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「どうせ家で話せるわけない」知的障害者を10年虐待、副理事長による「無法地帯」 内部通報があったのに市役所は7年間認めず

47NEWS / 2023年7月15日 10時0分

虐待があったとされる社会福祉法人「清陽会」の通所施設=5月、東京都府中市

 東京都府中市にある社会福祉法人の男性元副理事長が、知的障害のある利用者に約10年間、虐待を繰り返していた。この法人の第三者委員会がまとめた調査報告書を共同通信が入手し、判明した。これまで行政には合計で十数回、内部告発や通報があったが、府中市は約7年もの間、虐待を認定しなかった。しかも、元副理事長は市職員OBだった。
 利用者の中には、この法人がそんな状態であると知らず、虐待を受けて心に深い傷を負った人もいる。報告書によると、元副理事長は恐怖で職員を支配し、「無法地帯」のような状態になっていた。一体、何が起きていたのか。(共同通信=市川亨)


金成さんの妻が清陽会の通所施設とやりとりしていた連絡帳。法令で定められている個別支援計画が作成されていないことや、支援会議の開催を拒否されたことなどが記されている


 ▽息子の異変に気付いた親「何かおかしい」
 問題の社会福祉法人は「清陽会」。府中市で知的障害者の作業所2カ所(定員各30人)やグループホームなどを運営している。元々は、知的障害者の親の会が母体となって1989年に設立された法人だ。
 「何かおかしい」。知的障害と自閉症のある長男(26)が2017年から清陽会の作業所に通い始めた府中市の金成祐行さん夫妻は、長男の行動障害がだんだん激しくなっていくことを不審に感じていた。作業所でパニックを起こし、壁に穴を開けてしまうといったことがあった。
 清陽会側とやりとりして虐待を疑った金成さんの訴えを受け、府中市は第三者委員会を設けて調査するよう清陽会に要請。委員会は2021年6月に設置された。
 第三者委員会は、利用者の親や職員らに話を聞くなどして、2022年3月に報告書をまとめた。金成さんは当然、報告書を読めるものだと思っていたが、清陽会は「個人が特定される恐れがある」などとして、開示を拒否。2022年5月に金成さん夫婦と会った千田恵司理事長はこう説明していた。
 「心理的な虐待のみで、身体的な虐待はなかった」
 ところが、共同通信が報告書を入手して内容を確認したところ、すさまじい内容が記されていた。


府中市役所=6月

 ▽すさまじい虐待の数々…利用者をビンタ「顔も見たくねえ」
 第三者委員会が認定した元副理事長による虐待は、次のような内容だ。
 ・約10年前、言うことを聞かない利用者をビンタした
 ・利用者の腕をねじるように暴行を加え、押し倒し、頬を手で押さえつけた。「どうせ家で話せるわけはないから大丈夫」などと発言した
 ・元副理事長を慕っている利用者の頭を拳でたたいたり、往復ビンタをしたりしながら叱る行為を何度も行った
 ・利用者の顔をビンタし、「おまえの顔なんて見たくもねえ」と言った
 被害を受けたのは利用者だけではなかった。職員も暴行や暴言、パワーハラスメントを受けていた。ある職員は「能なし」「頭がおかしいから病院に行って診てもらえ」などと罵倒された。書類を投げ付けられた上、顔を殴られた職員もいた。ハラスメントに耐えかねて退職した人もいた。
 清陽会の母体は、利用者の親の会だ。このため、以前は親の1人が理事長を務めていたが、親からはこんな証言も出ていた。
 「理事長の子どもが『トイレが遅い』と元副理事長に殴られた」
 「ある保護者が『会計について(法人に)説明を求めては』と親の会に提案したが、『そんなことをしては(元副理事長に)ぶん殴られる』と言われた」


元副理事長による利用者への虐待の様子が記された調査報告書。「聞いているのが嫌なくらい」という職員の証言もあった

 ▽虐待にとどまらず書類改ざん、「隠蔽体質」との証言も
 元副理事長の問題は暴行や暴言にとどまらない。報告書によると、職員からは次のような証言もあった。
 「遅くまで残業させていたことがばれないよう、行政の監査があると、元副理事長の指示でタイムカードの改ざんが行われていた」
 「できていない書類を監査までに全てできていたかのように作成した」
 元副理事長は規定外の給与を受け取っていたほか、妻と娘も職員として在籍していた。
 清陽会では、過去10年間で利用者への工賃不払いが合計1億円以上あったことも分かっている。職員や家族からは「事業の収益が何に使われたのか分からない」との声が複数上がっていて、不透明な会計処理が行われていたとみられる。職員からは「組織として隠蔽体質が根強い」という証言もあった。
 報告書は、元副理事長以外の職員も利用者に心理的な虐待や不適切な支援をしていたと指摘。ある職員は利用者に怒鳴りつけるような指示を出し、従わないと「副理事長に報告するよ」などと言っていた。


「清陽会」が運営するもう1カ所の通所施設とグループホーム。グループホームでは、市の指導を受けていた昨年7月にも利用者への心理的虐待があった=5月、東京都府中市(画像の一部を加工しています)

 ▽恐怖で職員を支配した元副理事長、行政は何をしていた?
 報告書は、法人の状況を次のように説明している。「元副理事長への恐怖感で職員は反論できない環境だった」「理事や評議員の多くが元副理事長の依頼で就任しており、実質的な審議がなされていなかった」
 不正常な運営の直接的な原因は「元副理事長の強権的な支配」としつつ、こうも指摘している。「理事会や評議員会が十分機能していなかったことも、人権侵害が長年にわたり行われたことの大きな要因だ」
 一方、利用者の家族や職員の中には、行政に虐待を通報した人もいた。報告書によると、府中市に最初の通報があったのは2013年。だが、市が元副理事長による虐待を認定したのは2020年7月で、約7年を要した。職員や家族からは、行政の不作為を訴える証言もあった。
 「市や労働基準局に通報したが、注意程度で終わってしまい、訴えた人は精神的にまいってしまい退職した」
 「同僚が市に相談に行ったが、市から確認はなかった」
 「知人が心配して都庁に連絡してくれたが、握りつぶされたと感じている」
 証言を受け、第三者委員会は行政の対応を批判している。「府中市や東京都、国が積極的に指導に踏み切らなかったために問題を長期化、深刻化させた。責任は重い」


東京都庁=2010年撮影

 ▽理事長は「身体的虐待はなかった」と虚偽の説明
 ところで、元副理事長はどんな人物なのか。関係者によると、市職員の時代は障害福祉の担当も務めた。現在は80歳前後。府中市が虐待を認定した後の2020年末に清陽会を退職したが、特に処分は受けなかったという。
 退職後に清陽会へ提出した文書では虐待を否定した上で、「記憶にない事象での行動がある場合は深くおわび申し上げる」などと弁明。第三者委員会の面談依頼は拒否していた。
 取材のため直接話を聞こうと自宅を訪ねたが、応対した元副理事長の妻は「『お話しすることはない』と申しています」と答えた。
 清陽会の千田理事長は金成さんに謝罪はしたものの、報告書の詳細を伏せて「身体的虐待はなかった」と虚偽の説明をしていたことになる。今年3月になって「事実認識が欠けており、不適切な発言だったことを強く反省している」と釈明したが、この時点でもやはり報告書の開示は拒否。金成さんからの再三の要請や府中市からの指導を受け、4月にようやく開示した。金成さんは元副理事長による虐待の数々と、理事長の説明が虚偽であることをようやく確認できたが、報告書がまとめられてから1年以上がたっていた。
 清陽会は今も報告書は公表しておらず、職員にも概要しか明らかにしていない。
元副理事長を刑事告発するよう求めた金成さんに対しては、こう回答した。「傷
害罪に該当する行為があったことを裏付ける資料を有しておらず、告発は難しい」


清陽会とやりとりした文書を前に、取材に答える金成祐行さん=東京都府中市

 ▽被害者はPTSDと診断「息子の人生はめちゃくちゃ」
 府中市の対応はなぜここまで遅れたのか。法人への遠慮や事なかれ主義が背景にあったとみられるが、担当課長らはこう釈明した。
 「指導はしていたが、元副理事長になかなか会えなかった」
 「もっと早い対応が必要だったと思う。利用者には申し訳ない」
 これまでは通常の指導・監査だったが、今年1月からは社会福祉法に基づく特別監査に切り替え、7月14日に監査結果を発表。不正・不適切な支出が多数見つかったとして、再発防止策など改善を勧告した。東京都も7月7日、立ち入り検査に入った。千田理事長は「既に改善に取り組んでおり、市の指導に沿って対応したい」としている。


社会福祉法人「清陽会」の施設へ立ち入り検査に入った東京都職員と、対応する法人職員ら=7日、東京都府中市

 元副理事長から虐待を受けた金成さんの長男は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。今もフラッシュバックを起こして、物を壊したり他人を殴ったりしてしまう行動障害が出ることがある。そのため、外出時などはヘルパーが2人付き添う。
 「虐待で息子の人生はめちゃくちゃにされた」と金成さん。「清陽会は関係者を処分するなど責任を取ってもらいたい。行政は、きちんと指導監督しないと、こういうひどい結果を招くということを肝に銘じてほしい」


金成さんに「元副理事長の刑事告発は難しい」と回答した清陽会の文書(一部加工しています)

 【取材後記】
 障害福祉分野の取材を十数年しているが、歴史があったり規模が大きかったりする社会福祉法人ほど、自治体は指導に及び腰だ。規模が小さいNPO法人や営利法人で不正があると、「指定取り消し」という厳しい処分が出ることがあるが、社会福祉法人ではめったにない。
 多くの利用者がいて影響が大きいこと、行政と「持ちつ持たれつ」の関係であることなどが要因とみられる。だが、声を上げにくい障害者を守れるのは、指導・監督権限を持つ自治体だけだ。
 監査は事前に通告があり、書類が整っていればクリアできてしまう。これでは不正は見抜けない。時には抜き打ち検査をするなど、緊張感のある関係を築くべきではないだろうか。

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