「若者は年金がもらえない」は間違い 少子高齢化が進んでも、上の世代より多く受け取る2つの理由/明治安田総研・前田和孝さん
J-CASTニュース / 2025年1月31日 17時13分
将来に備えよう(写真はイメージ)
「年金がもらえない」「もらえても減るかもしれない」と公的年金に不安と不信感を抱く若者が増えている。
しかし、「若い世代ほど、上の世代より多くもらえるよ」と、最新データの分析から、若者たちを激励する研究報告が発表された。
明治安田総合研究所の前田和孝さんがまとめたものだ。これほど少子高齢化が進んでいるのに、なぜ、大丈夫と言えるのか。前田さんに話を聞いた。
支え手が「胴上げ型」→「騎馬戦型」→「肩車型」と減るのは誤解
この研究報告は、明治安田総合研究所エコノミストの前田和孝さんがまとめた「『若者は年金をもらえない』は本当か ~不信感はあれども、前の世代より受け取る額は増加~」(2025年1月24日付)というリポートだ。
リポートは2024年7月、厚生労働省が発表した公的年金の「財政検証」をもとに分析した。財政検証では、個人の性別・年代別の見通しを今後の経済成長の度合いによって2つのパターンで提示した。「成長型経済移行・継続」(実質経済成長率1.1%増)と、「過去30年投影」(同0.1%減)だ。
前田さんは「過去30年投影」パターンから若者の年金受給額を論じている。主な論点は次の通りだ。
(1)まず、若い世代の間に「年金がもらえない、減るかもしれない」という疑念があるが、若い世代ほど上の世代より受け取る年金額が多くなる。【図表1】が、財政検証が示した生年度別に65歳時点で受け取る平均年金月額だ。これを見ると、2004年度生まれ(現在20歳)の額は13.6万円で、1959年度生まれ(65歳)の12.1万円より1.5万円多くなる。
さらに分布を見ると、1959年度生まれ(現在65歳)は月額7~10万円未満の割合が25.8%と最も多いが、1964年度生まれ(現在60歳)以降は10~15万円がボリュームゾーンとなり、2004年度生まれ(現在20歳)では37.5%を占める。
これは、【図表2】で示したように、女性の労働参加が進展していることなどから、若い世代ほど厚生年金期間中心(厚生年金の被保険者期間20年以上)の人が多くなることが背景にある。
(2)少子高齢化の進展で年金の支え手が少なくなり、昔のいわゆる「胴上げ型」から「騎馬戦型」、そして「肩車型」へと支え手の負担が増えていく構図があり、年金制度が破綻するのではないかという疑念がある。
【図表3】は年齢階級別にみた人口の推移だ。たしかに、65歳以上に対する15歳~64歳の人数は、1980年は7.4人(胴上げ型)だったが、2010年に2.8人(騎馬戦型)、そして2040年には1.6人(肩車型)になるように見える。
しかし、年金の支え手を年齢で区切って悲観的になるには注意を要する。厚生年金の保険料は、適用事業所で働く場合には原則70歳まで負担する。そのため、年金の支え手を考える場合、就業者と非就業者の割合を見ることが大切。
【図表4】の、高齢者や専業主婦(夫)を含む非就業者(15歳以上)に対する就業者の人数を見ると、1980年は1.6人、2010年に1.3人、2040年に1.7人と、先行きも含めほとんど変わらない。つまり、支え手の割合は1980年頃からずっと同じだということだ。
こうしたことから前田さんは次のように訴えている。
「公的年金は健康保険と違い、すぐに恩恵を実感しにくい点が不信感の要因となっている。不信感が募れば募るほど保険料の未納者が増え、上手く機能しなくなる。長生きリスクが顕在化してからでは遅い。制度に対する正しい理解を促すためにも、将来世代の年金教育を含めた広報の強化が必要だ」
「老後資金2000万円不足問題」の残念な結果
J‐CASTニュースBiz編集部は、リポートをまとめた前田和孝さんに話を聞いた。
――若者の年金不安の1つに、「老後資金2000万円不足問題」があると思います。2019年に金融庁の審議会が「高齢社会における資産形成管理」という報告書の中で、高齢無職夫婦の場合、公的年金中心の収入だけでは毎月5万円以上の赤字になるとして、今後30年の人生では貯蓄を2000万円近く取り崩す必要があると提言したのがきっかけです。
その後さらに、2024年5月にはテレビの報道番組が「最近の物価高により、2000万円ではなく4000万円必要になる」という試算を発表、再び「老後資金問題」が注目を浴びました。こうした問題についてはどう考えていますか。
前田和孝さん 「平均的な高齢夫婦無職世帯の毎月の赤字額が約5万円で、ここから30年間生活をするには約2000万円不足する」という点が独り歩きしてしまったのは残念に思います。同じ統計でこうした世帯の平均的な貯蓄額は2484万円あり、貯蓄を取り崩していけば不足分を補って生活をすることができます。
それでも「人生100年時代」に備えてしっかり資産形成や管理をしていきましょうというのが報告書の内容だっただけに、ただ不安を煽(あお)るような結果になってしまったように思います。
――財政検証では、若い世代が将来受け取る年金は年配世代より多くなりますが、男女格差がある試算が出ていますね。「過去30年投影パターン」では、現在20歳の男性が65歳時点で受け取る年金の平均は15.5万円ですが、20歳の女性では11.6万円と約4万円もの開きがあります。
この男女格差についてはどう考えますか。また、格差が生じないようにするため、若い女性たちへのアドバイスをお願いします。
前田和孝さん 年金額の男女格差の理由の1つが厚生年金の加入期間です。財政検証の「過去30年投影ケース」における現在20歳の人の「現役時代の経歴類型」を見ると、厚生年金の被保険者期間20年以上の割合が男性の88.8%に対し、女性は74.0%との見通しになっています。
格差を解消するためには、女性にできるだけ厚生年金に長く加入するような働き方を選択してもらうことが重要になります。これは、政府が厚生年金の加入要件の適用拡大を進めている理由の1つでもあります。もっとも、女性の厚生年金加入期間が短い背景には、出産や育児などの負担が女性に偏っているなどの問題もあります。
厚生年金の額は収入に応じて決まりますから、柔軟な働き方の整備などを通じて、女性が出産や育児のタイミングで離職したり、正規雇用から非正規雇用へ移らざるを得なかったりするケースを解消していくことが社会に求められます。
少子高齢化の人口構造だけで、年金を悲観的にとらえないで
――【図表4】の「年金の支え手を年齢で区切るのは正しくない」という指摘は、なるほどと思いました。少子化が進んでいるものの、高齢者や女性の働き手が増えているため非就業者と就業者の比率がずっと変わらないということですね。実際、日本は先進国の中で働く高齢者が最も多いと言われます。
しかし、これは70歳以上になっても働くべきだということになり、若い世代を委縮させることになる心配はありませんか。私は現在74歳で、仕事が好きなために働いていますが、私の同世代では「本当は悠々自適の生活を送りたいが、働かないと食べていけない」という理由で、非正規雇用で働いている人が多くいます。
前田和孝さん 私が伝えたかったこととして、少子高齢化という人口構造だけで年金制度を悲観的にとらえないで欲しいというのがありました。そのうえで、異なる見方として非就業者と就業者の比率を提示しましたが、個々人が「年金を支えるため」に長く働かなければならないという考えを持つ必要は必ずしもないと思っています。
財政検証における生年度別の65歳時点の年金額の試算も、若い世代が今の世代より高齢になっても働くという前提にはなっていません。より重要なのは、いかに自らの高齢期の経済基盤を安定させるかということだと思います。健康寿命が延伸するなか、長く就労し、収入を得るというのはポイントにはなると思います。
一方で、iDeCoやNISAを活用して資産形成することも選択肢でしょう。公的年金を65歳で受給せず、繰下げて月々の年金を増額させるという手もあります。まずは、公的年金を高齢期の所得を安定させるうえでの柱の1つとして活用してもらうことが重要だと思います。
高齢者の定義、「70歳以上」引き上げ論に不安はないのか?
――気になるのは、現在「65歳以上」とされる高齢者の定義を「70歳以上」に引き上げようとする議論が、経済財政諮問会議で経団連の十倉雅和会長などから上がっていることです。これは将来、年金支給額を減らすとか、支給時期を後ろにずらす布石ではないのかとの疑念が若い世代から出ていますが、どう考えていますか。
前田和孝さん 年金制度には、保険料負担の範囲内で給付水準を調整・目減りさせる仕組みであるマクロ経済スライドが導入されています。そのときの社会情勢(現役世代の人口減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みです。
支給開始年齢の引き上げも同じく給付額を減らすものですが、マクロ経済スライドは現受給者にも影響が及ぶ一方で、支給開始年齢の引き上げは将来世代のみ給付額が減るという違いがあります。
マクロ経済スライドがある日本では、世代間の不公平を生み、合理性を欠く支給開始年齢の引き上げは選択されないとみています。また、年金は60~75歳のいずれのタイミングでも年金が受給できる「受給開始年齢選択制」を採用しています。65歳より早く受給する場合には月々の年金が減額されるという点には注意が必要ですが、受給開始年齢を柔軟に選択できる仕組みは維持されると考えます。
――つまり、高齢者の定義が変わっても安心していいということですね。ところで、財政検証の「過去30年投影パターン」では、実質賃金上昇率をプラス0.5%として試算しています。しかし、実質賃金は2024年の6月と7月と11月にプラスになった以外は2022年4月以降現在に至るまで、ずっとマイナスです。かなり甘い試算だと思いますが、大丈夫でしょうか。
前田和孝さん 「過去30年投影ケース」の実質賃金上昇率の前提が2024年度~2033年度まではマイナス0.1%~プラス0.2%、2034年度以降はプラス0.5%で置かれています。リポートにも記載させていただきましたが、2001~2022年度平均がマイナス0.3%ですから、甘いのは否めません。
ただ、ここ数年で賃上げの機運が高まっており、今後は高い賃上げ率が定着する可能性もありますから、非現実的とまでは言い切れないとも思います。
現在と将来のどちらを優先するか、自分の価値判断で考えよう
――若い世代がもっと年金に信頼を寄せるようになるには何が一番大切と考えますか。また、今回のリポートで特に強調しておきたいことがありますか。
前田和孝さん いたずらに世代間対立を煽(あお)らないことが大切だと思います。
公的年金が保険である以上、老齢や障害などのリスクに社会全体で備えるためのものであり、世代間の金銭的な損得のみを基準とすることは適当ではないと考えます。年金は健康保険と異なり、支払いから給付を受けるまでの時間軸が長く、恩恵をすぐに実感しにくい点が不信感の一因になっているように思います。
現在の生活が苦しいため、保険料を下げるというのは選択肢の1つではありますが、その分将来の給付水準も下がることになります。そして、少子高齢化という人口構造が存在する限りは、年金による高齢者への社会的扶養の仕組みが家族間による私的扶養に取って代わるだけの可能性もあります。
私的扶養が可能な高所得世帯は問題なくても、終身にわたって年金が受け取れる長生きリスクに対応する機能や、所得再分配機能が失われれば、仕送り費用の増加や、高齢期の生活資金の枯渇に直面する人が出てくることも考えられます。現在と将来のどちらを優先するかは個々人の価値判断です。
ただ、想定以上に長生きすることで老後のために蓄えた資金が足りなくなるリスクは顕在化してから対応するのでは遅く、こうしたことも踏まえたうえで年金制度の将来を考える必要があります。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
前田 和孝(まえだ・かずたか)
明治安田総合研究所経済調査部エコノミスト(主任研究員)
2012年慶應義塾大学商学部卒業後、証券会社、商社を経て、2020年より現職。専門分野はマクロ経済動向の分析(日本、米国)、社会保障政策・労働市場の分析、原油相場など国際商品市況の分析など。
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