧＩ７勝のうち６勝を東京競馬場で挙げている。関西の厩舎所属ながら「府中の申し子」とも称された。

　管理していた元ＪＲＡ調教師の角居勝彦さん（６０）によると、ウオッカは左回りだとコーナリングがスムーズで、最後の直線での加速につながったという。ストライドも大きく、角居さんは「小回りの競馬場より、広くて直線の長い東京競馬場が合っていた」と振り返る。東京競馬場にはウオッカの銅像が設置されており、「関西馬なのに本当にありがたい」と話す。

　都内にあるもう一つの大井競馬場（品川区）は右回りだが、各開催（原則５日間）のうちの１レースのみ左回りで実施するユニークな取り組みを２０２１年から始めた。運営する特別区競馬組合によると、コースが左右対称という特性があるため実現できたといい、将来は全競馬場が左回りの米国など海外の強豪馬の招致につなげたいという。

　準備には４年を要した。組合広報課の渡部卓統さん（２５）は当時競走課に所属し、慣れない左回りに抵抗感があった厩舎関係者らを説得して回り、出走馬集めに尽力した。「同じ日に『両回り』でレースがあるのは大井だけ。レアな１日を楽しんでほしい」。渡部さんはそう話す。

　東京競馬場５０年史も、左回りの由来について「アメリカに倣ったのではないか」との説を紹介している。馬の世話に不可欠な水に着目し、厩舎を湧水の豊富な東側に置くため、スタンドを西側にしたとの見方もある。

　ただ、同博物館館長の山口豊さん（５７）は「色々な説はあるが、はっきりとした左回りの理由はわかっていない」としながらも、「左回りと右回りそれぞれ得意な馬もいるし、競馬の楽しみ方も広がるのでは」と話す。

　２月１日から、東京競馬場の第１回開催が始まる。山口さんは「博物館がある競馬場も府中だけ。子供向けのアトラクションも充実しており、家族みんなで楽しんでほしい」と呼びかける。