アングル:北に核の兆候なら先制攻撃も、韓国尹政権の危険な賭け
ロイター / 2022年7月28日 10時50分
韓国は北朝鮮による核攻撃を抑止するため、必要に応じて先制攻撃の態勢を整える戦略に力を入れている。ただ一部の専門家は、軍拡競争を加速させ、有事における判断ミスを生み出すリスクがあると指摘する。写真は北朝鮮の新型兵器実験に関するテレビ報道を見る人々。4月17日、韓国・ソウルの鉄道駅で撮影(2022年 ロイター/Kim Hong-Ji)
[ソウル 26日 ロイター] - 韓国は北朝鮮による核攻撃を抑止するため、必要に応じて先制攻撃の態勢を整える戦略に力を入れている。ただ一部の専門家は、軍拡競争を加速させ、有事における判断ミスを生み出すリスクがあると指摘する。
5月に就任した韓国の尹錫悦大統領は、北朝鮮による核攻撃に対抗するため、目標の特定から破壊へと至るまでのいわゆる「キルチェーン」システムを改めて重視する姿勢を明確にしている。
「キルチェーン」は10年前、北朝鮮が核開発を加速させた時期に策定された。そこでは、北朝鮮のミサイル発射の兆候が探知された場合に、ミサイルや同国指導部に対して先制攻撃を加えることが求められている。
一部の専門家や元当局者は、このシステムは理にはかなっているが、リスクは大きく、北朝鮮の核による脅威に対抗するという点では信頼性に劣る可能性があると指摘する。
米国に拠点を置く国際平和カーネギー基金の上級研究員、アンキット・パンダ氏は、北朝鮮の指導者である金正恩氏に対する攻撃を示唆することは特に不安定化につながると語る。
「韓国が、北朝鮮の最高指導者の排除に心を引かれることは理解できる。だが核保有国の指導者殺害を示唆することは、他に類を見ないほど危険だ」とパンダ氏は言う。
ジェームズ・マーティン不拡散研究センター(CNS)のミサイル専門家ジェフリー・ルイス氏は、韓国の計画を「朝鮮半島における核戦争につながる恐れが最も高い道」であると断じる。
「これは『軍事』作戦としては最も成功する可能性が高い」とルイス氏はツイッターに投稿した。「だが同時に、両国関係の緊迫化に歯止めが掛からなくなり、核戦争が始まる可能性が最も高い選択肢でもある」
こうした懸念について韓国国防省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
尹大統領は以前、そもそも北朝鮮に攻撃を仕掛けさせないために、「キルチェーン」体制を強化することが肝要だと発言している。
<軍備増強>
尹政権は今月、先制・反撃の戦略を統括する「戦略司令部」を2024年までに創設することを発表した。戦略には、このところ頻度を増している演習にも登場している弾道ミサイルやF-35Aステルス戦闘機、新型潜水艦といった軍備の増強も盛り込まれている。
韓国はさらに、米国とは独立して北朝鮮国内の標的を検知するため、独自の偵察衛星などのテクノロジーを開発することも模索している。
だが専門家の中には、先制攻撃が期待通りの成果を上げるかどうか疑問視する向きもある。
ここ数カ月、北朝鮮は極超音速ミサイルや、戦略核兵器が搭載可能だとするミサイルの実験を重ねており、韓国政府が差し迫った攻撃に対応する時間の余裕は削られている。
パンダ氏は「限定的に核を使用し、自分は生き延びることができると金正恩氏が考える根拠は十分にある」と話す。
その一方で、指導部殺害のための攻撃にフォーカスすれば、金正恩氏は有事に際してもっと危うい指揮統制を行うかもしれないとパンダ氏は言う。たとえば、自分が殺害された場合でも核兵器を使用できるように、権限を他者に委譲することなどが考えられるという。
<米軍との連携は>
欧州の国防専門家であるイアン・バウワーズ、ヘンリク・スタルヘイン・ヒーム両氏は、2021年に発表された学術報告書の中で、韓国の戦略の根底には米国に見捨てられた場合のリスクヘッジがあると主張。「どれだけ不確実であろうと、この戦略の抑止効果は、米国が韓国を見放した場合の一時しのぎにはなる」と記した。
こうした懸念が高まったきっかけは、米国のトランプ前大統領が韓国政府に対し、駐韓米軍のための支援予算を数十億ドル上積みするよう求め、在韓米軍の撤退をちらつかせたことだ。
米国は朝鮮半島に約2万8500人の兵力を駐留させ、米韓連合軍の戦時作戦統制権を掌握している。
だが、5月まで韓国国防省で国際政策を担当していたパク・チョルキュン氏は、先制・反撃戦力の開発は、必ずしも米国の関与を巡る懸念を反映しているわけではないと述べている。
パク氏はロイターの取材に対し、創設予定の戦略司令部には新たな作戦体系と指揮命令系統が導入され、「キルチェーン」で用いられる兵器と関連システムの間に「シナジー」をもたらし、抑止・対応能力を高める見通しだと説明した。
朝鮮半島情勢に詳しい米国の元高官は、北朝鮮に対して独自の力を誇示したいと考える韓国側の関係者にとって不都合な事実は、いかなる先制攻撃を行う場合でも米国との事前協議が必要になるという点だと指摘する。
「先制攻撃は、自衛のための行動には当たらない。定義上、米韓同盟による決定が必要なカテゴリーに該当する」と元高官は話す。さらに、挑発されていない状況で北朝鮮を攻撃することは、1950-53年の朝鮮戦争が公式な講和条約なしに終結して以来有効となっている休戦協定に対する「重大な違反」に相当するという。
米国防総省の報道官を務めるマーティン・マイナーズ中佐は、今後の軍事資産の展開や韓国との軍事計画についてはコメントを控えたが、米韓連合軍の体制については両国間の協議に基づき決定されると述べた。
「米国は今も外交的アプローチにコミットしているが、米国とその同盟国の安全保障を確保するために、引き続きあらゆる必要な措置を取るだろう」とマイナーズ報道官は言う。
トランプ政権で国防長官を務めたマーク・エスパー氏はロイターに対し、「自衛」が基本原則だが、そこには必要に応じた先制攻撃が含まれると述べた。
「北朝鮮がソウルに対して核攻撃を行おうとしているという確かな情報があれば、シナリオとしては明らかに先制攻撃が正当化されるだろう」
(Josh Smith記者 翻訳:エァクレーレン)
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