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9歳で失った右足「自由な移動」を夢見て華人起業家が開発した「ロボット義足」 ものづくりとイノベーション、日中の強みを融合

47NEWS / 2023年6月18日 11時0分

デザインも重視した義足を開発する「BionicM」の孫小軍社長(BionicM提供)

 9歳の時に病気で右足を失った男性が、ロボット工学を応用し歩行動作をアシストする次世代の義足を開発した。男性の名前は孫小軍さん(35)。中国で最も貧しい省の一つとされる貴州省の農家の生まれで、日本に留学していた大学院生の時に義足に出会った。松葉づえに頼っていた生活は一変したが、従来の義足の限界を感じ、「ユーザー目線の義足を開発したい」と起業した。

 孫さんのように、中国にルーツを持ちながら日本への留学後にそのまま残って起業する若者が増えている。日本のものづくりの技術を生かしつつ、中国流のスピーディーなビジネス判断で事業を展開。日中双方の強みを融合しながら挑戦する、新世代の華人起業家たちを追った。(共同通信=山上高弘)

 ▽高価で手が出なかった義足、勉学に励み名門大学に進学


ロボット義足を開発した「BionicM」の孫小軍社長=4月、東京都文京区

 義足の開発会社「BionicM(バイオニックエム)」が開発する次世代義足は、搭載する複数のセンサーがユーザーの姿勢や動作を認識し、電動で動きをアシストする。動力を持たない従来型の義足と比較して「ロボット義足」とも呼ばれる。社長を務める孫さんは東京大学の構内に設けられた研究施設で取材に応じ「技術によってモビリティー(移動性)を取り戻す。人間らしい自由な生活が送られるようにサポートしたい」と語り、自らの右足を見つめた。

 孫さんは中国・貴州省の農家に生まれた。小学3年の時、友人とバスケットボールをしていた際に右足に痛みを感じた。病院で検査すると骨に発生する悪性腫瘍の骨肉腫と判明。「手術しないと数年しか生きられない」と医者に告げられ、わずか9歳で右足を切断した。

 中国では助成制度が十分ではないため義足はとても高価で、一般市民には手が出なかった。松葉づえでの生活は両手がふさがれ、不自由を余儀なくされた。好きだったバスケも、友人たちのプレーを眺めることしかできなくなった。

 「遊ぶこともできず、勉強を好きになること以外に選択肢がなかった」。落ち込む日々を乗り越え、懸命に勉学に励んだ結果、中国の名門の理工系大学に進学した。材料工学を専攻し、日本の高い工学技術への関心もあったことから、2009年に東北大学との交換留学生として来日。卒業後は、東京大学の大学院に進学した。

 ▽従来の義足に限界を感じ、課題解決のために起業
 義足に出会ったのは24歳の時だった。引っ越しの手続きで訪れた区役所の職員が義足の利用者で、助成制度を教えてもらった。トレーニング期間を経て義足で歩いてみると、15年ぶりに両手が解放され「生活が180度変わった」と感じた。

 修士課程修了後は日本のメーカーに就職した。学生時代は大学と家との往復が主な行動範囲だったが、社会人になると通勤などの人混みの中での移動や出張の機会も増え、従来の義足では疲れや不便さをたびたび感じるようになった。


松葉づえを使っていた学生時代の孫小軍社長(BionicM提供)

 当時は、動力を持った義足は欧州メーカーなどごく一部のものに限られた。約1千万円と非常に高価で、仕様も十分ではなかった。「自分の手でよりユーザー目線の新しい義足を開発し、課題を解決したい」との思いから2015年に東大の博士課程に入り、ロボット義足の開発を本格的に目指した。2018年には「BionicM」を創業。社名は「Bionic(生体工学)」に、「man(人間)」と「mobility(モビリティー)」の「M」を組み合わせた。

 ▽「目標はテスラ」義足への考え方を変えたい
 開発は試行錯誤の繰り返しだった。ユーザーの動きに合わせて義足を制御しなくてはならないが、タイミングが合っていないと、逆に邪魔な存在になる。実際に義足のユーザーに障害物があるところや長距離を歩いてもらうなど、さまざまな環境下で使用してもらい改良を重ねた。15人いるスタッフの半分以上は日本人で「日本人の細部へのこだわりや品質追求への姿勢には驚かされた」と振り返る。

 昨年1月に次世代義足「Bio Leg」を製品化。現在、本体はコスト面を考慮して中国の広東省深圳市で製造し、半導体など精密部品は日本製を多く使用する。「人に見せたくなるような、かっこいい義足を作りたい」と語る。強化プラスチックの本体をサイボーグのようなメタル調にするなど、デザインも重視した。価格は300万~400万円程度に抑えた。

 孫さんは日本と中国の長所を融合させることの意義をこう語る。「日本人は丁寧で品質の高いものを作るが、スピーディーに世の中に出し、変化に応じてアップデートするやり方は中国人の方が慣れている。それぞれの強みをうまく合体させることができたらいい」

 義足の世界は既存の大手企業の寡占状態にあり、競争が生まれず進化していないという。今後は米国への進出も見据えており「次世代技術で多くの人のモビリティーを向上させる。電気自動車(EV)で世界を変えたテスラのように、義足に対する人々の考え方も変革したい」と決意を語った。


「BionicM」が開発したロボット義足(BionicM提供)

 ▽「いけてる」ビジネスモデルを中国から輸入
 エレベーターの閉じられた扉に、プロジェクターを使って広告やニュースを映し出す。こうしたデジタルサイネージ事業を「株式会社東京」(東京)の羅悠鴻社長(29)が始めた。


「株式会社東京」が展開する、エレベーターの空間を利用したデジタル広告(株式会社東京提供)

 羅さんは生まれ育ちは日本だが両親が中国出身。東大の大学院で地球惑星科学を学び、将来は土星の衛星で地球外生命体の探査がしたいと夢を描いていた。

 だが、予算的に国家プロジェクトでも困難な事業だと考えていた。ちょうどその頃、米国の起業家イーロン・マスク氏の宇宙開発への挑戦を知る。「もしかしたら自分で稼ぐ方が実現の確率が高いかもしれない」。こう考え、研究者ではなく起業家に転身した。

 事業のアイデアは東大のエレベーターに乗った際、貼られていた張り紙を見てふと思いついた。「何げない張り紙も、手持ち無沙汰になりがちなエレベーターの中だとつい目に留まる」。そう感じて類似の事業について調べてみると、中国では起業から10年あまりで時価総額が数兆円に達する会社があり、将来性が高いことが分かった。「どの分野にどれだけ先行投資するかなど、中国の先行事例はとても勉強になった」という。


エレベーターを利用したデジタル広告を展開する「株式会社東京」の羅悠鴻社長(株式会社東京提供)

 サイネージ事業は現在、東京都内のオフィスビルなど約2000カ所に展開するまでに成長した。使用するプロジェクターは耐熱や静音性能などで高いレベルが求められることから、広東省深圳市の会社と特注品を共同で開発している。「日本では何年もかかるような研究開発を、中国なら短期間でより安くできる。中国のリソース(資源)をとことん利用できるのが華人起業家の強みだ」と語る。

 中国では巨大IT企業がスタートアップに積極的に投資し、起業と成長が好循環してきた。今後はサイネージ事業にとどまらず、「中国のいけてるビジネスモデルをどんどん輸入したい」と羅社長。「中国の事業モデルは熾烈な競争にさらされ洗練されている。かつての日本の遣唐使がそうだったように、中国の進んでいる部分を積極的にまねして取り入れていくべきだ」と力を込めた。

 ▽「競争」ではなく「共創」の日中関係に
 日本に住む華僑・華人らでつくる経済団体「日本中華総商会」(東京)は昨年9月、日本で起業する同胞が増えたのを受け、スタートアップのビジネスコンテストを初めて主催した。約30社が参加してアイデアを競い、お風呂から上がって足を拭く際、体重を量り健康データも管理できる「スマートバスマット」の開発会社が優勝した。


昨年9月に開かれた日本中華総商会主催のビジネスコンテスト入賞者ら=東京都内(日本中華総商会提供)

 日本中華総商会の会員はこれまで、終戦後に来日した「老華僑」や、1970年代末から始まった改革開放後に訪れた「新華僑」が中心だった。だが、最近は日本留学後に残って起業するなど、20~30代の若者の加入が目立ってきたという。電子商取引(EC)などデジタル分野の発展も、若者の起業を後押しした。


華僑・華人起業家の活躍を紹介するシンポジウムを企画した夏目英男さん

 中国にルーツを持つ起業家有志も昨年12月、約100人を集めたシンポジウムを初開催した。中心となって企画した夏目英男さん(27)は「日中の間で活躍する起業家が身近に多くいることを知ってもらいたい」と話す。夏目さんは中国で起業家育成の最先端を学び、帰国後はスタートアップの支援に取り組む。シンポでは、中国で人気の通販アプリを日本向けにアレンジしたり、日本のものづくりを商品に取り入れたりした事例などが続々と紹介された。

 夏目さんは「華人のイノベーション力は日本の経済活性化に欠かせない。日中がうまく融合し、新たな事業を生み出す機会をつくりたい」と話した。今後もシンポなどを継続して開催する計画で、「日中が競争ではなく、共創の関係になれれば」と語った。

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