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映画「雪子 a.k.a.」…29歳、本音が言えない小学校教師が魂のラップをあふれ出させるまで

読売新聞 / 2025年1月24日 11時0分

「雪子a.k.a.」の主人公、吉村雪子(山下リオ)=(C)2024 「雪子a.k.a.」製作委員会

 映画「雪子 a.k.a.」(草場尚也監督)の主人公は、小学校教師にしてラッパーでもある吉村雪子(山下リオ)、29歳。この設定だけ聞くと、型破りな先生が活躍する学園ものかと早合点しそうになるのだが、そうではない。この映画が描くのは、型どおりの物語ではなく、ともすれば、型の中に収まってしまいそうな自分をなんとかしたいと願う女性の物語。弱くて強くていとおしいヒロインの、不器用だけれどひたむきな言葉に胸を打たれる珠玉の一本だ。(編集委員 恩田泰子)

 20代の終わりの日々を、雪子は言葉にできない思いを抱えてもやもやと過ごしている。できない先生ではないし、児童のこともちゃんと見ているのだが、どうにも自分に自信が持てない。

 大好きなラップでなら気持ちを言葉に乗せられるのではないかと、ラッパー仲間の集まりに「MCサマー」として参加。フリースタイルでラップしているが、言いたいことがうまくまとまらない。聴く人の心に刺さるリリックが紡ぎ出せない。

 雪子を「ゆっきー」と呼ぶ学生時代からの友人(剛力彩芽)や恋人(渡辺大知)は、30歳を節目ととらえ、結婚をかなり意識しているが、雪子にはしっくりこない。

 ずっと学校に来ていない、ある児童のことも気にかかる。

 昨今のドラマや映画を見ていると、立て板に水のごとく、自分語りをする主人公に出会うことがある。信じられない。でも、雪子は信じられるヒロインだ。彼女はどうにもはっきりしない。どうすれば自分に自信が持てるのか、どうすれば人の心を動かす本音のラップが紡ぎ出せるのか、悩みながら不器用に格闘している。迷うことかから逃げ出さずに。

 その過程で、彼女は他者と向き合って、いろんな言葉を糧にしていく。

 ラップ仲間のレコード店主、レコヤ(演じるのは、ラップ監修も担当したダースレイダー)は、<ラップなら普段言えないことが言える>というサマー=雪子に、<それじゃただの愚痴だよ>と厳しい一言を放つ一方で、胸をたたきながら言う。<観客が見たいのはラッパーのこっから出てくる言葉の熱だと思うよ>と。

 児童から「神キャラ」とも言われる先輩教師(占部房子)は言う。<自分で気づいたことの方が、誰かが決めた正解より価値があると思いませんか>と。

 ほかにも、この映画には、ラッパーならずとも、教師ならずとも、胸に響く言葉が本当にたくさん。保護者の言葉、ラップバトルでの対戦相手の言葉、父親(石橋凌)とのチャーミングな会話……。そうした言葉のパワーを増幅させているのは、物語の流れであり俳優たちの演技だ。人ひとりひとりから発せられる言葉にこもる熱だ。

 人と言葉に向き合いながら、主人公は少しずつ、自分のこと、そして、何かを好きになることの力を再発見していく。そして、思いと言葉が一つになってあふれ出す時が来る。雪子とサマーが融合する。音楽が生まれる。そのシーンの幸福感と言ったら。主人公の女性が、教師であり、ラッパーでもあるという設定はただの飾りではない。

 雪子は自分の気持ちを冗舌に語ったりはしないが、観客は決して迷子にならない。それは一つに、演じる山下リオが抜群だから。さりげなく雄弁な瞳、多層的な表情、泣き笑い。草場監督と鈴木史子による脚本に、文字通り息を吹き込んでいる。

 ほかの俳優たちも、みんないい味。GuruConnectが担当した音楽もいい。好きなものに向き合う児童たちの姿もいい。いい映画は、人間の<こっから出てくる熱>が集まってできるのだと、つくづく思う。その熱、見れば、きっと伝播する。きっとずっと冷めない。

 タイトルにある「a.k.a.」は、「also known as」の略で、「別名」「またの名を」などの意味を持つ言葉。その後に続く別名が示されず、ブランクになっているのは、それが時と場合によって変化するから。「吉村先生」も「雪子先生」も「MCサマー」も「ゆっきー」も、みんな雪子。人間を立体的、多面的にとらえる映画でもある。

◇「雪子 a.k.a.」=2024年/上映時間:98分/製作:パル企画、VAP/配給:パル企画=1月25日から、東京・渋谷のユーロスペースほか全国順次ロードショー

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