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焦点:アバター姿でデジタル勤務、金融界に広がる仮想オフィス

ロイター / 2020年11月30日 15時41分

 かつてはゲーマーたちが独占していたバーチャルリアリティ(仮想現実、VR)。いま、その世界に夢中になっているのは、金融セクターだ。写真は2019年5月、仏カンヌで行われたイベントでVRヘッドセットをつける人(2020年 ロイター/Regis Duvignau)

Elizabeth Howcroft and Saikat Chatterjee

[ロンドン 24日 ロイター] - かつてはゲーマーたちが独占していたバーチャルリアリティ(仮想現実、VR)。いま、その世界に夢中になっているのは、金融セクターだ。ひとりぼっちのトレーダーや孤立した幹部たちの在宅勤務を活気づける一方で、現実世界での営業活動や人脈構築、研修イベントなどがVRで再現されている。

新型コロナウイルスの感染再拡大を受けて、世界最大手の金融機関の一部では社員の90%が在宅勤務に切り替えており、VRを試してみる企業も増加しつつある。VRを活用した業務にはコロナ禍の終息後も維持されるものがあるかもしれない。

<顧客とも仮想の世界で商談>

投資信託会社フィデリティ・インターナショナルでは、幹部らがVR上で講演会を試み、仮想の会場で同僚たちから質問を受け、客席の通路を歩き回ったりしている。

運用資産総額3兆3000億ドル(約344兆6000億円)の同社でテクノロジー部門を率いるスチュアート・ワーナー氏は、「在宅勤務によって、仮想/オンライン空間への関心が急速に高まった」と語る。

フィデリティでは、VRだけでなく、VRほど完全な没入感はないが、コンピューターが生成した要素をスマートフォンの画面などに投影する拡張現実(AR)テクノロジーを社内で研究してきた。現在では、営業チームによるクライアントとの商談にVRを活用できないか試みている。

デロイト・デジタルの「創造的破壊」最高責任者(Chief Disruptor)を務め、ロンドンを拠点に活動するエド・グリーグ氏の場合、VRのおかげで、遠く離れた都市にいる営業先や同僚たちと同じオフィスで談笑しているかのように会話が弾むようになった。

「先日、誰かとのVRミーティングを終えて彼らのオフィスから出たら、別のミーティングのために入ってくる人と偶然出会った。その数分のやり取りが、その後ちゃんとしたビジネスの話につながった」とグリーグ氏は言う。

VRが有益なのは、予定どおりのミーティングを行うためだけではない。孤立感を和らげる効果もあるし、オフィスのざわめきを恋しがり、その方が働きやすくなる労働者には、そうした環境を提供することもできる。

スイス銀UBSは、ロンドンで業務を行うトレーダーたちにマイクロソフト製のスマートグラス「ホロレンズ」を配布する実験を行っている。これによってトレーダーたちは、自宅でもトレーディングフロアでの体験を再現できるという。

<「ズーム疲れ」対策に>

VR用ヘッドセットを使えば、仮想空間にある同じ部屋で他のユーザーと交流することが可能であり、顔の向きを変えるなどの動きが、その空間におけるユーザーの「アバター」の動きに反映される。

人間同士が交流する感覚の再構築―。それがVR活用を推進しようという勢いを生んでいる。

企業幹部らは、いわゆる「ズーム疲れ」対策に取り組んでいると話す。つまり、「ズーム」やマイクロソフト「チームス」などのツールを介して、毎日多くのビデオ会議、ミーティング、メッセージのやり取りを重ねていると消耗してしまう、という意味だ。

VR空間は、特に新しい社員を迎え入れるときにチームの一体感をよみがえらせるのではないかと期待されている。

英プライスウォーターハウスクーパース(PwC)でデジタル監査事業を率いるマーク・ビーナ氏の話を聞いてみよう。

「仮想環境では、同時に複数の人が話しているのが聞える。そこがズームでの会議とは違う。(略)この(VR用)ヘッドセットを装着すれば、ホワイトボードとオフィス家具を備えた大きな会議室に転送され、他の同僚たちと共にブレーンストーミングでアイデアをやり取りできる」

「周囲を見渡して、オフィスにいるかのように同僚と交流できる。一緒にやっているという感覚を取り戻すことができる」

VRでの会議が終れば、ビーナ氏は同僚と別のゾーンに移動し、バーチャル・ドリンクを飲み、テーブルからテーブルへと移動することもできる。

「まさに、自分のアバターを介してカクテルパーティに参加しているかのような環境を再現できる。唯一の欠点は、数時間もやっているとかなり疲れるということだ」

PwCが6月に行った調査では、VRワークショップの参加者は、従来の研修室で学習した参加者やeラーニング講座の参加者よりも、学習内容を身につけたという自信が3倍も強いことが分かった。

この調査によれば、1万3000人の幹部を対象とする研修の場合、VRによる講座に比べて、従来の社内研修室で実施する方がコストは8倍も大きくなるという。

PwCとアメリカンエクスプレスは、研修や販売促進のために、「ビルトゥオーソ(VRtuoso)」を利用している。ピコ・インタラクティブが製造するヘッドセットを使ったVRプレゼンテーション・プラットホームだ。

これまでのところ、現実のビジネスへのVR応用例の大半は、医療産業と小売産業におけるものだ。たとえば、百貨店の販売担当者がさまざまな顧客に対応するための訓練に用いられている。

米国で活動する市場コンサルタント会社フォレスターで社長兼首席アナリストを務めるジュリー・アスク氏は、VRがもっと広範囲で採用されるのは避けがたい流れだと話す。

「VRテクノロジーの採用はしばらく成長を続けるだろうと考えている」とアスク氏は言う。

<高コストという現実>

ただし、没入感ある業務体験には大きなコストがかかる。マイクロソフト「ホロレンズ2」は、ヘッドセット1台あたり3500ドルだ。

それでも金融産業ではVR関連投資が加速している。フィデリティでは今年、テクノロジー関連支出が2019年に比べて「100─200%」増加し、来年・再来年も同じ水準の支出を維持する予定だという。

国際団体VR/ARアソシエーションの英国支部長デビッド・リパート氏によれば、VR需要の成長はパンデミック下における「希望の兆し」だという。人々がこのテクノロジーを使って、現実世界で中止になってしまったイベントや会議を再構築しているからだ。

「ネットワーキング(関係構築)のイベントにVRを使うのは非常にクールだ。フラットな画面のビデオ会議では必ずしも得られない帰属感やつながりの感覚が得られる」とリパート氏は言う。

PwCの試算では、没入型テクノロジーの発達によって銀行産業では2030年までに最大1兆5000億ドルのコスト削減が可能になるとされている。そのうち5000億ドル近くが、VRによる研修や商談など、VRの活用のみによる削減だ。

デロイトの試算では、英国企業の19%は2019年中にVR及び拡張現実テクノロジーに投資しており、さらに31%の企業が2021年までにこれらのテクノロジーに投資すると見られる。

シティバンクは数年前、マイクロソフト「ホロレンズ」に注目し、実験的なトレーディングシミュレーション環境を初めて構築した。昨年ミュンヘンで行われた債券関連のカンファレンスで、フィンランドの銀行ノルデアは、VRヘッドセット経由でコペンハーゲンに設けられた自社のトレーディングフロアを紹介するバーチャルツアーを投資家に提供した。

<低コストのサービスも登場>

VRの利用はさらに拡大する勢いだが、このテクノロジーが十分な効果を実現するためには、ディスプレイの狭さや処理能力の不足、不十分なバッテリー持続時間といった制約を克服しなければならない。

だからこそ多くのスタートアップは、スムーズなリモートワークを実現する低コストでシンプルな方法を提供して市場に食い込もうと努力を続けている。「ソココ(Sococo)」や「ギャザー(Gather)」といったプラットホームは、物理的な空間をオンラインで仮想的に再現するもので、ここではヘッドセットを着用することなく、動き回り交流することができる。

大学の友人とともにギャザーを設立したフィリップ・ワン氏は、「グーグルのミート(Google Meet)やズームで何でもやろうとすると、仕事に含まれる思いがけない交流という側面を再現するのが難しい」と話す。

ギャザー上では、結婚披露宴やパーティ、ミーティング、カンファレンスなどさまざまなイベントが行われており、毎日100カ国以上3万人のユーザーが仮想空間を訪れている。

スタートアップが急速に規模を拡大する一方で、既存の有力企業も新たなイノベーションを登場させている。

ズーム・ビデオ・コミュニケーションズは、将来的にオンライン・コミュニケーションにおけるVR・ARの比重が増大すると予想している、と話している。

たとえば、ユーザーの外観を仕事にふさわしいものに変換する(トレーニングウェア姿を隠すなど)、あるいは握手をする機能など現実世界のディテールを仮想空間にも移植するといった新たな改善もありうるだろう。

マイクロソフトでは、今年はVR利用の機会が増えたという。グーグルはコメントを控えている。

フィデリティのワーナー氏は、「(コロナの)パンデミック(世界的な大流行)によって、何が可能で何が現実的かという人々の捉え方が変わったと思っている」と語る。

(翻訳:エァクレーレン)

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