逆転の発想で生まれた「はかないくつした」、ずれて脱げるなら「かかとの部分をなくせばいい」 老舗メーカーが開発したヒット商品
47NEWS / 2023年6月30日 10時0分
スニーカーやミュールをおしゃれに履きたいときに重宝するフットカバー。足先やかかとを覆う靴下の一種で、素足で靴を履いているように演出できるのが特徴だ。だが、歩いているうちにかかとからずれて脱げてしまい、信号待ちの間に履き直す。そんな経験がある人は多いのではないだろうか。
創業から100年を超える靴下メーカー、ナイガイの遠藤裕治さん(55)は脱げるストレスをなくすために「いっそのことかかとの部分をなくしてしまえばいいのではないか」と考えた。そんな逆転の発想で開発したのが、商品名もそのままの「はかないくつした」。見た目は靴の中敷きにそっくりだが、あくまでも「靴下」だ。老舗が持つものづくりのノウハウをつぎ込み、汗をかいてもにおいにくく、さらっとした履き心地を実現。全国の百貨店やドラッグストア計約1600店に販路を拡大した。ヒットの理由を追った。(共同通信=小林まりえ)
▽クールビズ浸透で丈の短い靴下がトレンドに
はかないくつしたは縦25センチ、幅7・5センチで足底の部分だけの靴下だ。靴の大きさに合わせてはさみで切り、中敷きのように靴の中に入れてはだしで履く。編み地の表面は凹凸を持たせる工夫によって足の裏と接する割合を減らし、汗をかいても快適に過ごせるようにした。抗菌加工でにおいにくいのも売りだ。裏面には樹脂を施しており、それが靴にしっかりとくっつくためずれにくく、歩行時などの衝撃も吸収するという。最大の特徴は、一般的な靴下の素材と同じ綿とナイロンを使用しているため、洗濯して繰り返し使えることだ。
遠藤さんによると、靴下は10年ほど前から丈が短いのがトレンドになっている。背景にあるのがクールビズの浸透だ。革靴ではなくスニーカーを履いて通勤する人が増えた。スーツのズボンのすそから靴下が中途半端に見えてしまうとバランスが悪い。このため、スニーカーに隠れるような短い丈の靴下が好まれるようになった。その代表格がフットカバーだ。
パンプスの中に入れて使う「はかないくつした」
▽奇抜なアイデアに社内は半信半疑
フットカバーでよく指摘される弱点は、歩いているうちにかかとから脱げて靴の中で丸くなってしまうことだ。かかとの部分に滑り止め加工がなされたフットカバーもあるが、敏感肌の人の場合、汗をかくとかゆみが出てしまうこともある。
遠藤さんはそんな悩みを解消したいと「なるべく素足になれる最小限の靴下が作れないか」と発案した。2019年のことだ。着想を得たのが靴の中敷きだった。
実験として靴下の生地にアイロンで樹脂を付けた。それをひもなどがないスリッポンタイプの靴に入れ、女性社員にはだしで履くよう勧めた。すると、女性社員から「靴の中で滑りにくくて歩きやすいし、心地よい」と好評価を受けた。遠藤さんの奇抜なアイデアに半信半疑だった社内の反応が変わり、開発話が進んだ。
「はかないくつした」を開発したナイガイの遠藤裕治さん=6月7日、東京都港区
▽糸がほつれない製法で特許を取得
試作が本格的に始まって約1年後、中国の協力工場から開発を断念したいとの申し出があった。「靴のサイズに合わせてはさみで切る際に、どうしても糸のほつれが出てしまう」というのが理由で、技術の壁が立ちはだかった。
遠藤さんはいったん諦めたが、社内の後押しがあり、別の工場に依頼。ほつれないようにする糸の組み合わせを探すために10回以上試し、2021年に商品化できるレベルに達した。
凹凸状の編み地にすることで、夏場にさらっとした履き心地を実現。はさみで切ってもほつれができたり、生地が丸まったりすることなく、靴に密着しやすいという。この製法は2022年9月に特許を取得した。
5色で展開する「はかないくつした」
▽クラウドファンディングの反応は上々、在庫が全てなくなる
商品のネーミングも考え抜いた。参考にしたのが2020年にナイガイが発売した「みんなのくつした」だ。障害者の悩みを聞き、誰でも片手で簡単に履けるようにした靴下だ。平仮名表記で親しみやすさと分かりやすさを演出した。
「はかないくつした」の名称を巡っては社内で議論した。靴下は本来、足を覆うもので「はかない」と「くつした」は矛盾する。だが、遠藤さんは「靴下の新しい形」を示すために「くつした」の言葉を入れるのにこだわった。
2022年5月にクラウドファンディングで、はかないくつしたの応援購入を募った。1カ月間の目標は10万円。いわば「靴に履かせる靴下」というユニークな商品への消費者の反応は上々で、目標を上回る400足が売れた。その後、ニュースで取り上げられると、一気に人気が広がってネット通販で用意した在庫が全てなくなる状況となり、遠藤さんは量販に向けて自信を深めた。
2023年4月に百貨店や量販店、ドラッグストアで販売を始めた。販売数量は当初の計画を上回り、既に全国展開の衣料品チェーンからも引き合いが来ている。靴下売り場だけではなく、これまでナイガイの商品が置かれていなかった靴や中敷きの売り場にも並んでいる。現在は女性用のパンプスやミュール向けのみだが、男性の靴向けも開発中だ。
ナイガイのショールーム=6月7日、東京都港区
▽暑さが厳しく、機能性が高い靴下にニーズ
ナイガイは1920年、名古屋市で靴下専門メーカーとして創業した。自社ブランドだけでなく、海外の有名ブランドのライセンス生産も請け負っている。
1991年入社で商品開発と企画部門を歴任した遠藤さんは「地球温暖化の影響で特に夏の暑さが厳しくなり、靴下の必要性は上がってきている」と指摘する。消費者が求める靴下も変化し、3足で千円といった手ごろな靴下よりも、機能性が高い靴下へのニーズが高まっていると感じている。靴下はかつて筒状が当たり前だったが、はかないくつしたで既成概念を完全に打ち破った。
ナイガイは新型コロナウイルス禍で外出自粛が広がったのが響き、業績が一時悪化した。原材料高もあって経営環境は依然として厳しいが、遠藤さんは「靴下は生活になくてはならないもの」と力を込める。「だからこそ、わざわざ靴下を1枚履くことで、素足よりも快適に過ごせる商品をつくりたい」と夢を膨らませている。
はかないくつしたは5色展開で、希望小売価格は880円。
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