国王戴冠式で注目された「英王室御用達」12世紀から続く信頼の証の裏には厳格なルールがあった
47NEWS / 2023年6月6日 11時0分
王族や皇室、宮中に物品を納める「御用達(ごようたし)」。英国では12世紀に起源があり、伝統を今も受け継いでいる。王室を意味する「ロイヤル」の称号を得ることは、伝統を重んじる英国企業にとって最大の誉れだ。5月にチャールズ国王の戴冠式が挙行された際には王室御用達の店に国内外から多くの観光客が訪れ、英国ブランドの発信に一役買った。長年にわたって優れた品質と安心感の証となってきた制度の裏には厳格なルールがある。(共同通信=宮毛篤史、井島星香)
▽ロイヤルの紋章は観光スポットに
首都ロンドンの中心部にあるバッキンガム宮殿は英王室の権威を象徴する。チャールズ国王夫妻らロイヤルファミリーのメンバーが戴冠式後に姿を現し、バルコニーから聴衆に手を振った。その宮殿近くの公園から繁華街のピカデリーサーカス駅へ向かう道には、王室御用達を意味する「ロイヤルワラント」の称号を持つ店が軒を連ねる。
戴冠式を終え、バッキンガム宮殿のバルコニーから手を振るチャールズ英国王(左)とカミラ王妃=5月6日、ロンドン(ロイター=共同)
高級食品や雑貨を扱う老舗百貨店「フォートナム&メイソン」は、その代表的な存在だ。創業したのは1707年、日本では伊勢名物で知られる「赤福」が誕生した年だ。通りに面した店の壁には、認定を受けたことを示す「ロイヤルアームズ」と呼ばれる紋章が掲げられ、観光客の写真スポットとなっている。
▽人気グッズは国歌斉唱のオルゴール
フォートナム&メイソンの店舗。時計の上に王室御用達を示す紋章が掲げられている=4月28日、ロンドン
フォートナム&メイソンは英王室と300年もの交流があり、独自の決まりがある。トム・アスロン最高経営責任者(CEO)は「君主が亡くなると屋上で飼育する蜜蜂にそのことを伝えることになっていて、エリザベス女王が昨年亡くなった時は従業員が伝えに行った」と話した。
チャールズ国王の戴冠式の前日に店舗を訪れると、鳥のさえずりがBGMとして流れ、再生紙で作られた鳥や木、花などの模型が飾られていた。環境保護活動に熱心なチャールズ国王に敬意を示すものだ。戴冠式のために作られた紅茶の缶もリサイクルされたもので、英連邦をはじめとする世界各国の動物が描かれた。
「戴冠式」のために作られた記念商品が並ぶフォートナム&メイソンの店舗=5月5日、ロンドン
戴冠式に合わせたグッズで特に人気なのが、オルゴール型のビスケット缶という。底のねじをひねると、国歌「ゴッド・セーブ・ザ・キング(神よ、国王を守りたまえ)」が流れる。グッズは今年いっぱい販売予定で、アスロン氏は「王室との関係に誇りを示すことができるように最高の仕事をしたかった」と話した。
フォートナム&メイソンのトム・アスロンCEO。手には英国歌を響かせるオルゴール型のビスケット缶を持つ=5月5日、ロンドン
▽基準を満たさなければ認定取り消し
英王室御用達の歴史は古く、1155年にさかのぼる。起源は、ヘンリー2世の時代に公式の勅書を業者に与え、ロンドンでの繊維取引の独占的な管理を認めたこととされる。その後も御用商人は王室のそばに控え、王室とともに繁栄の果実を享受してきた。
現在の御用達制度につながる「ロイヤルワラントホルダーズ協会」は1840年に発足した。世界各地で植民地を広げ、栄華を極めた大英帝国の象徴であるヴィクトリア女王の時代だ。
協会は王室に商品を納める事業者からの申請を厳しい基準で審査し、ロイヤルワラントの称号にふさわしいかどうかを見極める。認定期間は最大で5年。基本的に5年ごとに再審査を受けなければならず、不適格と見なされると取り消される。そうすることで信頼や品質が担保され、王室ブランドの価値を一層高めている。
▽通勤方法、飛行機のクラスも審査対象
高級革製品ブランド「エッティンガー」もその一つだ。1996年にチャールズ皇太子(当時)から御用達のお墨付きをもらった。今年4月、ロンドンで取材に応じたロバート・エッティンガーCEOがロイヤルワラントを保持する栄誉と、それまでの苦労について語ってくれた。
インタビューに応じるロバート・エッティンガーCEO=4月28日、ロンドン
認定を受けるには、少なくとも5年間継続して商品やサービスを王室に提供する必要がある。エッティンガー氏によると、会社として地球環境のためにどのような活動に取り組んでいるかを示す文書も提出しなければならない。
その中では詳細な報告を求められる。例えば、従業員はどのように通勤しているのか。自転車通勤と車通勤はそれぞれ何人か。飛行機ではエコノミー、ビジネス、ファーストクラスのどれに乗るのか、などの質問項目が並ぶ。環境保護活動に熱心なチャールズ皇太子が主導した取り組みという。
▽認定が米国市場の足掛かりに
エッティンガーは、認定を受けるため工場の設備を見直した。英国内にある工場は1890年の建設で、多くの窓があった。建物の断熱性を高めるため二重窓にして屋根も新しくし、照明には発光ダイオード(LED)を導入した。エッティンガー氏は「ロイヤルワラント取得の過程で、二酸化炭素の排出量を減らすために何をするべきかをより意識する良いきっかけになった」と指摘した。
認定取得後も、厳しいルールに従いロイヤルの紋章を扱わなければならない。何が認められ、何ができないのか、分厚い冊子に事細かく定められているという。例えば、紋章はブランド名の下に付けてはならず、上か横に置かなければならない。エッティンガーが金融機関の注文で製品を作った際、純粋な製品ではないため紋章を付けることができなかった。
エッティンガー氏は認定の効果に関して「プラスの影響しかない。ロイヤルワラントは承認、品質、信頼の証だ」と強調し、海外事業の強化にもつながったと説明した。米国は参入が難しい市場だったが、王室御用達となった年に商談に行くと、先方から「これは素晴らしい!オーダーするよ」と歓迎され、新たな扉が開けたという。
王室御用達を示す紋章とロバート・エッティンガーCEO=4月28日、ロンドン
▽注目はウィリアム皇太子ブランド
「ホルダー」と呼ばれる認定保持者は厳選された約800に上り、毎年20~40の入れ替わりがある。協会のサイトで検索でき、高級ファッションブランド「バーバリー」や陶磁器の「ウェッジウッド」、高級自動車「ベントレーモーターズ」などが確認できる。ソニーの現地法人も名を連ねている。
近年はエリザベス女王と、夫で2021年4月に亡くなったフィリップ殿下、皇太子時代のチャールズ国王の3人の名で認定されてきたが、女王によるものが大部分を占める。女王は昨年9月に亡くなった。死後2年間は猶予期間として紋章を使うことが許されている。今後は新たに、ウィリアム皇太子の認定ブランドが登場する可能性があり、注目されている。
御用達制度は英国以外にもある。ベルギーでは高級チョコレートの「ゴディバ」が、デンマークではビール醸造会社「カールスバーグ」が認定されている。王室御用達としてのブランドを通じて、それぞれの企業のイメージアップにつながっている。
▽「宮内庁御用達」は戦後に廃止
日本でも「宮内庁御用達」をうたう菓子や日用品、かばんなどを見かけることがあるだろう。だが意外にも、御用達を認める制度は既に廃止されている。明治24年(1891年)に宮内省(現在の宮内庁)が商工業の振興を目的に「宮内省用達称標出願人取扱順序」という内規をつくったのが始まりだった。
形を変えて続いたものの、戦後の昭和24年(1949年)を最後に新規の許可や更新を認めておらず、宮内庁は現在「御用達というものを認めることはしていない」との立場を示している。広告・表示の適正化に取り組む公益社団法人「日本広告審査機構(JARO)」は「歴史的事実として表示するような場合を除き使えない」としているが、不当な表示などでなければ黙認されているのが実態のようだ。
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