情報BOX:アベノミクスの功罪は、識者はこうみる
ロイター / 2020年8月28日 17時24分
8月28日、デフレからの脱却を目指した安倍晋三首相の経済政策アベノミクスに対しては、株価を大きく上昇させたことを評価する見方がある一方、日本経済を成長軌道に乗せることができなかったと批判的にみる声もある。写真は5月、都内で安倍首相の記者会見映像を映すスクリーン(2020年 ロイター/Issei Kato)
[東京 28日 ロイター] - デフレからの脱却を目指した安倍晋三首相の経済政策アベノミクスに対しては、株価を大きく上昇させたことを評価する見方がある一方、日本経済を成長軌道に乗せることができなかったと批判的にみる声もある。日銀の元当局者やエコノミスト、大学教授に話を聞いた。
◎早川英男・東京財団政策研究所上席研究員(元日銀理事)
アベノミクスは要するに円安政策だったということに尽きる。金融緩和で円が安くなり、それに伴って株価が上がったということはあるが、それ以外に取り立てて起こったことは何もなかった。
安倍首相に対しては、これだけの支持率があるのだから思い切って大胆な成長戦略を打ってほしいとみなが思っていたのに、いつまでも支持率を維持することが大事で、結局、ポリティカル・キャピタル(政治的資本)を無駄にした。
経団連に圧力をかけて毎年賃上げさせていたが、来年は完全にゼロベアに戻るだろう。何年かの賃上げが消える。インバウンドも消えたし、アベノミクスのレガシーは次々と消えていく。
◎木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト(元日銀審議委員)
アベノミクスの成果であると考えられていたもののかなりの部分は、世界経済の回復の追い風によるものだ。安倍政権下で株高・円安が急ピッチで進んだが、世界経済の順風がなければ短期間でしぼんでいた。
財政ではプライマリーバランス(PB)が改善しているように見えたことで、思い切った財政健全化策がとられなかった。金融政策でも、デフレ脱却を掲げてしまったがゆえに、デフレではなくなってきているという表現にはなったが、デフレを克服したという宣言には至らず、異例な金融政策を続けてしまった。
テーマが毎年変わっていったことも問題だ。『3本の矢』『新3本の矢』『ウーマノミクス』『地方創生』と打ち上げていかないと政治的なモメンタムは維持できないが、継続してやらないと効果は出にくい。
◎浜矩子・同志社大学大学院教授
金融政策は、そもそもが財政ファイナンスを狙いとしていた。経済基盤づくりのために作りだした「打ち出の小槌」のようなものだ。物価安定2%目標は建前にすぎない。
安倍政権は分配政策にまともに取り組んでこなかった。日本経済の最大の問題は豊かさの中の貧困。日本は富の蓄積の大きい国だが、相対貧困率が15%前後も存在し、弱者切り捨ての構図を残した。分配政策に対応してこなかったため、コロナ禍で弱者がより痛む構図をもたらした。大いなる負の遺産だ。
コロナ対策がゾンビ企業の温存につながるとの指摘は当たらない。この際だから淘汰された方がいいとの論調が前面に出ると、ますます弱者いじめの様相が強くなる。できる限り救済していかないと、基盤脆弱にして強いものだけが幅を利かせるという、歪んだ日本経済の構図ができ上がっていく。
◎斎藤太郎・ニッセイ基礎研究所経済調査部長
もともとアベノミクスは何も達成していない。ただ、アベノミクス以前の、物価が継続的に下落する状態には戻らないとみている。消費者物価はマイナス圏に沈む時期はあるだろうが、何年も下落が続くとはみていない。物価が上がる状態を何年か経済主体が経験したので、デフレマインドがある程度払拭された。
潜在成長率が上がれば成長率を押し上げることができる、との論調があるがそうは思わない。実際の成長率が上がれば、潜在成長率も上がる。アベノミクスの途中までは実際の成長率が上がったので、潜在成長率も0%台半ばから1%位まで上がった。その後低迷したのも、実際の成長率が鈍化したからにすぎない。
◎岩下真理・大和証券チーフマーケットエコノミスト
アベノミクスがなくても人口動態から人手不足だった。雇用改善はアベノミクスが生み出したアドバンテージではない。企業の内部留保が積み上がったことは、確かに今回の危機で企業にとっては耐久力が上がる要素となった。何度も危機を乗り越えた経験上、日本企業は保守的で、労働分配が進まなかった。これは日本の特質のひとつ。それはまさに黒田東彦日銀総裁がいつも言っている「デフレマインド」だろう。
米株に比べて日本株があまり上がらない背景として、新しいビジネス展開が苦手な日本企業の体質がある。たとえばアベノミクスの裏の失敗はデジタル化の遅れ。これは今回の危機で明らかになった点だ。日本経済がコロナ前の水準に戻るのは最短で2年、もたつけば4年かかるだろう。
◎新家義貴・第一生命経済研究所主席エコノミスト
アベノミクスの3本目の矢が、潜在成長率を上げる上で重要だった。何もやっていないわけではないが、期待したほど改革は進まなかった。インバウンドは数少ない成功例だが、労働市場改革や規制緩和はあまり進まなかった。
アベノミクスの戦術のひとつが、企業・家計の成長期待を高め、マインドを転換させることだった。実際企業収益は伸びたが、期待成長率をしっかり押し上げるほどではなかった。今後の対応としては、財政は当面資金繰り支援・雇用維持に注力し、金融政策はそれを側面支援することに尽きる。
(経済政策取材チーム 編集:久保信博)
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