アングル:衰退する米炭鉱町、気候変動の逆風と家族の物語
ロイター / 2020年9月23日 7時30分
マイク・ゲイバルさんの故郷は、産業革命の原動力になった石炭によって栄え、衰退した場所だ。ここで生産される無煙炭は、拡大する都市の数百万の住民の熱源となり、鉄道網を生み出し、今でもマハノイシティの家々に暖房を提供している。だが、石炭産業華やかなりし時代はとっくに過ぎ去った。写真はマイク、シンディ、ジャスティン、マイケル・ゲイバルさん。マハノイシティで7月撮影(2020年 ロイター/Dane Rhys)
[マハノイシティ(米ペンシルベニア州) 14日 ロイター] - マイク・ゲイバルさんは、ギルバートン石炭火力発電所から、谷筋に沿って広がる自分の生まれ育った街、マハノイシティを眺める。丘側を見上げれば、発電用の風車が稜線上で回っている。
マイクさんが石炭火力発電を批判することは、とうてい考えにくい。彼は30年間、地元の刑務所と送電網に電力を供給し続けてきたギルバートン発電所で働いてきた。遡れば、彼の祖父は炭鉱夫として、大規模な無煙炭の炭層を砕き、地表へと運び出してきた。
彼の故郷は、産業革命の原動力になった石炭によって栄え、衰退した場所だ。ここで生産される無煙炭は、拡大する都市の数百万の住民の熱源となり、鉄道網を生み出し、今でもマハノイシティの家々に暖房を提供している。無煙炭やその副産物を運ぶトラックが街を行き交い、目抜き通り沿いに並ぶテラスハウスには、灰色のちりの層が重なっている。
だが、石炭産業華やかなりし時代はとっくに過ぎ去った。マイクさんは、石炭が家庭やボイラーを暖めただけでなく、この地球を暖めてしまったという遺産に悩んでいる。
妻と2人の息子がいる56歳のマイクさんは「気候変動、そして自分が働いてきた業界がそれにどのように加担してきたかを考えると、特に子どもがいる場合は、なかなか辛いことになる。自分は正しいことをやってきたのだろうか、とつい自問してしまう」と話す。「とはいえ一方で、人は働かなければならない。このあたりの人間にとって、石炭が生活のすべてだった」
ゲイバル家の2つの世代、つまりマイクさん、シンディさん夫妻とその息子、ジャスティンさん、マイケルさんの人生は、マハノイシティの街と分かちがたく結びついている。マイクさん、マイケルさん父子は街の高校のフットボールチーム「ゴールデンベアーズ」の選手だった。今はボランティアでコーチを務めるマイケルさんは、学資ローンの膨大な残高を減らすことができれば、街を離れたいと夢見ている。
10分ほどの距離にあるシェナンドア出身のシンディさんは、新型コロナウイルスのパンデミックの期間中、家族を守るために数カ月間仕事を離れていたが、最近になって、近所にあるアマゾン・ドット・コムの倉庫で商品仕分け業務に復帰した。陸軍予備役だったジャスティンさんは、アフガニスタンの古風な街の路地で車列護衛トラックの運転に携わった後、プラスチック製造工場の仕事を見つけた。
だが、マハノイシティの街に深く根ざしているとはいえ、彼らはこの地域では少数派でもある。2016年にはドナルド・トランプ候補を支持せず、今年11月に共和党の現職大統領に投票するつもりはないからである。街中では至るところでトランプ候補支持の意思表示が見られる。民主党大統領候補に指名されたジョー・バイデン氏は、ここから1時間離れた、やはりブルーカラー労働者中心の街・スクラントン出身なのだが、同氏を支持する気配はまったく見られない。
今年、マハノイシティを含むスクールキル郡では、政治、新型コロナウイルスのパンデミック、人種問題、経済、気候変動とエネルギーといった問題をめぐり、まるで内戦状態にあるようだった。ゲイバル家は街頭での抗議行動とも権力の中枢とも遠く離れていたが、それにもかかわらず、年々寂れていくマハノイシティにあって、自分たちの人生が米国の現在形の危機と絡み合っていることに気づいている。
これは、米国のある家庭と1つの街の物語である。どちらも自分たちの過去の、そして将来のあり方に悩んでいる。
<衰退する街>
マハノイシティで縦横に建ち並んでいるテラスハウスの多くはひどく老朽化しているが、この街もかつては栄えていた。活況が始まったのは、無煙炭の需要が急増した南北戦争の時期である。その後まもなく、学歴などなくても炭鉱でいくらでも仕事を見つけられるようになり、アイルランド、ウェールズ、リトアニア出身の移民が押し寄せた。やがてこの街にはオペラハウスまで建設され、ビール工場も生まれ、120店以上のバーが軒を並べた。
1世紀前、街の人口は1万6600人でピークに達した。今では4000人を割り、なおも減り続けている。繁盛していたショップや酒場は「ダラー・ジェネラル」や「ファミリー・ダラー」といったチェーン系のワンコインショップに姿を変え、わずかに残ったバーも、需要が乏しいため代わる代わる別の夜に営業しているほどだ。廃止された「カイアー」ブランドのビール工場は、数年前に取り壊されるまで、ダウンタウンの端に暗い影を落としていた。割れた窓と崩れかかった内装は、街の衰退を表す不気味な象徴だった。
54歳のシンディさんは、この街で政治の話はしないという。2016年、スクールキル郡では有権者の70%がトランプ候補に投票した。とはいえペンシルベニア州全体では、4年前のトランプ氏の勝利はわずか1ポイント強の差であり、今回はバイデン候補から厳しい挑戦を受けている。ペンシルベニア州の有権者に対する世論調査では、バイデン前副大統領がトランプ氏に対して約5ポイントの差をつけている。
シンディさんにとって職場の同僚たちの大半は、友人と呼べる間柄だが「トランプ支持者が多い」と言う。「それについては意見が合わないから、政治の話はしないし、すればケンカになるだろう。私はトランプ大統領が好きではないから、彼についてあれこれ皮肉を言ったりするけど、現実は現実だ。それを変えるために何かするつもりはない。つまり、ただ流れに任せるというだけのこと」
26歳の息子・マイケルさんは、州高校代表のクオーターバックも務め、高校の最終学年ではラッシュプレーで30回のタッチダウン、パスを12回決めた。だが、大学の授業料免除を勝ち取るには十分ではなかった。大学卒業時、彼は11万5000ドル(約1220万円)の学資ローン残高を抱えていた。両親が暮らす家の売却価値の4倍以上だ。
マイケルさんは両親と一緒に暮らしており、ペンシルベニア州高齢化対策局に勤めている。ローンの返済が十分に進めば、婚約者のカティアさんとともにフロリダかノースカロライナに移りたいと望んでいる。
軍を退役したジャスティンさんは、州営の少年院で6カ月間働いたが、アフガニスタン従軍による精神的・身体的ストレスもあり、少年たちとの言葉のやり取りを苦痛に感じた。
また、製鉄所でも働いたが、そこでバラク・オバマ前大統領に投票したことを認めると、「『黒人愛好者』と呼ばれた。つまり何というか、職場で口にするべきことではなかったようだ」と振り返る。
ジャスティンさんはスーパーマーケットで働くことも考えたが、その職場では、すぐには医療保険に加入できなかった。それから今のプラスチック工場に職を見つけ、こちらは初日から保険に入れた。米国でももっと高給取りの労働者の多くは、医療保険を当たり前のものと考えている。だが、保険に入れる職場を見つけることは難しい場合がある。カイザー・ファミリー・ファウンデーションによれば、雇用者側も保険料を拠出する医療保険に加入しているのは、米国民の49%にという。過ぎないという。
ジャスティンさんは、気候変動については父親と同じ考えだ。「父も私も、環境への配慮は、我々の社会が今やるべきことの大切な一部だと考えている」
「個人的なレベルでは、何も状況を変えられないことは分かっている。政府による大掛かりな政策が必要だ」と彼は言う。「私の意見では、政府のレベルで対処しなければならないし、さもなければ、何も効果を発揮しないだろうと思う」
<転落一途の石炭産業>
ある日、マイクさんはマイケルさん、カティアさんと共に街を散歩し、衰退していく街に囲まれて成長することについて語り合った。
彼らは丘の中腹にある古いレンガ造りの建物へと続く木製の階段のところで立ち止まった。建物の窓とドアには出入りできないよう板が打ち付けられている。入口の上には黒い大きな文字で「マハノイ・エリア」と書かれている。マイクさんによれば、そこは彼が通った中学校だが、ずっと前に廃校になってしまった。
マイクさんは若い頃、カレッジに行こうとしたが、1つの専攻に落ち着くことができず、やがて退学してしまった。その後、シンディさんが妊娠したとき、彼は街中の食料品店で働いていた。もっと稼ぐ必要が生じたため、彼は「ブレーカー」の職を探した。家庭・企業の暖房で使うために石炭を細かく砕く仕事だ。そのとき、石炭火力発電所での仕事を聞いたのである。マイクさんが発電所で働くようになった頃、石炭は国内の電力の半分を生み出していたが、現在では4分の1以下になっている。
トランプ大統領は石炭に対する規制強化の「戦争」は終ったと宣言している。しかし、石炭火力発電所の閉鎖は続いており、昨年の米国内の石炭生産量は、1978年以来で最低の水準に落ち込んだ。
他方、市場の情勢も石炭にとって不利になりつつある。天然ガスは豊富であり、ペンシルベニア州の天然ガス生産量は国内トップである。太陽光発電、風力発電のコストも低下している。「トランプ後」には石炭火力発電所に対する排出規制強化が予想されるが、石炭にはそれ以外のコストもある。石炭火力発電所は頻繁なメンテナンスが必要で、たえず生み出される灰を除去し、処分しなければならない。
この地域の他の石炭火力発電所は近年閉鎖されてしまった。だが、ギルバートン発電所で制御室勤務から灰の撤去まであらゆる業務をこなすマイクさんは、この発電所は予測可能な範囲では操業し続けるのではないかと期待している。
この発電所では、基本的には無煙炭生産の後に残る廃棄物である炭塵を燃やしている。この地域には至るところに炭塵の黒い山があり、1世紀以上にわたる石炭生産の結果、何十万トンもの炭塵が残されている。
シンディさんは、どこか別の土地に引っ越して別のチャンスを探す道もあるのではないかとよく考えていた。だが、マイクさんは、マハノイシティにも、家族や友人にも満足している。街の人々の多くとは政治的な意見が一致しないが、いずれにせよ、見解の相違にかかわらず互いに助け合っていることは分かる。
「たいていどこの郡の歴史を見ても、こういった時期を経験していることが分かる」と彼は言う。「いずれはすべての事情を受け入れて前に進み、もっとマシな状況にたどり着くのだと思っている」──。
(翻訳:エァクレーレン)
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