山で遭難、スマホも圏外…でも「わずか20秒で発見」 救助隊員も驚いた、ドローンを駆使する新技術 ソフトバンクが実用化へ
47NEWS / 2023年6月8日 11時0分
自然を満喫でき、健康にもいいとして人気の登山。一方で遭難も多く、警察庁によると、全国で発生した山岳遭難事故はここ数年、年間3000人前後と高い水準が続いている。中高年が道に迷ったり転倒したりするケースが多い。冬季には、スキー場のコース外を滑る「バックカントリースキー」による遭難も相次いでいる。
ただ、遭難してもスマートフォンや携帯電話で救助を要請できるとは限らない。山間部は電波が届かない「圏外」であることが多いためだ。山岳救助を担う人々にとっても、悪天候での捜索は二次遭難の恐れがあり、位置が分からない状況での捜索は簡単ではない。
そこで携帯電話大手のソフトバンクは、新たな技術で、圏外でも遭難者が持つスマホや携帯の位置を瞬時に特定する技術を開発。実用化に向けて準備を進めている。ドローンを使い、捜索対象の山間部を一時的に「圏内」にして携帯回線の位置情報を取得する仕組みだ。北海道での実地訓練を取材したところ、約20秒で位置を特定。山岳救助を担う人々から驚きの声が上がった。(共同通信=日下宗大)
山岳救助訓練で飛び立つドローン=2月、北海道ニセコ町
今年2月にソフトバンクが訓練を実施したのは、スキーリゾートとして外国人観光客にも人気が高い北海道ニセコ町。内容は、遭難者に見立てた山中の人形を捜すというもの。ポケットにはスマホが入っているが、現場は電波が届かず携帯電話は使用できない。参加した地元の羊蹄山ろく消防組合消防本部の山岳救助隊は、位置を知らされていない。にもかかわらず、あっという間に位置を特定し、数分後にはスノーモービルでたどり着いた。見学に来ていた他地域の消防隊員が思わず「今までと全然違う」とうなった。
新技術の概要はこうだ。最寄りの携帯電話基地局や通信衛星からの電波を、車に積んだ無線中継局の親機が圏内で受信する。その電波を無線中継局の子機となるドローンにつないで圏外エリアに飛ばす。
すると周辺は一時的に圏内となり、遭難者の位置情報を捜索側が取得できる。高度100メートルで飛行した場合、数キロの範囲を圏内にできるという。取得した位置情報は救助隊のタブレット端末の画面に表示される。救助隊の携帯端末のGPS機能とも連携するため、タブレット端末には遭難者側との位置関係も示される。
「捜索範囲が100メートル以内でも、はっきりと居場所が分からない人を実際に見つけるのは難しい」。羊蹄山ろく消防組合消防本部の川口英樹主幹は、新技術に大きな期待を寄せる。
川口さんによると、雪崩で埋もれた遭難者を見つけるためには通常「プローブ」という長さ約3メートルの棒を垂直に突き刺しながら少しずつ進む。遭難者の詳しい位置が分からないと、雪崩の末端から広い範囲を捜索しなければならない。その分、プローブを突いては引き抜く回数が増えることになる。細い棒であっても負担の大きい作業で、隊員の体力も奪われる。捜索に時間がかかれば、遭難者の命により大きな危険が及ぶ。
新システムによる山岳救助訓練で技術開発を担当した東京工業大の藤井輝也特任教授(中央)=2月、北海道ニセコ町
ソフトバンクフェローで技術開発を担当する東京工業大の藤井輝也特任教授は利点を強調する。「やみくもに探すことなく、一直線で遭難者の位置にたどり着くことができる」。救助隊の移動履歴も分かるため、隊員の安全確保にも役立つという。
総務省の調査によると、スマホの世帯保有率は2021年にほぼ90%に達する。これほど広く普及したスマホに搭載されたGPS機能を活用しない手はない。しかし問題は圏外エリアだった。GPSは、上空の衛星から出る信号を受信して位置を特定する仕組み。遭難者が持つスマホの位置情報を、捜索に当たる側が取得するためには携帯電波が必要となるからだ。
ただドローンが中継できるのはソフトバンクの回線のみ。そこでドローンにはWi―Fiの電波を射出できる機能も搭載した。こうすることで、他社回線のスマホにも対応することが可能だ。
技術の利用には専用アプリを事前にダウンロードする必要がある。実用化には登山愛好家らへの周知が欠かせない。
位置情報を取得できるシステムの仕組み(ソフトバンク提供)
またソフトバンクは現在、アプリが入っていないスマホでも捜索できる技術の開発にも取り組んでいる。同社の回線を使うスマホの場合、捜索側が遭難者の電話番号を入力すると、遭難者のスマホ画面にポップアップが出現。アプリのサーバーが位置情報を取得するのを、遭難者はワンクリックで承認できる。位置情報は個人情報に該当するため、一方的に取得することはできず、同意を得る必要があるからだ。さらには他社回線の場合でも捜索できる仕組みを検討しているという。
位置情報のさらなる精度向上も課題だ。現在の技術では、絞り込みは3~5メートルの範囲が限度。ただ山岳救助は時間との勝負だ。現場の救助隊からは「できれば3メートル以内、欲を言えば1メートル以内」という要望もあり、実現に向けて研究を進めている。
昨年8月に山で遭難した人の家族が、藤井特任教授の研究内容を聞きつけ、助けを求めるメールを送ってきたことがあった。楽しい登山やスキーも必ずリスクを伴う。藤井特任教授はこう語った。「遭難者やその家族の期待に応えられるように、早く実用化したい」
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