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出産直前にコロナ感染、まさかの帝王切開に!世界で突出する日本のお産「過剰対策」 「理想」とはほど遠い出産を余儀なくされたある女性の悲哀

47NEWS / 2023年6月10日 10時0分

伊藤睦美さん(左)と帝王切開で生まれた次女=2月(本人提供)

 新型コロナウイルス感染症の流行が始まってからもうすぐ3年半。この間多くの出産現場では、妊婦が感染すると医療従事者への二次感染を防ぐため、一律に帝王切開を実施する異例の対応が行われてきた。しかし効果は限定的。適切な対策を取れば通常分娩でも問題ないとされ、多くの国では感染対策のための帝王切開を取り入れていないばかりか、世界保健機関(WHO)も推奨していないのが実情だ。新型コロナの法的位置付けが5類に移行した今、当事者は「出産現場だけを取り残さないで。過剰な対策は見直して」と訴える。コロナ禍の出産現場で浮き彫りになったのは、妊婦の権利を軽視するこの国の姿勢だったのではないか。(共同通信=前田有貴子)

※この記事は、記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」をお聞きください。https://omny.fm/shows/news-2/27-who

 ▽つらい体験

 東京都の伊藤睦美さん(39)は2022年1月末、助産院での妊婦健診の帰り道、同居の親にコロナの症状が出たことを知った。「まさか」。出産予定日の数日前だった。夫や長女(5)に囲まれた自然分娩(ぶんべん)を計画していた。助産師から経過は順調だと伝えられたばかりで、長女も出産に立ち会えるのを楽しみにしていた。感染したら病院で帝王切開になってしまう。感染対策にあれだけ気を付けていたのに―。目の前が真っ暗になった。
 その後、自身も陽性が判明した。体調に大きな問題はなく、何とかこのまま助産院で生むことはできないか相談したが、保健師からは「遅くなると受け入れ先が見つからない可能性がある」と救急搬送を促された。5カ月前に自宅で出産を余儀なくされた陽性妊婦の赤ちゃんが死亡した報道が頭をかすめた。心の整理がつかないまま総合病院に搬送された。


次女を抱き上げる伊藤睦美さん(本人提供)

 翌日に帝王切開することになり、泣きながら手術台に上がった。赤ちゃんは防護服の医師に取り上げられ、顔を見る間もなく別室に連れて行かれた。1日に5分だけ、タブレット越しに赤ちゃんの様子を見る機会があった。赤ちゃんにあげるはずだった母乳は、3時間おきに搾り出しては、トイレに捨てた。理想とはほど遠い出産。「本当に産んだのだろうか」。定期的に悲しい気持ちが押し寄せ、涙があふれた。
 出産から約1週間後の退院時は、裏口から帰宅するよう促され、「移送中」という看板が立てられた通路を通り荷物搬入用のエレベーターで初めて我が子と対面。「おめでとうございました」と手渡された。おめでたいはずなのに何か悪いことをしているかのように感じた。
 「こんな状況で受け入れてもらったこと、出産できたことに感謝しなければ」。そう自分に言い聞かせても気持ちが追いつかない。コロナに感染した自分が悪いのだと、つらい体験を周囲に話すことははばかられた。帰宅後も前向きに育児に取り組むのに時間がかかった。


伊藤睦美さん(下)とコロナ陽性のため帝王切開で生まれた次女(本人提供)

 ▽過半数で実施

 日本の産科医療現場でこうした態勢が取られたのは、日本産婦人科医会など関連3学会が2020年4月、陽性妊婦について「原則帝王切開とすることもやむを得ない」とする見解を示したことが発端だった。出産時にいきんだり激しく呼吸したりすることで、周囲の医療従事者の感染リスクが高まるとされ、多くの病院で計画的に実施できる帝王切開が選ばれた。新生児への感染を防ぐため、母子別室や母乳を与えないことも推奨された。同時に感染していない妊婦のお産でも、立ち会い出産や面会が制限された。


2020年4月に日本産婦人科医会など3学会が示した帝王切開を容認する見解

 医会が昨年実施した全国の産科病院に対する調査では、昨年1~2月の流行「第6波」で妊娠37週以降の陽性妊婦を受け入れた施設の68%が感染対策のために帝王切開を実施していた。7~8月の第7波では51%。2年以上たっても帝王切開が過半数を占めている実態が明らかになった。
 調査を実施した日本産婦人科医会の長谷川潤一常務理事は「感染妊婦を受け入れる病院が足りない地域もあり、産科の医療崩壊を防ぐために、受け入れ病院の中では分娩時間の短い帝王切開を選択せざるを得なかった」と説明する。
 感染者数の減少とともに帝王切開も減る傾向にあるが、関連学会は5類に移行した今も容認の姿勢を変えていない。

 ▽WHOは異なる見解

 一方、世界ではコロナ禍でもこうした対応は広がらなかった。WHOは「コロナ陽性というだけで帝王切開をするべきではない。出産方法は女性の意向に基づいた方法が取られるべきだ」との見解を示す。また出産後も母子同室で触れ合ったり授乳したりすることによる母子愛着形成の利点は「感染リスクを大幅に上回る」としている。


伊藤睦美さんの家族(本人提供)

 日本のコロナ禍の出産現場で女性が不必要につらい経験をしているとして、医療者や研究者ら有志は「リプロ・リサーチ実行委員会」を結成。厚生労働省などに改善を求める要望書を提出してきた。妊産婦のストレス上昇による産後うつの増加などを懸念する。運営メンバーの一人白井千晶静岡大教授(医療社会学)は「本来立ち会い出産や付き添い、面会を含め、出産の手法や環境について正しい情報を得て選択するのは妊婦の権利なのに、日本では付加的サービスと捉えられている。だから非常事態に真っ先に取り除かれてしまった。まさに人権問題だ」と指摘する。
 伊藤さんは「科学的根拠がないと分かってきた今、過剰対策でこれ以上つらい出産を経験する人を増やさないでほしい」と訴えている。

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