焦点:南シナ海問題で「積極広報」に転じたフィリピン、試される中国
ロイター / 2024年6月21日 7時24分
6月19日、昨年2月にフィリピン大統領府の危機管理室に集まった政府高官は、数日前に撮影された写真を前に厳しい選択を迫られていた。写真はセカンド・トーマス礁に座礁した古いフィリピンの軍艦。2023年3月撮影(2024年 ロイター/Eloisa Lopez)
Karen Lema Greg Torode
[マニラ/香港 19日 ロイター] - 昨年2月、フィリピン大統領府の危機管理室に集まった政府高官は、数日前に撮影された写真を前に厳しい選択を迫られていた。写真には、フィリピンと中国が領有権を巡って対立する南シナ海の海域で、中国の戦艦がフィリピンの巡視船に軍用レーザーを照射したとされる様子が写っていた。
写真を公開して中国政府の怒りを買う危険を冒すのか、巨大な隣国を刺激することを避けるのか──。国家安全保障担当顧問で南シナ海タスクフォースのトップを務めるエドゥアルド・アニョ氏の決断は、「国民は知る権利がある。写真を公表せよ」だった。
レーザー照射問題を巡るこの会合は重要な転換点となった。会合の内容が明らかになったのは今回が初めて。これを契機にフィリピン政府は南シナ海における領有権争いの激化に注目を集める広報活動に乗り出した。
会合出席メンバーで、当時のやり取りを明かした国家安全保障会議のジョナサン・マラヤ報道官は「あの会合が転機になり、透明性を重視する政策に転じた」と述べた。新たな政策は「最終的に中国の評判やイメージ、地位に対して厳しい圧力を掛けるのが狙いだった」と言う。
マラヤ氏によると、マルコス大統領は領有権問題について「軍事色を薄め、国際化」するよう担当者らに指示。担当者らは沿岸警備隊を活用し、外国人ジャーナリストに警備活動への同行取材を定期的に認めることでそれを達成した。「こうした取り組みはフィリピンに対する国際的な支持を構築する上で重要な要素となった」
今回、フィリピンや中国の高官、アジア地域の外交官、アナリストなど20人にインタビューし、フィリピン政府の対中政策の転換やその影響が明らかになった。取材では、中国側の行動を知らしめることは、フィリピンが米国との軍事同盟を深めていることと相まって、中国政府のエスカレートに対する歯止めになっている一方で、中国から経済的な報復を受け、米国の関与を招くリスクを高めている、との指摘が聞かれた。
シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のイアン・ストーリー氏は「米比相互防衛条約の発動を招き、中国と米国の軍事衝突を引き起こさずに済むようなエスカレートの選択肢を、中国はほとんど有していない」と述べた。
南シナ海は石油と天然ガス資源が豊富だ。この海域を通過する貿易は年間約3兆ドル(約474兆円)。米国によるフィリピンの基地へのアクセスは台湾有事において重要な意味を持つ可能性がある。
オランダ・ハーグの仲裁裁判所は2016年、フィリピンの訴えによる裁判で、中国が主権を唱える独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠がないと認定した。しかし中国はフィリピンの船舶が係争中の海域に不法侵入していると主張。22年6月に大統領に就任したマルコス氏に対し、状況を見誤るべきではないと警告している。
フィリピンの法学者のジェイ・バトンバカル氏は「これは瀬戸際外交であり、ポーカーだ。瀬戸際外交は物事をギリギリの状態に持っていき、誰が怖気づくのか試す。ポーカーはハッタリと欺瞞(ぎまん)のゲームだ」と述べた。
米国務省の報道官は、透明性を重視するフィリピン政府の対応は、国際法を無視し、フィリピンの軍人を危険にさらす中国の行動に対する関心を高める上で成果があったと述べた。米軍関与のリスクについてはコメントしなかったが、フィリピンが中国から経済的締め付けに直面した場合、米国はフィリピンを支援すると述べた。
<夜も眠れず>
フィリピンと中国は南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)周辺とセカンド・トーマス礁(フィリピン名・アユンギン礁、中国名・仁愛礁)周辺の領有権を巡って対立し、状況は緊迫の度が高まっている。
フィリピン側は1999年以降、領有権主張を強化するためセカンド・トーマス礁に古い軍艦を座礁させ、少数の部隊を常駐させている。中国側は、放水銃を使うなどしてこの部隊への補給船を妨害しており、3月にはフィリピン側の船の窓が破壊されて乗組員が負傷した。
2月には、中国の船がスカボロー礁の入り口に障害物を置く様子をフィリピン側が撮影。今週は、セカンド・トーマス礁で起きた船同士の衝突を巡り、双方が互いを非難している。
フィリピン沿岸警備隊のジェイ・タリエラ報道官はX(旧ツイッター)への投稿で中国当局者や国営メディアを批判し、海上衝突のドローン映像を投稿することもある。
タリエラ氏によると、透明化作戦は奏功し、フィリピンへの支持が大いに高まった。一方で、小競り合いが増加しているにも関わらず、中国側は以前と変わらない程度で侵入を試みてくるという。
フィリピン政府関係者は、死者が出る事故が起これば衝突がエスカレートしかねないと恐れている。駐米フィリピン大使のホセ・マヌエル・ロムアルデス氏は「そのため私たちの多くは夜も眠ることができない」と吐露した。
一方でフィリピン政府は中国による経済的な報復は避けたいと望んでいる。10年ほど前には中国が税関検査を長引かせ、フィリピン産バナナが中国の港で腐る事態が起きた。
フィリピンにとって中国は第2位の輸出市場で、昨年の輸出額は約110億ドル。全輸出額に占める比率は14.8%に達する。輸入は第1位で、石油精製品と電子機器が主力だ。
駐米大使のロムアルデス氏は、フィリピン政府は中国が「問題の平和的解決を図りながら、われわれとの経済活動の継続に価値を見出す」ことを望んでいると述べた。
フィリピン大学のエドセル・ジョン・イバラ氏は、マルコス氏は中国を刺激し、非関税障壁や観光規制といった「より強硬なアプローチ」に追い込みかねないと指摘した。
フィリピン政府の積極的な広報活動は近隣諸国を驚かせている。フィリピンと同じように中国との間で海洋紛争を抱えるベトナムとマレーシアは、衝突事案の公表についてより慎重な姿勢だ。
アジアのある外交官は「誰もが(フィリピンの対応)を注視し、意見を交わしている」と述べた。
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