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日韓「歴史戦」の舞台となってしまった世界遺産 先行する政治的思惑、ユネスコは危惧 「文化の多様性認める」との理念、守れるか

47NEWS / 2023年6月24日 10時0分

佐渡金山のシンボル的存在で、江戸時代の露天掘り跡「道遊の割戸」=2023年3月、新潟県佐渡市

 「歴史戦を挑まれている以上避けることはできません」。2022年1月27日、元首相の安倍晋三がフェイスブックに書き込んだ一文が注目を集めた。
 「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)の世界文化遺産登録を巡り、朝鮮半島出身者の強制労働があったと韓国が強く反発し、日本政府は国連教育科学文化機関(ユネスコ)への推薦見送りを検討していた。自民党内の「弱腰だ」という批判を背景に、安倍は「歴史戦」という言葉を用いて韓国に対抗する意思を示した。
 政府は一転して世界遺産への推薦を決め、保守派を中心に、繰り返し「歴史戦」が叫ばれた。世界遺産は、歴史認識に関する日韓対立の現場となっていった。「世界遺産とな何なのか」という疑問とともに、対立の現場を歩いた。(共同通信=佐藤大介、敬称略)

 ▽「地域経済を押し上げる」との期待と「歴史の片面しか示していない」という批判

 新潟港からジェットフォイルで揺られること約1時間。佐渡島の玄関口、両津港からレンタカーで30分ほど走ると、佐渡市議会の入る建物に着いた。その入り口脇に事務所を構えるのが「佐渡を世界遺産にする会」だ。新潟県議会議長も務めた会長の中野洸は「四半世紀の悲願が実った」と、満足そうな笑顔を見せた。


早朝で閑散とする佐渡行きのフェリーターミナル。世界文化遺産推薦決定の旗が並んでいた=2023年3月、新潟市

 佐渡金山は文化審議会の推薦候補選考に4回落選していた。5回目の挑戦で政府や県などは「技術発展の歴史が16世紀後半から20世紀後半までに凝縮されている」としていた佐渡金山の価値を、江戸時代のものだけに変更した。
 政府は2022年2月にユネスコへ推薦書を提出したが、書類不備を理由に審査を進めず、23年1月に再提出する異例の経緯をたどった。政府関係者は「日韓対立が世界遺産の議論の場に持ち込まれ、政治利用されることへのユネスコの危惧が影響したのだろう」と明かす。
 中野は、世界文化遺産の登録が「地域経済を押し上げるきっかけになる」と期待する。韓国の批判は「江戸時代と強制労働は関係ない」と突っぱね、こう述べた。「日本は過去の歴史を忘れるべきではないが、韓国は過去を忘れることも大切だ。それが日韓関係改善につながる」


「佐渡を世界遺産にする会」の事務所=2023年3月、新潟県佐渡市

 だが、元佐渡市議の小杉邦男は「世界遺産登録は大賛成」としながらも、「過去の強制労働を無視するのは、歴史を片面だけで見ることになる」との理由から、江戸時代に限定しての推薦に疑問を呈する。
 佐渡金山は「世界に冠たる文化遺産」との思いに疑いはないが、朝鮮半島出身者のみならず、多くの日本人が強制労働に従事させられた歴史があることも示す必要があるとも考えるからだ。「負の歴史もきちんと見せてこそ、文化遺産としての価値がある」
 佐渡を訪れる観光客は1991年の約121万人をピークに年々減少し、昨年は約37万人。廃業するホテルや土産物店が相次ぐ一方、人口減と高齢化は歯止めがかからない。「観光客が来るのは、せいぜい最初の1、2年ほど。政治の思惑が先行しても、地元には何も残らない」。そう語った小杉は、最後に「そうなってほしくはないんだけれどね」と付け加えた。


鉱石処理場だった「北沢浮遊選鉱場跡」を案内する小杉邦男。江戸時代限定の推薦となったため、この場所は世界文化遺産の候補から外された=2023年3月、新潟県佐渡市

 ▽韓国の反発は「いちゃもん」、すれ違う主張

 韓国が強制労働を理由に佐渡金山の世界文化遺産登録に反発する背景には、2015年に長崎県の端島(はしま、通称・軍艦島)を含む「明治日本の産業革命遺産」が登録された際の、戦時徴用を巡るしこりがある。
 韓国側は軍艦島など一部施設で「戦時中、朝鮮半島出身者が強制的に働かされた」として強く反対し、日韓が激しく対立した。日本は、世界遺産委員会で「犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置を取る」と約束し、登録にこぎ着けた。その約束を果たすため、20年に東京都内に開設したのが「産業遺産情報センター」だ。
 2月にセンターを訪れると、内部には世界文化遺産に登録された産業遺産の写真やパネルが展示される一方、軍艦島で「朝鮮人差別はなかった」とする元島民の証言が紹介されていた。


長崎市の端島(通称・軍艦島)=2021年4月

 ボランティアガイドを務める元島民の中村陽一は「韓国からのいちゃもんがおかしいということを、きちんと説明したい」とし、強制労働はなかったと断言する。
 こうした展示内容に韓国が再び反発し、21年7月のユネスコ世界遺産委員会で、戦時徴用に関する日本の説明は不十分だとする決議が採択された。韓国政府当局者は「明らかな約束違反で、われわれをだましたと言われても仕方ない」と憤る。
 一方、日本政府当局者は「誠実に決議を履行すべく取り組んでいるが、(軍艦島で)朝鮮半島出身者が差別されていたという事実はない」としており、主張はすれ違ったままだ。
 こうした状況を、専門家はどう見ているのか。国学院大教授で、推薦候補を事前審査するユネスコの諮問機関「イコモス」副会長を務めた西村幸夫は「『歴史戦』となれば、自分の主張をどう認めさせるかという話になる。政治の問題と文化財の価値は切り離して議論すべきはず」と違和感を隠さない。
 西村は、言葉を続けた。「文化の多様性を認めて互いをよく知ることが平和につながる。それが世界文化遺産の理念だ」。日韓対立の前で、その理念が揺らいでいる。


「軍艦島」を巡る主張

 ▽政治利用は普遍的議論阻む

 世界遺産を巡る日韓対立について、井出明・金沢大教授に聞いた。
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 人類にとって「顕著な普遍的価値」を持った遺産を後世に引き継ぐことが、世界遺産の本来の趣旨だ。むやみに人が立ち入ったり、開発の対象になったりしないよう保護する目的もあり、単純な観光資源と考えるべきではない。
 だが日本では、世界遺産が観光客を招き入れ、地元経済を活性化させる手段として受け止められている印象が強い。もちろん、そうした側面も否定できないが、世界遺産をビジネス化してしまえば、五輪が商業主義の祭典になってしまったのと同じく、元々の目的をゆがめてしまう。
 また、日本は産業遺産などの世界遺産を「世界に向けて躍進した輝かしい歴史」として捉えているように思える。しかし、それは偏った見方だ。欧州では、近代化と資本主義の発展は植民地支配や搾取労働といった悲劇的な歴史と切り離していない。
 一方で、日本はまだこうした考えが根付いておらず、近代化に伴って生じた矛盾に目をつぶったまま、築いた成果だけを強調しようとする傾向が強い。
 2015年に「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されたが、その際に日本は、植民地だった朝鮮半島から炭鉱などに動員された人たちについて説明することを約束した。そのための施設として東京都内に産業遺産情報センターがつくられたが、韓国側はここでの説明が不十分だと反発し、佐渡金山の登録にも反対している。


「世界遺産のビジネス化は、元々の目的をゆがめる」と話す、金沢大の井出明教授=2023年2月、金沢市内

 センターについては国連教育科学文化機関(ユネスコ)に出された専門家による報告書でも「明治期に限らず、戦争につながるフルストーリー(全体の歴史)を扱うべき」だとの指摘がある。「歴史戦」などといった日韓対立をあおる表現を用いるべきではなく、ユネスコ諮問機関の専門家を納得させるための学識と論理を深める必要があった。
 そもそも近代産業社会における植民地からの動員は世界的なもので、日韓間に限ったものとは言えない。双方の国にとって政治的プロパガンダの道具となってしまえば、植民地支配の悲劇的側面という本質を突いた普遍的な議論ができなくなってしまう。それは、日韓両国にとっていい結果をもたらさないだろう。
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 いで・あきら 1968年生まれ、長野県出身。首都大学東京(現・東京都立大)准教授などを経て現職。専門は観光学。著書に「悲劇の世界遺産 ダークツーリズムから見た世界」など。

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