21世紀にこんな場所が…子どもたちは飢えて死を待つ 「ここは地獄だ」ソマリアで医師は口にした
47NEWS / 2023年6月26日 10時0分
「失敗国家」という言葉がある。機能不全の政府の下で社会が混迷し、住民が貧困にあえいでいる国を指す。アフリカ東部のソマリアはその代表例かもしれない。1990年代に始まった内戦の影響で無政府状態が続き、それが解消された後もイスラム過激派のテロが猛威を振るう。
そんなソマリアを、2020年に始まった干ばつを主因とする厳しい食料不足が襲った。私は3月中旬に隣国エチオピア南部の干ばつ地帯を訪れ、無数の家畜の死骸が転がる悲惨な光景を目にした。それから2カ月後の5月中旬に取材したソマリアでも、「死」のすぐ近くで生きる人々と出会った。ただエチオピアと大きく異なったのは、死を突きつけられているのが家畜ではなく、まさに人間だったということだ。
首都モガディシオの病院は飢餓状態で命の瀬戸際にある子どもたちであふれかえる。医師はふと口にした。「ここは世界の目が届かない地獄です」。21世紀の現実とは信じたくない、そんな場所から報告する。(共同通信ナイロビ支局 菊池太典)
▽日常はテロと隣り合わせ
国連児童基金(ユニセフ)ソマリア事務所の協力を得て、モガディシオの公立バナディル病院を訪れた。事務所からほど近い病院に車で向かう途中、運転手の男性が道路の右側の建物を指して「今から教育省の前を通り過ぎます」と伝えてきた。その瞬間、心臓の鼓動が速くなるのをはっきりと感じる。
「ソマリアの教育省」は、日頃からアフリカのニュースを追う人々の耳に刻まれている。昨年10月29日、イスラム過激派組織アルシャバーブによる爆破テロの標的となり、この建物の前で100人以上が犠牲となった。「子どもたちの脱イスラム化をもくろむ敵の拠点」だからというのが攻撃理由だった。
日本では必ずしも広く知られていないかもしれないが、ソマリアでは長年にわたりアルシャバーブのテロで日常的に人が亡くなっている。モガディシオでも政府要人が使うホテルなどが頻繁に襲撃され、そのたびに犠牲者が出る。
車内から見た教育省の周囲は、何事もなかったかのように露店が立ち並び、買い物客でにぎわっていた。住民は暴力に慣れてしまっているかのようだ。バナディル病院は、そこからほんの数百メートル先にあった。
ソマリアの首都モガディシオの中心部=5月15日(中野智明氏撮影・共同)
▽重いやけどに見えたものは…
「状況が最も深刻な子どもたちに会ってほしい」。医師のイブラヒム・シロウさん(46)に案内された病室に入った時、私は干ばつによる飢餓の影響を伝えたいという、取材目的がうまく伝わっていなかったようだと思った。
部屋には衰弱した20人弱の子どもがおり、みな皮膚の所々が痛々しくめくれていた。アフリカ諸国では今でもまきや木炭を使って調理をするケースが多く、子どものやけどの事故が後を絶たない。案内されたのは重いやけどを負った子どもたちの専用病室のように見えた。
全身に皮膚炎を発症した子ども=5月15日、ソマリア・モガディシオのバナディル病院(中野智明氏撮影・共同)
しかしイブラヒムさんは「いえ、ここにいるのは重度の栄養失調になった子どもたちです」と私の疑問を否定しつつ、説明してくれた。皮膚の症状はやけどではなく、極度のタンパク質不足に陥った際に現れる炎症だという。
「痩せているだけならまだ救えます。病院までたどり着ければ食料は提供できるので。危険なのは『クワシオルコル』と呼ばれる飢餓のサインで、皮膚炎や手足の浮腫などとして現れます。低タンパクが続き臓器が正常に機能しなくなってきた恐れがあります」
病室にいた2歳の男の子は頭部の皮膚がこぶし大に剥がれ、母親の腕の中でもうろうとしている。足の甲は明らかに腫れていた。イブラヒムさんは厳粛な表情で「この子は厳しいかもしれない」とつぶやいた。
浮腫が生じた栄養失調児の足=5月15日、ソマリア・モガディシオ(共同)
▽行き届かないワクチン
傍らにいたアブディちゃんという別の2歳の男の子は、鼻からチューブで酸素吸入を受けていた。栄養不足で体力が低下する中、肺炎にかかってしまったという。母親のマリアム・ハッサンさん(37)は「食べ物を口にする力が残っていないのです」と嘆いた。
バナディル病院で、酸素吸入のためチューブを鼻につけた子ども=5月15日、ソマリア・モガディシオ(中野智明氏撮影・共同)
家族はモガディシオ郊外の牧畜農家。かつてラクダやヤギなど80頭以上の家畜を飼育していたが、干ばつで次々と死に、数頭が残るのみとなった。家畜を売って得る現金で食料を買うことができなくなったといい、マリアムさんは「10人兄弟の末っ子のアブディにしわ寄せがいってしまった」と打ち明けた。
最も深刻な子どもたちが集まるこの病室はもちろん、別の部屋のより軽度な栄養失調児らも、驚くほど多くが肺炎を重症化させ酸素吸入を受けていた。待合室には吸引用の酸素ボンベが所狭しと並ぶ。
肺炎を引き起こす病原体は(1)細菌(2)ウイルス(3)その他の微生物―に大きく分けられる。乳幼児で肺炎が重症化するケースは細菌由来が多い。中でも「肺炎球菌」の感染が最も危険なものの一つとされ、日本では2013年、子どもが原則無料で受けられるワクチンの定期接種が始まった。
モガディシオで流行する肺炎がどの病原体によるものかは不明だ。栄養失調で抵抗力の落ちている子どもたちは、ウイルス性の肺炎でもたやすく重症化してしまうのかもしれない。一方でユニセフの栄養士マハド・トゥリャレさん(37)はこんなわだかまりが拭えない。「肺炎球菌ワクチンの接種が受けられれば事態はまったく違ったのではないか」
マハドさんによると、ソマリアの子どもたちが一般的にアクセスできるワクチンははしかやBCG、ポリオといった基礎的なものに限られる。「皮肉なことに、最も感染症への抵抗力の弱い人々が、最もワクチンで守られない状況に置かれているのです」
バナディル病院の待合室に置かれた酸素ボンベ=5月15日、ソマリア・モガディシオ(共同)
▽滞在中も「2回爆発」
「果たしてソマリアのこの悲惨な実情を世界にどうやって伝えればよいのでしょう」。ユニセフ・ソマリア事務所のビクター・チンヤマ報道官(54)は苦悩を率直に口にした。世界中から要人やメディアを集めて現場を見せたいが、「テロのリスクが高過ぎて現実的ではありません」。バナディル病院でも2011年に建物内で爆発があり、複数の負傷者を出した過去がある。
今回の取材の終盤、チンヤマさんはこう明かしてきた。「実はあなたが滞在したここ数日ですら、モガディシオでは2回の爆発がありました」
ソマリア滞在中、しばしば米国の作家アーネスト・ヘミングウェー(1899~1961年)の代表作の一つ「武器よさらば」の最終場面を思い出した。第1次大戦でイタリア志願兵となった米国人の主人公は看護師の女性と知り合う。女性は主人公との子どもを身ごもる。
しかし母子は難産で死線をさまよう。不安の中、病院で待つ主人公は「きょうび、出産で死んだりすることはないのだから」(新潮文庫・高見浩訳)と自分の心に言い聞かす。
100年以上前の戦争を舞台とした小説の一節が浮かんだのは、21世紀も四半世紀を迎えようとする中「きょうび、飢餓で死んだりすることはないのだから」と目を背けたくなったためだろう。
それでも目の前の現実は雄弁だった。世界には今なおバナディル病院のような場所が残っている。われわれが生きる時代の一つの側面だ。
ソマリアの首都モガディシオ郊外で、栄養失調の子どもを抱く母親=2022年6月(AP=共同)
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