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津波にのまれたジャズ喫茶、父の遺志継ぐ娘の手で復活5年…「多くの人の記憶に刻まれる店に」

読売新聞 / 2025年2月11日 20時30分

賢一さんのお気に入りのレコードを手に、「いろんな音楽を楽しめる店にしたい」と語る多恵子さん(岩手県大槌町で)=三品麻希子撮影

 岩手県大槌町に県内最古のジャズ喫茶「クイン」がある。店は東日本大震災の津波に流されたが、病に倒れた父の遺志を継いだ佐々木多恵子さん(56)が再建した。復活から5年、全国のジャズファンに支えられながら「憩いの場になれば」と切り盛りしている。(盛岡支局 三品麻希子)

 三陸鉄道大槌駅前にある10人ほどでいっぱいとなる店内で、レコードからトランペットの軽快な音楽が流れていた。多恵子さんはネルドリップでコーヒーをいれながら、「続けていることをきっと喜んでいる」と亡き父、賢一さんを思った。

 店は1964年、町中心部にあった自宅1階に賢一さんが開いた。レコードが山積みとなり、若者がくわえたばこでギターをかき鳴らした。賢一さんは店で、客の人生相談にも親身になって乗った。「音楽好きの居場所だった」。学生時代から手伝っていた多恵子さんは懐かしむ。サックス奏者の坂田明さんらプロも来訪した。

 津波は、2万枚のレコードやCDと自宅兼店舗をのみ込んだ。町内で1200人以上が犠牲になり、母の恵さん(当時65歳)も亡くなった。失意の中、背中を押してくれたのは復活を望むファンだった。避難生活中の賢一さんの元に、県内外からスピーカーや約2000枚のレコードなどが届いた。

 その頃、大槌町では市街地を盛り土する工事が進んでいた。賢一さんは「店を建て直そう」と多恵子さんに決意を伝えた。だが、病魔が賢一さんを襲った。2018年に食道がんが見つかり、76歳で亡くなった。

 「この店を残せるのは、もう自分しかいない」。父の思いを間近で見てきた多恵子さんは、遺志を継ごうと決めた。19年12月、被災した店主らが出店する「三陸屋台村おおつち○○まるまる横丁」に再び「クイン」の看板を掲げた。

 今はレコードを寄付してくれた新潟の老夫婦、震災前の店が紹介された雑誌を手に若者らが訪れる。常連は「いつも笑っていたね」と、気さくな賢一さんの昔話に花を咲かせる。

 釜石市の老舗ジャズ喫茶「Town hall(タウンホール)」のマスターで、賢一さんと親交があった金野克人さん(70)は「多恵子さんの頑張りで、大槌にジャズが聴ける場所が守られた。ファンも多い」と語る。

 「初代クインが愛されたように、多くの人の記憶に刻まれる店にしたい」。多恵子さんは思いを新たにしている。

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