変革を求めた青森県民、保守分裂の知事選で圧勝したのは自民色を薄めた元市長だった
47NEWS / 2023年7月11日 10時0分
まさに圧勝だった。自民党青森県連の支持が2人の元市長に分裂した6月4日の県知事選は、元むつ市長の宮下宗一郎氏(44)が元青森市長の小野寺晃彦氏(47)に23万票差をつけて当選した。県連内で有力幹部を含む多数が支援したのは小野寺氏で、宮下氏サイドは少数派だったが、選挙戦では宮下氏の強さばかりが目立った。
取材を通して見えてきたのは、閉塞感強まる地元経済に対する県民の不満と、有効な手だてを打ってこなかった自民党や既存政治家への諦めだ。宮下氏は型破りの物言いで人気を集め、全国的に勢力を伸ばす日本維新の会と重ねてみる関係者もいた。青森県政に何が起きたのか。混乱の半年間を振り返る。(共同通信=清水航己)
▽現職知事の引退、水面下で進んだシナリオ
2022年12月28日昼、青森市内の自民事務所。県連会長の津島淳衆院議員やベテラン県議らが知事選の「候補者選考委員会」を設置するため顔をそろえた。会合後、記者団に今後の対応を聞かれた津島氏は「主体的に候補者を選ぶ。当然、現職も入ってくる」と答えた。現職とは2023年6月に5期目の任期満了を迎える三村申吾知事。この時点で三村氏は進退を明らかにしていなかったので当然の発言だが、裏では別のシナリオが進んでいた。
1カ月前の11月、三村氏は当時の県連会長だった江渡聡徳元防衛相にひそかに引退の意向を伝えていた。江渡氏の慰留にも意志は変わらなかったため、一部幹部は水面下で「ポスト三村」として、県内出身の官僚に接触を開始。蚊帳の外に置かれたある県議は、後に内実を聞いて「引退を知っていたなら情報共有すべきだ。知事と向かい合うのは県議会だろう」と声を荒らげた。知事選を巡る県連内部の不協和音はここから始まった。
記者会見で6選不出馬を表明した青森県の三村申吾知事=1月21日、青森市
▽「むつのスター」が出馬表明
「宮下氏、知事選出馬へ」。県連幹部が官僚の説得を急いでいた2023年1月6日、地元紙が朝刊1面で大きく報じ、むつ市長の宮下氏は同じ日の定例記者会見で出馬の意向を表明した。市長を務める下北半島のむつ市は人口わずか約5万5千人。県内に40人いる首長の1人に過ぎず、自民の支援を受けて当選してきた保守系でもあるが、県連にとっては実に「厄介」な存在だった。
一部の県民は宮下氏を「むつのスター」と呼ぶ。例えるなら、日本維新の会の顔とも言える吉村洋文大阪府知事のような印象の名物首長だ。新型コロナウイルス禍では政府の観光支援事業「Go To トラベル」を「感染拡大に歯止めがかからなければ政府による人災だ」と批判。テレビ出演などでインパクトのある発信を繰り返し、県内での知名度は極めて高い。出馬すれば大きな存在感を示すとの見方が一気に広がった。
青森県知事選に立候補する意向を表明したむつ市の宮下宗一郎市長=1月6日、むつ市役所
▽ライバルの青森市長も出馬へ
話はさらに複雑になる。1月9日、青森市長の職にあった小野寺氏が「三村知事が引退した場合は」という条件付きで、知事選への立候補を考えていると明らかにした。小野寺氏は元々、県政界の大御所である大島理森元衆院議長が青森市長にするとして連れてきた人物だ。三村氏のことは「政治の師」と仰ぐじっこんの仲でもあり、一部には「小野寺氏こそが三村知事の後継者だ」との見方もあった。
なぜ小野寺氏はこのタイミングで事実上の出馬表明をしたのか。関係者は「宮下氏に対する強烈なライバル心」と分析する。2人はいずれも若手市長で、青森の将来を担うと期待されている。小野寺氏にしたら、目立っている宮下氏には負けられないというわけだ。
青森県知事選への立候補を表明した青森市の小野寺晃彦市長=1月22日、青森市
そして両氏のライバル関係は自民に飛び火する。県連幹部が出馬を打診していた官僚が、2市長の様子を見て「保守分裂は望んでいない」と要請を断った。無風の選挙を望んでいた自民の計画は水の泡となり、幹部は「わんぱく坊主の宮下のせいでおかしくなった」と不満を隠さなかった。
▽波紋呼んだ「誓約書」
宮下、小野寺両氏はいずれも自民に知事選での推薦を求めた。官僚擁立をあきらめた津島氏や江渡氏はどちらを選ぶか迫られたが、腹の中にあったのは小野寺氏だ。関係者によると、大きな理由は2人のキャラクターの違い。宮下氏は「中央政界に盾突いて何をするか分からない」と破天荒型の評価がもっぱらで、国会議員や三村知事と良好な関係を保ってきた小野寺氏の方が受け入れやすいのは間違いなかった。
1月21日、選考委は両氏に「党本部、県連の決定後は、党推薦候補の当選に向け最大限の協力をする」という内容の「誓約書」への署名を求めた。宮下氏にしてみれば、県連が小野寺氏を選んだ場合は立候補を辞退するよう求められたに等しい内容で、当然署名を拒否した。後に誓約書について「民主主義の根幹を揺るがす暴挙」と批判している。逆に小野寺氏は署名し、2人の対立は決定的となった。
▽自民の迷走、推薦方針を撤回し分裂
2月11日、選考委は大方の予想通り満場一致で「小野寺氏推薦」の方針を決定。小野寺氏周辺からは「当然の結果だ。これで党がまとまる」と安心する声が上がった。ところがこの一方的とも言える方針に、県連内部の不満が爆発する。推薦候補を最終決定するため多くの県議らも出席した2月19日の総務会では、宮下氏の支持派が猛反発した。2時間の会合は紛糾し、結論は持ち越しとなった。
宮下氏支持派が引き下がることはなく、3月5日、2回目の総務会で県連は小野寺氏を推薦するとの方針を撤回、自主投票にすると決めた。津島氏は会見で「苦渋の思いもあったが、組織を分裂させてはならないと判断した」と述べた。
関係者によると、分裂状態を見かねた党本部の幹部に「本当に小野寺氏で大丈夫なのか」と懸念を示されたという。青森は4月に県議選を控えており、複数の県議が人気のある宮下氏との連携を望んだため、むげにできなかったという事情も働いた。
とはいえ、多くの国会議員や県議が小野寺氏に近いという状況が変わるわけではない。県議選が終わると間もなく、宮下、小野寺両氏にとって地盤ではない衆院青森3区選出の木村次郎衆院議員が小野寺氏支持を明言した。さらに自民会派の県議29人のうち17人が小野寺氏を支えると表明。江渡氏も続いた。
一方の宮下氏に対して国会議員の支持表明はなかった。ただ少なくとも7人の自民県議は支援に回り、小野寺氏を支えると明言した木村氏の選挙区でも有力県議が味方に付いた。自民は完全に分裂。党関係者は「こんなにばらばらになるのは初めてだ」と嘆いた。
青森市内で記者会見する自民党青森県連会長の津島淳衆院議員=3月5日
▽午後8時に当確、23万票の大差
5月18日、知事選が告示された。小野寺氏の街頭演説には連日、自民国会議員や県議が応援に入り、党本部からは知名度のある今井絵理子参院議員も駆け付けた。小野寺氏は「党、組織の支援はない。政策を競う選挙だ」と訴えたものの、周囲は「どう見ても自民の選挙だ」と冷笑した。
一方、宮下氏はこの状況を逆手に取っているように見えた。自らを雑草と表現して「上から踏みつぶされそうだ」と連呼。街頭演説では自民県議も応援に立ったものの、最後まで政党色を出すことはなかった。知名度の高さが生きて街頭演説は連日お祭り状態。名前入りのうちわを持参する「追っかけ」の女性ファンも現れ、演説終了後には写真撮影しようと行列ができることも珍しくない。選挙戦最終日の訴えは市街地の交差点に人だかりができ、陣営関係者は「小泉進次郎さんを超えた」と鼻息を荒くした。
街頭演説に訪れた人々に囲まれる宮下氏=5月31日、青森市
一方、ここまでの集客力がなかった小野寺陣営の焦りは募る。木村氏は「知事選はアイドルの総選挙ではない」と宮下陣営の戦い方を暗に批判したが、熱気の差は隠しようがなかった。
6月4日の投開票日、午後8時に投票が締め切られた瞬間、報道各社は出口調査結果などを基に一斉に宮下氏に「当確」を打った。最終的な得票数は宮下氏40万4358票対小野寺氏17万4155票。知事選は他にも新人2人が立候補したが、宮下氏は全市町村で最多得票だった。
▽「何かを変えてくれそう」
なぜ宮下氏は圧勝したのか。有権者が口をそろえるのが県に漂う閉塞感だ。青森県は人口減少が著しく、コロナ禍や物価高が拍車をかけて繁華街では飲食店の閉店も相次いでいる。投票日前日、青森市のタクシー運転手は「青森がこんなになったのは、何もしなかった三村知事と自民のせいだ」と怒りをぶちまけた。そんな中で、今回は保守分裂選挙とはいえ「小野寺=自民、宮下=反自民」に見えたという。「自民ではだめだから、何か変えてくれそうな宮下氏に投票する」と言い切った。ある県議は、宮下氏の姿は全国的に勢いを増す日本維新の会と重なって見えたという。
宮下氏の街頭演説で拍手する聴衆=6月3日、青森県弘前市
一方、自民関係者は「小野寺氏は自民議員が並べば並ぶほど票を落とした。選挙のやり方を変えなければいけない」と党の集票力低下に危機感をあらわにした。宮下氏は当選翌日の会見で、自民県連にあいさつに行く予定はあるか聞かれて「特にない」と突き放した。次期衆院選に向けて分裂のしこりが残るのは確実だ。
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