「それでも犯人の死刑は望まない」銃乱射事件で最愛の家族を奪われ、生活が一変した女性の苦悩 遺族が語るアメリカの死刑制度(前編)
47NEWS / 2023年7月23日 10時30分
2011年10月12日、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郊外、シールビーチにある美容室に1人の男が入ってきた。男は客がいる店内で銃を出し、何発も発砲。店員ら8人が死亡した。逮捕された男、スコット・エバンス・デクライ受刑者が狙ったのは、この美容室で働く元妻だ。2人は子どもの親権を巡って争っていた。元妻は殺害され、ほかの7人は巻き添えだった。
ベス・ウェッブさん(62)は事件で妹のローラさんを失い、母親も重傷を負った。4カ月前に結婚したばかりのローラさんはこの美容室で働き、デクライ受刑者の元妻とは同僚。母親のハティさんは客としてたまたま居合わせたところ、銃撃を受けた。何の落ち度もない最愛の家族を奪われたが、それでもウェッブさんは、デクライ受刑者の死刑を「望まない」と語る。なぜなのか。(共同通信=今村未生)
ウェッブさんらが暮らすカリフォルニア州のハンティントンビーチ
▽過去最悪の銃撃事件
ロサンゼルスから南に約60キロ、サーファーたちが1年中集うハンティントンビーチから程近い静かな住宅街にウェッブさんは暮らす。一帯はオレンジ・カウンティ(オレンジ郡)と呼ばれ、ディズニーランドや、大リーグの大谷翔平選手が所属するエンゼルスの本拠地がある。
私が訪ねた昨年10月下旬、ハロウィンを控えて多くの家が飾り付けをしていた。中でも一際目立っていたのがウェッブさんの家だ。大掛かりなハロウィンの飾りと、11月の中間選挙に向けて候補者を応援する看板が立てられていた。ウェッブさんは熱心な民主党支持者。夫婦ともどもバイク乗りという。
ウェッブさんは写真を手に「シールビーチ銃撃事件」について説明を始めた。
「こちらが妹のローラ。そして、こちらがローラの親友。2人とも事件で亡くなった。ローラは46歳だった」
ウェッブさんにとって、妹が働く美容室は大好きな場所だった。「ゴシップや笑い、下品なジョークが飛び交っていて、最高に楽しかった」
「母は胸と腕を撃たれたが、肺に弾は当たらなかった。ただ、腕の骨が砕けてしまって、6回ほど手術をした」
母のハティさんはロサンゼルス・ドジャースの大ファン。大リーグの試合では7回の攻守交代の際に、「私を野球に連れてって」という定番の曲が流れ、ファンが立ち上がって歌う。歌の途中で手を挙げ、指で1、2、3と示すのがお決まりだが、ハティさんの左腕は事件後、思い通りに動かない。
「母は文句を言っていたけれど、私は『あなたの左腕が、あなたの命を救ったのだから』と言って聞かせた」
ベス・ウェッブさん(左)と妹のローラさん
▽捜査当局の不正
事件は、異例の経過を辿る。8人も殺害しながら、デクライ受刑者は死刑を免れたのだ。その原因は、捜査当局にあった。
当局は当然、死刑判決を引き出すべく動いた。警戒していたのはデクライ受刑者側が精神疾患を主張して刑罰を免れようとするのではないか、という点だ。このため、留置場ではデクライ受刑者がいる独房の隣に、当局とつながっている情報提供者を入れた。デクライ受刑者の会話の内容を把握し、さらに密かに録音装置も設置した。もちろん違法だ。
当局のこれらの行為は、発覚した。そのせいで裁判が始まる前段階の手続きに、約6年間もかかることになった。
弁護側は、「不正により、被告人が公正な裁判を受けることができない」という趣旨の申立書を提出。裁判所もこれを認め、死刑判決を見送るべきだと判断した。
2017年9月、仮釈放のない終身刑の判決を受けた。
インタビューに答えるベス・ウェッブさん
▽「死を願うのは、心が壊れていたから」
遺族たちの怒りは、不正を行った捜査当局へ向かった。当初はほとんどの遺族が死刑を望んでいたが、次第に減っていった。こうした不正捜査がこれまでも長年にわたって行われていたことが明るみになり、死刑判決は出なさそうだと察したためという。
一方、ウェッブさんは事件前から死刑制度に反対していた。私が聞きたかったのは、家族を理不尽に奪われても、死刑制度に反対と言えるのかどうかだ。
ウェッブさんは、苦しそうにこう語った。
「私は今…、『彼の死について考えたことがない』と言おうとした。いいえ、私は、死刑廃止論者であるにも関わらず、彼の死について、事件当初は考えたことがあった」
デクライ受刑者の名前は呼びたくないのだろう。「He(彼)」あるいは「The guy(男)」と表現した。ウェッブさんは何かを言おうとして一呼吸置き、また話し始めた。
「誰かの死を願うのは、心が壊れていたからだろう。今はもう、彼の死を願わないようになった」
加害者の死刑を望まない。その理由を、自分の気持ちを整理するように語り続ける。
「彼の標的は元妻で、ローラはいわば巻き添えだ。この国では、無実の人が何百人も釈放されている。死刑制度においても、巻き添えの人がいると思う。つまり、無実の人が執行される可能性がある。死刑制度に賛同する人は、無実の人が処刑される可能性があることを承知で、制度を支持しているように感じる」
その実例として人種差別や捜査現場で起きる暴力事件を挙げ、「私は国家を信じていない」と述べた。
米カリフォルニア州サクラメントの州庁舎で死刑執行の一時停止を命じる文書に署名するニューソム知事=2019年3月(AP=共同)
▽「死刑囚はいつ死ぬかを知ることができる。ローラはさよならすら言えなかった」
ウェッブさんが今回の事件で死刑を求めない理由は、ほかにもある。
受刑者が仮に死刑判決を受ければ、控訴の手続きを取る。既に裁判前の手続きだけで6年かかっており、ここからさらに何年もかかる。
アメリカの場合、死刑囚はさまざまな控訴の手立てを使い果たしてからやっと、執行を待つ列に並ぶことになる。10年以上を費やすこともある。その間、遺族は裁判の度に事件を思い出し、苦しみ続ける。
「それに、死刑囚たちは、いつ死ぬかを知ることができて、最後の食事を摂れる。家族にお別れをいうこともできる。でも、ローラは『さよなら』すら言えなかった。彼が処刑されたとしても、もう妹は戻ってこない」
▽「刑務所で何年過ごせば更生なのか」
アメリカでは死刑の次に重い刑罰が、デクライ受刑者が受けた「仮釈放のない終身刑」だ。
「死刑制度に反対する人は、仮釈放のない終身刑にも反対することが多い。だけど私はその立場を取らない。受刑者の家族のためにも仮釈放の制度は必要だとは思う。だけど、もし誰かの命を奪ったら、20年や30年の刑期で済ませるべきではないとも思う。一律に仮釈放なしにすべきとも思わないが、その基準を満たす人もいると思う」
ウェッブさんはここまで述べて、こんな問いを投げかけた。
「8人を殺した人間の場合、刑務所内で何年を過ごしたら『更生した』と言える?」
ウェッブさんの生活は妹の死後、あらゆる面で変化した。特に、事件が起きた10月12日が近づくと怖い。今年こそ大丈夫だと思っても、シャワーの最中に泣いている自分がいる。
「ある種の悲しみはいつもそばにある。だからと言って、笑うことができなくなったわけではないけれど」
10月の初めは、ローラさんとウェッブさんの息子の誕生日が同時に来る。ローラさんは生前、いつもケーキを焼いて持ってきてくれていたし、ローラさんに最後に会ったのも誕生日だった。
「ローラの誕生日が来るのも怖い。彼女がここにいないということが怖い」
ローラさんがいないクリスマスも、以前のように楽しくないという。
ベス・ウェッブさんの腕のタトゥー。妹のローラさんとハーレーが彫られている
▽ハーレーのバイクに乗りたがっていた妹
事件の後しばらく、ウェッブさんは酒を大量に飲むようになったと振り返る。「子供たちが学校から帰ってくると、オーガニックの赤ワインを1本、開ける。そして、1晩で2本も飲んでしまう」ただ、今はもうひどい飲み方はしないと断った上で、こう言って笑った。「トランプが大統領に選ばれた選挙の日はショックで、とても酔っ払った」
ローラさんの夫は、思い出が多すぎる地元にいられなくなって、海外で一時暮らしたという。近くにいる母のハティさんも、事件については多くを語らない。「どのように気持ちを処理しているのか分からないが、みんなそれぞれ、違う方法で対処しているのだろう」
ウェッブさんは右腕に、ローラさんとハーレー・ダビッドソンのバイクのタトゥーを入れた。ハーレーを運転したがっていたが、叶わぬまま亡くなったからという。
「私が生きている限り、ローラはハーレーに乗れる」
ウェッブさんは今、働きながら2人の子供を育て、死刑廃止や銃規制を求める活動にも熱心に取り組む。カリフォルニア州では2016年、死刑を廃止する法案の是非が問われたが、否決された。ウェッブさんも、法案の可決を目指して活動した一人だ。現在、米国で死刑を存置する州と廃止した州の数は約半々。将来的に米国がどうなるのか。「私が生きている間に廃止されることはないと思う。(リベラル派が多いとされる)カリフォルニア州でさえ負けたんですよ。カリフォルニアはいつか廃止するかもしれない。でも、例えば保守層が多いテキサス州では難しいでしょう。そして、国としてはどうか。分からない」
【取材後記】
私は2022年8月末から2023年5月まで、フルブライト奨学金でカリフォルニア州立大学フラトン校に留学し、アメリカの死刑制度や刑務所について研究した。連邦捜査局によると、アメリカでは2021年、約1万3500件の殺人事件が起きた。日本の犯罪白書によると、同年の殺人事件認知件数は874件。人口の違いを考慮しても、アメリカは殺人事件が多い。事件の被害者遺族らを訪ね、死刑制度についてどのように考えているのかを聞いた。
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