宮沢氏「少数与党」盾に抵抗=コメ市場開放巡り―93年日米首脳会談録
時事通信 / 2024年12月26日 10時8分
多国間通商交渉の焦点だった日本のコメ市場開放を巡り、宮沢喜一首相(当時)が1993年4月の日米首脳会談で、国内の政治状況を持ち出して輸入制限緩和に抵抗していたことが26日、外務省が公表した会談録で分かった。宮沢氏は自民党が参院で「少数与党」の状況にあるなどと説明し、クリントン大統領(同)の説得を試みていた。
コメを巡っては、当時の食糧管理法(95年廃止)が政府による「全量管理」を定め、輸入は許可制だった。80年代から始まったウルグアイ・ラウンド(多角的貿易交渉)では市場開放につながるコメの「関税化」が焦点となった。一方、自民は89年7月の参院選で惨敗。当時は衆院で多数を維持する一方、参院では過半数割れする「ねじれ」の状態にあった。
ホワイトハウスで93年4月16日に行われた会談で、宮沢氏は関税化を受け入れるには食管法の改正が必要になると指摘。「自民党は参院で少数与党なので、法改正は実現できない。食管法改正は問題外だというのが悲しいかな正直な現状分析だ」と述べ、関税化は困難だと伝えた。
宮沢氏は「参院の過半数を失ったのは牛肉・かんきつの自由化を行って4年前の選挙で大敗したからだ。農民は農協を通じて大きな勢力を有しており、選挙では当落の限界的な作用を発揮できる」と指摘。関税化に踏み切れば自民はさらに苦境に追い込まれかねないと理解を求めた。「先送りして5年先の関税化というような案では駄目だ。かえって政治的に難しくなる」ともクギを刺した。
同席したカンター通商代表(当時)は「1カ国に関税化の例外を認めれば、みんな(他国)も例外を求めることになってしまう」と懸念を伝え、クリントン氏は「都市部の票の増加で(農業票を)補い得ないのか」とただした。しかし、宮沢氏は「そういうことはない」と譲らなかった。
ウルグアイ・ラウンドはその年の12月に実質合意に達し、日本はミニマムアクセス(最低輸入量)を受け入れつつ、関税化回避に成功した。その後、99年に関税化を受け入れ、市場を開放した。
[時事通信社]
この記事に関連するニュース
-
ミニマムアクセスで米国譲歩=松浦晃一郎元外務審議官
時事通信 / 2024年12月26日 10時12分
-
河野氏、細川内閣不信任「間違い」=コメ市場開放判断で―93年外交文書
時事通信 / 2024年12月26日 10時8分
-
細川元総理「事務局からの圧力は形式的なもの」コメの部分開放めぐる交渉の舞台裏が明らかに 当時の外交文書公開
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年12月26日 10時2分
-
コメの開放、「選挙で勝てない」 当時の宮沢首相ら、米に譲歩要請
共同通信 / 2024年12月26日 10時1分
-
ウルグアイ・ラウンド交渉、コメ輸入の全面受け入れで宮沢首相「選挙に負け続けてしまう」…交渉巡る外交文書公開
読売新聞 / 2024年12月26日 10時0分
ランキング
-
1政治資金問題へのけじめ…自民党が「赤い羽根募金」に7億円超を寄付へ、党費などを原資に拠出
読売新聞 / 2024年12月26日 20時38分
-
2JALサイバー攻撃 75便に欠航や遅れ 最大4時間の遅れも
毎日新聞 / 2024年12月26日 19時38分
-
3『タイヤ館』新入社員が入社後わずか8か月“パワハラ”で自殺 両親は「パワハラを認め、謝罪してほしい」と運営会社を提訴
MBSニュース / 2024年12月26日 18時25分
-
4生理休暇中に海外旅行し懲戒免職処分、45歳女性教諭 夫とのけんか調査で虚偽発覚
産経ニュース / 2024年12月26日 16時46分
-
5寒さが大敵の「心筋梗塞」、防ぐための10箇条とは
ウェザーニュース / 2024年12月26日 14時0分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください