1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. 経済

アングル:生成AI普及、拒絶と有効利用の間で揺れる欧州コミック業界

ロイター / 2024年6月30日 7時54分

 欧州の漫画家らは、人工知能(AI)という顔のない新たな敵を撃退しようとしている。写真はベルギーの学生・アーティスト、サラ・ファンデルハーゲンさん(24)。インターンシップ時代にAIの性能を目の当たりにしてショックを受け、考古学の学位取得を目指すことにし、現在は余暇に漫画を描いている。5月、ブリュッセルで撮影(2024年 ロイター/Joanna Gill)

Joanna Gill

[ブリュッセル 25日 トムソン・ロイター財団] - 青い妖精の「スマーフ」、白いフォックステリア犬が相棒の少年記者「タンタン」――アニメにもなったこの人気キャラクターたちのふるさとは、ベルギーの首都ブリュッセルだ。市内の目抜き通りにそびえる巨大な壁画には、ベルギーコミック界のレジェンドたちの姿が誇らしげに描かれている。だが、この自称「コミックの首都」も、全てが順調というわけではない。

アニメ業界では日常的にスーパーヒーローとその宿敵の壮大なバトルが描かれているが、昨今では欧州の漫画家ら自身が現実世界での戦いに身を投じ、顔のない新たな敵を撃退しようとしている。その敵とは、人工知能(AI)だ。

AIが生成するアートは現在、法的なグレーゾーンに置かれており、急成長し変化を続ける分野において、知的財産権を巡る前例のない紛争が起きている。

欧州連合(EU)における著作権法はAIが生成するアートを明示的な対象としていないため、AIは創造性の助けになるのか、邪魔をする存在なのか不安を抱く漫画家もいる。低コストのAIツールが最終的には人間の漫画家を駆逐してしまうのではないかという、厄介な疑問が生じている。

<訴訟か、ライセンス契約か>

アーティストが何年もかけてスキルを磨いていくのに対して、「ミッドジャーニー」などのAIツールは、人間が創作した画像を素材とした機械学習アルゴリズムを用いて、ほんの数分で画像を生成する。

出版社ル・ロンバードで編集ディレクターを務めるゴティエ・ファンミーアベック氏は、これを理由として、欧州のコミック出版界に「(AIに対する)全面的な拒否」が生じていると語る。

同社は、怖いもの知らずの少年記者が活躍する名作「タンタンの冒険」シリーズの版元だ。この作品はすでに、誕生から1世紀近い歴史を誇る。

ベルギーの漫画家エルジェが生み出した「タンタン」は、前髪を立ち上げた「クイッフ」と呼ばれる特徴的な髪型、だぶだぶのニッカーボッカー、信頼できる相棒である白いイヌの「スノーウィ」で有名。今やグローバル産業となったコミック出版界を象徴する存在だ。

ファンミーアベック氏は「(AIアートは)アーティストから盗むことで生成されるものであり、私は倫理的にそうしたものに関わることはできない」と語る。

<「被告」になるAI>

大西洋の反対側では2023年6月、ディズニー傘下のマーベルコミックが「シークレット・インベージョン」でAI生成画像を使ったことで、議論が沸き起こった。米国では生成AIブームにより訴訟が頻発している。

マイクロソフトの支援を受けたオープンAIやメタ・プラットフォームズといった著名なハイテク企業は、各社のAIが許諾や対価の支払いなしに作品を利用していると主張するアーティストからの著作権訴訟のやり玉に挙げられている。

欧州のコミック出版社も、AI法による新たな欧州連合(EU)規則が施行される2025年半ばに向けて訴訟の準備を急ぎつつある。新ルールではハイテク企業に対し、AIの学習用素材について透明性を確保することを義務付けており、著作権訴訟を提起される可能性が高まっている。

欧州出版事業者連盟の法務顧問であるクエンティン・デシャンデリエ氏はトムソン・ロイター財団に対し「出版社にとって新ルールの施行は大きい」と述べ、訴訟を起こしたければ「中に何が隠されているかを知る」必要があると説明する。

デシャンデリエ氏は、新法の導入を契機に、ハイテク企業がライセンス契約を締結し、生成AIモデルの学習に作品を使われたアーティストに対価を払う動きが生じるのではないかと予想する。

著作権絡みの視線が厳しくなる中で、自社製AIの学習に自社以外の作品を利用していた大手ハイテク企業数社は、すでにメディア企業との間でライセンス契約を締結している。たとえばオープンAIとフィナンシャルタイムズ、グーグルとニューズコーポレーションといった組み合わせだ。

だがデシャンデリエ氏の説明によれば、それでも一部の出版社や原作者は、AIが生成した作品が市場に溢れることを懸念し、「王国の鍵を譲り渡す」ことをためらっているという。

<アート、魂、そしてAI>

司法における争いはさておき、アーティストにとっては、AIという新たなツールを活用すべきか拒否すべきかという悩みもある。

「NIX」というペンネームで知られるベルギーの漫画家マーニクス・フェアデュイン氏は、自分はコンピューター技術者であって、「漫画家になったのは偶然」だと称している。

NIX氏は自分自身のコミック作品を素材として生成AIアルゴリズムに学習させることを選んだ。ビーチでのんびり過ごすため、自分の複製を作るのが夢だと冗談を飛ばす。

だが仲間の漫画家らは、笑えない冗談だと感じている。特に2021年、オープンAIによる画像生成AI「DALL-E」の登場は重大な分岐点となった。

NIX氏はトムソン・ロイター財団の取材に対し「性能の高さは衝撃的だった」と語る。「これではいずれ、多くの同業者が失業してしまうだろうと思った」

EUの執行機関である欧州委員会のビジネス統計によれば、コミック産業は2022年の時点で770万人を雇用。2021年の純利益は4480億ユーロ(約76兆8500億円)だった。

NIX氏は自分のように、AIに高度なスキルの要らない反復的な作業をさせることは「穏やかな変革」にとどまり、日本や米国などコミック大国と競争していくために必要だと考えている。

だが、近年の芸術系大学卒業者は動揺している。かつては自分たちが担ってきたはずの新人向けの作業が、機械に取って代わられているからだ。

サラ・ファンデルハーゲンさん(24)はトムソン・ロイター財団に「低コストで迅速で、人の手を必要としない。コミック界における芸術的な努力を何でも潰してしまう」と語った。

ベルギー出身のファンデルハーゲンさんは、インターンシップ時代にAIの威力を目の当たりにしてショックを受け、進路を再考せざるをえなくなり、考古学の学位取得を目指すことにしたという。

今では空き時間にコミックに取り組むだけというファンデルハーゲンさんは、AIの利用はアルゴリズムの助けを借りた偽りの抜け道であり、感情をページに表現しようとする漫画家の能力とは比べ物にならないという。

この点については、漫画家も出版関係者も同意する。

ファンミーアベック氏は「AIが生成した画像はすぐに判別できる」と指摘。コミックは今のところ安泰だろうとみている。ストーリーやテキスト部分、絵柄が複雑すぎて、現行世代の生成AIでは創作できないと考えているからだ。

NIX氏にとっては、依然として創作の主体は人間であって、AIは単なるツールだ。

「誰かから盗んできたアイデアを混ぜ合わせただけのものだ。(AIに)計算はあるが、計算には魂がない」

(翻訳:エァクレーレン)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください