介護職で年収1千万円超、世の中にはびこる「やりがい搾取」に反旗翻す株式会社「土屋」高浜敏之代表取締役CEO
47NEWS / 2023年7月2日 10時0分
「清貧であれ」「福祉で金をもうけるなんて」―こんな「常識」にあえて異論を唱え、「利益追求を怠らず、高い給与水準を実現する」と公言する介護事業の経営者がいる。障害者が地域で暮らすことを支援する重度訪問介護のサービスを基軸に全都道府県で事業所を展開する「土屋」(本社・岡山県井原市)代表取締役CEOの高浜敏之さん(50)だ。半生を振り返り、介護ビジネスの一つのモデルを提示する「異端の福祉」(幻冬舎)を刊行した高浜さんにオンラインで真意を聞いた。(共同通信=中村彰)
▽10年間、ボーナス、社会保険なしだった
さまざまな業界で指摘される「やりがい搾取」。高浜さん自身、若いころから福祉業界に身を置き、その中にどっぷりと漬かってきた。
「時給1000円でずっと働いて、10年間、ボーナスなんか1回ももらったことない。社会保険も付いてなかったが、それを言うことですら、はばかられるようなムードがありましたよね。極端な文化、続けられる人は本当に『ひとつまみ』という実感を持ちました」と振り返る。
志は大切だ。だが、それだけに頼っていては心が折れたり、生活のため退出を余儀なくされてしまったりする人が必ず現れる。「(高収入を)私はあえて言うようにしている。介護イコール貧しい、でも、いいことをやっていて、やりがいがあるから我慢していこうみたいな風土だと無理だよねって」
厚生労働省の2021年度介護従事者処遇状況等調査結果によると、勤続1年の介護職員の平均基本給は17万4580円。これに対し土屋では、25歳・未経験で入社すると月給28万円、賞与や手当を加えて年収364万円が平均例。未経験から入社2年目で年収500万円、ブロックマネジャーになると1000万円を超えるケースもあると「異端の福祉」には書かれている。
土屋は高収入を掲げた結果、毎月1000人以上が求人に応募し、100人以上採用しているという。「やりがい搾取になじまない人、『もらえるものをもらわないとやりませんよ』という価値観の人も入っていける可能性が開かれた」と話す。
土屋の利用者と介護スタッフ(提供写真)
▽活動家として生きる
高浜さんがなぜこのような考え方になり介護事業を起こしたのか。それは自身が障害者をはじめ、労働運動やホームレス支援に活動家として深く関わってきた経験があるからだ。
1972年、東京都生まれ。プロボクサーを目指すなど回り道の後、慶応大文学部に進み哲学を学んだ。そのころ、会社を経営していた父親が末期がんを宣告され、実家は急迫。新聞奨学生と飲食店のアルバイトで学費と生活費をまかなった。
2002年に卒業したが、理想の仕事に巡り合えず、アルバイト生活を続けた。そんな時、哲学者鷲田清一の著書に触れ「ケアワーカーこそ自分が求めていた仕事だという直感」がわき上がり介護の道へ。
▽障害当事者との出会い
求人誌を見て、たまたま門をたたいたのが現在、参院議員を務める木村英子さんが代表をしていた事業所。高浜さんはそれまで障害者とほとんど接点はなかったが、木村さんの下で重度障害者の置かれていた社会状況や課題に直面することになる。 「障害当事者と出会い、こういう人たちがいるんだ、こういうライフスタイルがあるんだ」と、自立を目指す障害者に驚きを覚えたという。それからは「活動家」を自認し、障害者、ホームレス、労働者の支援に突き進むことになる。
活動からは無報酬。生活のため清掃、介護、家庭教師などのアルバイトを掛け持ちしてほぼ無休の状態。疲弊して活動からも仕事からも離脱し生活保護を受けた時期もあったという。
少しずつ回復し、社会復帰のため認知症のお年寄りが暮らすグループホームで仕事を始めた。その会社で働きぶりが評価されたのか、正社員に登用されることになった。この時、既に38歳。初めての正規雇用だった。
約1年後、施設関係者が介護ベンチャーを立ち上げることになり、誘われて2012年、創業メンバーに名を連ねた。しかし、過度の利益追求姿勢に疑問を感じ独立を決断。会社の経営陣と話し合いの結果、別会社設立の合意がなされ、20年、スタッフ700人とともに土屋が誕生した。
▽矛盾と向き合う
活動家として理想を追求してきた立場から一転して経営者に。経営と働く者の待遇をてんびんに掛けなくてはならない時、どう折り合いを付けるのか。
「活動で鍛えられた思想がけん引力になったことは間違いない。活動家的精神はまだあるので、そういう価値観と、会社を発展させることの矛盾は常に乗り越えていくという感じですね」と話す。
「経営が厳しいときにボーナスを減らさなきゃいけないのは経営者として当たり前。一方、少しでも待遇を良くしたいという思いから葛藤が生まれる」
そんな時、どうするのか。「経営にとって最善の選択を常に計算していくと決めている」と、あくまでも経営者としての立場を第一にする。従業員の不満に対し「『会社ってそういうものでしょ』みたいな乗り越え方はしない。しっかりと、なぜなのか、という説明の時間を持たせてもらっている」という。
「異端の福祉」(幻冬舎)
▽将来を見すえて
「福祉で利益を上げる」という考え方に反発する人たちも根強く存在する。「稼げるとか、(年収)1000万みたいなことを言えば、しっかり炎上します。私が攻撃する側だったからよく分かるけど、その思想にとらわれていると業界の未来はないでしょう」と将来を見据える。
「ビジネスを持ち込むことに対して反発を抱く文化圏があるのもよく知ってます。それだと長い目で見たときに業界を押し下げるのではという自分自身に対する反省からこういう方向性をとってます」。この考えを広め、情報発信するのが出版の意図の一つだ。
重度訪問介護のサービスを事業の基軸に据えつつ、高齢者や子どもたちへの支援事業にも力を入れ始めた。
「社会問題を解決するという第一目標はぶれていない。日本中どこにいてもサービスを受けられる、介護難民を解消する」。これが今課せられたミッションと位置づけている。
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