冤罪の被害額は70億円、248日間の独房暮らし 「それでも検察は謝罪も検証もしないのか!」東証1部上場企業創業者の怒り
47NEWS / 2023年7月13日 10時0分
大阪城公園のほとりにひときわ目立つガラス張りの超高層ビル「クリスタルタワー」での栄華を誇った社長生活から一転、たった3畳の独房暮らしへ。分譲マンション供給戸数が全国有数で東証1部上場(その後東証スタンダードに移行)の不動産会社プレサンスコーポレーションの創業社長だった山岸忍さん(60)は、無実の罪で大阪地検特捜部に逮捕され、拘置所での勾留生活を余儀なくされた。会社倒産の危機を前に、一代で築いた売上高2000億円超の会社も泣く泣く手放した。
だが山岸さんは約2年後、無罪判決を得て冤罪を晴らす。検事のからめ手による攻略にも、うそなく認識通りのことを答える「単純で率直な思考」の流儀で対抗した。無罪確定後も検察サイドが謝罪も検証もしないことに怒りを隠さず、国を相手取った賠償の請求や言論活動で闘いを続けている。その心境を聞いた。(共同通信=武田惇志)
▽21億円横領事件に発展
2015年12月、山岸さんは当時の部下から「この土地をプレサンスで買うことを検討したいんです」と持ちかけられ、“21億円横領事件”に巻き込まれた。「この土地」とは「明浄学院高校」(大阪市阿倍野区)の敷地のことで、移転を検討していた学校法人が現校地を売却しようとしていたのだ。
事件の舞台となった明浄学院高の敷地=大阪市阿倍野区
ターミナル駅であるJR天王寺駅へ歩いて行ける距離かつ文教地区で、住宅地としては非常に魅力的だった。
しかし話はスムーズに進まず、その後、部下から「案件を前に進めるため、社長個人のお金、18億円を貸してください」と頼まれてしまう。当然貸したくなかったが、学校は再建資金(移転費用など)を確保してからでないと現校地を売ることができないのだろうと山岸さんは理解し、最終的に貸付に同意する。もちろん、18億円は学校に再建資金として貸し付けられるという前提だった。
18億円の貸付が実行された後、2017年に学校法人は敷地を売り、21億円の手付金を得る。この手付金の一部が、山岸さんへの18億円の返済に充てられた。ここまではすべてが問題なく進んでいるように見えた。
しかし2019年になり「学校法人で21億円が所在不明になる」などと新聞報道される。大阪地検特捜部の捜査が始まり、資金不明事件は“21億円横領事件”へ発展していった。業務上横領の主犯として元学校法人理事長の女性が逮捕されると共に山岸さんの元部下らも共犯として逮捕されることになる。
この間、「自分は悪いことをした認識がない」山岸さんはほぼ毎日地検の取り調べに任意で応じていたが、2019年12月、ほどなく自身も逮捕されてしまった。それ以降、保釈を勝ち取るまでの248日間、大阪拘置所の独房で孤独に苦しみ続けることになった。
大阪地検が入る合同庁舎=大阪市福島区
▽彼女は天才、敵ながらあっぱれ
山岸さんは当時を振り返って言う。
「逮捕された時、『裏切られた!』と思いましたよ。ただ、検事も演技がうまいんですよ。『私はあなたの味方であって、逮捕状なんて出るはずがなかったのに』という口ぶりでね。だから拘置所に行った時も『こいつにはめられたのか? 違うのか?』と感情の葛藤ですわ」
それでも山岸さんは当時、弁護士よりも担当検事の山口智子氏を信頼できると思っていた。弁護士の接見は1日わずか1時間に過ぎないが、検事とは毎日たっぷり8時間の長い取り調べを共にしていた。
じっとしていることが大嫌いで、孤独が苦手だった山岸さんにとって、話し相手があることは何よりありがたかった。山口検事は、弁護士のように事実確認の厳しい突っ込みもなく、のらりくらりと雑談にも興じる。
「3畳の独房に鍵を掛けられて気がおかしくなりますよ。立ってはいけない、寝転んではいけない、何してもいけない。朝起きたら検察官が取り調べに来てくれるのが待ち遠しくて仕方がなかった。午後3時とかに取り調べが早く終わっちゃうと、『え、もう帰っちゃうの?』って思ったほどで。一番ショックだったのが『今日で起訴します、明日からは来ません』と言われた時ですね」
山岸さんはそのように倒錯した心理状態となり、逮捕後に弁護士から完全黙秘を求められても、抵抗を感じて取り調べに応じ続けた。大学は法学部法律学科出身だが、学生時分の不勉強がたたり、刑事司法はまるで無知。「正義の味方」は話せばいつか分かってくれると思っていた。
「逮捕後もまだ山口検事を信頼していて…。彼女は本当に天才です。何かしゃべらせるんですよ、関係ないことでも。人間、しゃべらされたら事件のこともしゃべってまうでしょう。どう喝する検事だったら僕も黙秘してますよ。彼女は敵ながらあっぱれでしたわ」
インタビューの中で山岸忍氏は取り調べの実態を説明した
実は山岸さんが学校法人に貸したつもりになっていた18億円は、主に、逮捕された元理事長個人に貸し付けられ、彼女が学校法人を“乗っ取る”ための関係者の買収費用に使われていた。学校の再建費用に使われるとの元部下の説明はうそだったわけだが、山口検事に18億円の金の流れが記載されたチャートとともに指摘され、寝耳に水だった。
当然、取り調べは「山岸さんは18億円が(一部でも)買収に使われるということを認識していたのか」という点に集中していた。山岸さんは、何度も「僕が渡した18億は学校に入ったとの認識。面識すらない女性の手に渡って学校再建以外の目的で使われているとは思わなかった」と反論し続けた。
後に取り調べの録画映像を確認して分かったことだが、検事の誘導に乗って自白と取られかねない供述をしそうになる瞬間が何度もあった。ただ、「邪気を持たずに認識通りのことを言い続けた」ことで、ぎりぎりのところで踏みとどまった形になったという。
▽人質司法は「あり地獄」
逮捕翌日、プレサンスコーポレーションの株価は急落し、ストップ安に。現役社長の逮捕で経営の先行きに不安が広がっていた。山岸さんは即座に社長の辞任を決断、副社長が社長に昇格した。起訴後も保釈が認められず勾留が長期化する中、不動産大手オープンハウスに株式を全て売却すると決めた。「断腸の思いですよ。当時はとにかく会社を守らなあかんとしか考えてなかったですね」
信念は「今が一番幸せじゃないと気に入らない」。そのために努力も仕事も遊びも一生懸命やってきた。「減収減益は嫌だ」との意地にかけて、今まで血のにじむような努力をして一代で育て上げてきた会社を一瞬にして失ったのだった。業界関係者の多くは「あの男は終わったな」と冷ややかな視線を送った。
プレサンスコーポレーションが入っているビル
結局、保釈請求は計5回却下された。検察側は「海外逃亡や部下らとの口裏合わせによる証拠隠滅のおそれ」を主張し、山岸さんの心身が限界との訴えに対しても「負担が限界に達しているとは到底思えない」と反論した。罪を認めないと保釈が認められない「人質司法」の状況を、山岸さんは「あり地獄だった」と表現する。先の見えない拘禁状態のストレスにより、普段の人格を失うほど精神的に追い詰められたという。
「(極限状態で)取るに足りない一言で腹が立つようになってしまってね。奥さんが面会に来てくれて、『久しぶりにご飯を食べに行ってお酒飲んだ』と聞いただけで腹が立つんですよ。『おまえ、コロナになったら面会に来てくれへんようになるやないか!』って」
当時の日々は、これまでの人生からぶつっと切り離された存在と思えるほど、本当に自分に起きたこととは思えないトラウマ的な経験だった。
2020年8月、6度目の請求でようやく保釈を勝ち取った。無罪主張は維持していた。ただ住居玄関への監視カメラ設置や預金口座の支払い停止措置など、厳しい条件を飲まされた。かくして248日間もの長期勾留を耐え切った。今は、理由をこう分析する。
「大学卒業後、大手不動産会社に新入社員で入った時の方がきつかったですね。拘置所はご飯食べられますもん。当時は数字取らなかったらご飯食べさせてもらえんかったですから」
「あとは(戦えた理由の一つとしてあるのは)経済力ですね。普通のサラリーマンの方だったら、家族も心配だし、(検事の取り調べで)折れちゃいますでしょう」。山岸さんは刑事弁護のプロや元検事、元裁判官の弁護士を集め、一流の弁護団を結成していた。
山岸忍氏は248日間の独房での勾留生活を経験した
▽検察控訴せず完全無罪
「検察なめんなよ。命賭けてるんだよ、俺達は。あなたたちみたいに金を賭けてるんじゃねえんだ。てんびんの重さが違うんだ、こっちは」。案件を山岸さんに持ちかけ逮捕された元部下に、取り調べの男性検事が言い放った言葉だ。だがその言葉と裏腹に、検察の捜査はストーリーありきのずさん極まりないものだった、と指摘する。
「検察はそもそも、証拠をまともに見ていないんですよ。例えば、検察から証拠開示された電子メールなどを約20人の弁護団員で全て分析するのに1年ほどかかってるんですよ。一方、検察は関係各所へのガサ入れ(家宅捜索)で証拠押収してから2カ月足らずで僕を逮捕していますから、証拠を吟味していないんです。弁護団の分析からは、僕の認識と違う客観証拠が一点たりともなかった。にもかかわらず検察は(僕が横領に関わったとのストーリーで)関係者の供述をねじ曲げて起訴したんです」
明浄学院の学校法人の家宅捜索を終えた大阪地検特捜部の係官=2019年10月29日
2021年10月、懲役3年の求刑に対し、大阪地裁は無罪を言い渡した。検察は控訴せず、文字通りの完全無罪だった。日本ではほぼ100%負ける特捜事件の公判で勝利したのだ。判決は、検事の取り調べが元部下に虚偽の供述をするよう追い込んだ可能性にも触れていた。
判決確定後、山岸さんは「公益を代表する国の機関がこれほどの過ちを犯したんだから、事件の調査や検証がなされるはずだ」と期待していた。しかしそんな動きが起こる気配はみじんもなかった。
「今回の冤罪で私の受けた被害は、単純計算で70億円超です。われわれ民間企業がそんな大きな失敗をしでかしたら、普通は第三者委員会を開いて検証するでしょ? ところが検察はやらない。これだけの冤罪事件をなかったことにするのは許せない。厚生労働次官だった村木厚子さんが逮捕された冤罪事件の後に僕の事件が起こってるわけで、このまま放っておいたら『またやりよるで』と思ったんです」
そこで山岸さんは2022年3月、国に対し被害の一部である7億7千万円の賠償を求めて損害賠償請求訴訟を起こした他、元部下らを威圧的に取り調べた男性検事2人を証人威迫容疑などで刑事告発した。検察庁はこの2人を不起訴としたが、山岸さんはさらに付審判請求を行い、2人のうち1人については特別公務員暴行陵虐罪で起訴するよう裁判所に求めた。大阪地裁は請求を棄却し起訴を認めなかったものの、「机をたたき、怒鳴り、時には威迫しながら、長時間一方的に責め立て続けた検察官の言動は、陵虐行為に当たる」と認定した。
「村木さんの事件後、検察上層部は『あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない』とする『検察の理念』を作りましたね。でも、現場の人は正反対のことばっかりしている。われわれ民間企業なら、たとえ経営者が素晴らしいお題目ばっかり唱えても、末端の従業員に守らせなかったら、経営者失格ですよ」と舌鋒するどく批判する。
大阪地裁
▽「巨大化した個人商店」を反省
山岸さんは今、京都で規模は小さいが同じ不動産デベロッパーの会社を立ち上げ、再起を図っている。プレサンスコーポレーションで手腕を振るっていた時分は、第三者委員会の報告書でも指摘されたように「巨大化した個人商店」だった。トップがワンマンで即断即決して会社を急成長させたが、いつのまにか誰にも相談できない体制になっていたと反省した。今では部下に「こら」と叱りつけるのもやめたという。
これらの得がたい経験は2023年4月、著書『負けへんで!東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋)で詳細にまとめて世に問うた。人権団体の講演会や刑事司法のシンポジウムなどでも、自身の体験を精力的に話すようにしている。
「時間の許す限り協力はしていきたいと思っています。ただ、手応えはないですね。一般の国民が人ごとだと思ってますからね。世論は動かないし、国会議員も動かない。それでも、やらなあかんのじゃないか。(検察が)変わるとまでは思わないけど、少しでもくぎを刺すことができれば。二度とこういうことが起きないように」
著書を手にインタビューに応じる山岸忍氏
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