「母親になって後悔」学術書としては異例のヒット 世界中が共感した「あるべき姿の押しつけ」、一方で批判も
47NEWS / 2023年6月22日 10時0分
「母親になって後悔してる」。そんな、ドキッとするようなタイトルの本をご存じだろうか。著者はユダヤ人の社会学者オルナ・ドーナトさん。妊娠や出産、子育てをめぐる、イスラエル女性23人それぞれの後悔や、背景にある社会の圧力を、ジェンダーなどの視点で解き明かした一冊だ。
日本を含む世界10数カ国で出版されると「タブーを打ち破った」「利己的だ」などと賛否両論が巻き起り、大きな話題に。日本語版を手がけた新潮社によると、女性向けの本と思いきや、実は、男性の読者も多いと言う。
ドーナトさんは、オンラインのインタビューでこう強調している。「社会から、あるべき姿を押しつけられ、苦しんでいる人は多く、世界的な課題。多様な選択肢や生き方を認め合える社会になるべきだ」(共同通信=山口恵)
「母親になって後悔してる」の表紙
▽親になったことで生まれる、現在進行形の苦しみ
ドーナトさんは、2003年ごろからイスラエルで、「親になることを望まない男女」に関する研究を始めた。ドーナトさん自身も、子どもを持たないと明言しているが、調査中、ある人から投げかけられたこんな言葉が、頭にこびりついて離れなかった。
「あなたはきっと、子どもがいないことを後悔する!」
断定的な物言いに違和感を覚えた。だが、本当にそうなのだろうか。反対に、親になったことを後悔するケースだってあるのではないか。さらに、そうした声はこれまで、社会によって「ないもの」とされてきたのではないか…。そんな思いが今回の本につながった。
ドーナトさんによると、イスラエルでは子どもを持つ事が強く推奨されており、女性が子どもを3人ほど産むことは「当たり前」。子どもを持たない人は、こんな批判を陰に陽に受けがちだという。「人生の重要なことを成し遂げていない」「子供じみている」。そのせいで、居場所のなさを感じる人も多い。
さらに「子どもがいないと、老後が大変だよ」と言われることも多いのだという。日本でも似たことを言われた経験のある人は決して少なくないはずだ。「こうした昔ながらの認識が変わらない限り、女性らの苦しみは続くのではないか」とドーナトさんは感じている。
この本でインタビューに応じた23人の女性は26~73歳。次の2つの質問にいずれも「いいえ」と答えた人々だという。
(1)今の知識と経験を踏まえて、過去に戻ることができるとしたら、それでも母になりますか
(2)あなたの観点から、母であることに何らかの利点はありますか
女性たちが後悔を抱え始めたタイミングはさまざまで、妊娠中、あるいは出産後、子育てがはじまってからという人もいた。23人中5人にはすでに孫がいた。現在進行形の苦しみを長年抱えていたことが伺える。
一方で注意したいのは、大多数が子どもを深く愛しているということだ。「ケアに時間や気力を取られて、自分の人生を生きられない」、「献身が求められがちで、母の役割が重荷だ」などと感じることはあっても、子どもの存在そのものは大切。 自分の後悔と、子どもの存在とは区別していた。
著者のオルナ・ドーナトさん
ドーナトさん自身は、16歳の時から「子どもは産まない」と心に決めていた。クラスの友人が母になることを「当然のこと」と受け止め、「将来子どもを3人授かって、それぞれにこんな名前を付けて…」などと話しているのを聞くたびに「私には向いていない。私は結婚しない」と感じていた。その思いは約30年後の今に至るまで変わっていない。
「母にならないことを選べないのなら、それは女性が本当の意味で、自分の体や生活について自己決定できる社会ではない」
インタビューでは、既に後悔を抱えている女性らに、周囲が何ができるかについても尋ねた。するとこんな声があった。「ひたすら当事者の話に耳を傾け、既存の価値観で判断しないこと。話を聞いてもらうだけで悲嘆が減ることがある」
ドーナトさんの次の研究テーマは、子どもを持たない高齢女性。性暴力の被害者を支援する組織でボランティアも続けており、声なき声を聴き、抑圧された人々のそばで活動を重ねていくという。
インタビューに答えるオルナ・ドーナトさん
▽実は多い男性読者。編集者「社会が女性に背負わせているものの重さ、解き明かしたい」
ドーナトさんにとって、これまで訪れたこともない日本で本が出版され、多くの共感を得たことは、想像を超える出来事だったという。「出版当初は、英語で翻訳されたら良いなくらいの気持ちだったから」
日本の読者からの感想も「ようやく悩みをオープンに話せる機会をもらえた。言ってくれてありがとう」「救われた」などと、多くの国と共通していた。ドーナトさんは「家父長制を始めとする、女性の生きづらさは世界共通の課題」と話す。
この本の読者は、タイトルからして女性が多いのかと思いきや、実は男性も多いそうだ。日本語版の出版を手がけた新潮社の編集者内山淳介さんは、インターネットの記事でこの本を知り、強く惹かれたと話す。「これまでにない視点の本。社会が、女性に背負わせているものの重さを解き明かすヒントになるのではないか」。一方で戸惑いもあった。「男性の自分が担当していいのだろうか」
それでも「こうした声があることを、多くの人に知ってほしい」との思いで出版にこぎ着けたところ、学術書としては異例のヒットとなった。
男性の読者からもこんな感想が寄せられた。「(子を持つ母の後悔や葛藤の存在について)本を読むまで、そんな思いがあるなんて想像もしていなかった。この本に出会えて良かった」
内山さんは「すべての社会が抱えている問題がこの本に描かれている。規範的な生き方以外のサンプルが少ない中、本を読んで楽になったり、生き方を考え直したりする人がいるのなら、嬉しく思います」と話している。
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