「2人きりで会ってはいけない」、知的障害を理由に強いられた〝約束〟 なぜ私たちだけ?特別支援学校高等部の7割が交際を禁止や制限
47NEWS / 2023年7月22日 10時0分
「どうして恋愛を制限されたのか、今でも分からない」。軽度の知的障害がある山口県の伊藤美枝さん(22)=仮名=は、特別支援学校の高等部時代に同じ学校の恋人と交際した際、周囲の大人から2人きりで会わないことなどを求められた。昨年、北海道のグループホームで、結婚を希望する知的障害者が不妊処置を受けていた問題が明らかになった。知的障害者の出産・子育ては「どうせできない」と、認められないケースが少なくない。青春時代の恋愛についても、特別支援学校高等部の7割が禁止や制限をしており、さまざまなルールを課されている。(共同通信=船木敬太)
障害がある若者に性教育の講義をする岡野さえ子さん=2023年5月、山口県萩市
▽デートで怒られる生徒
今年5月、山口県萩市の「ドリームスクール・はぎ」。高等部卒業後、障害がある人たちが4年間掛けて生活や仕事について学ぶ場で、この日は伊藤さんを含む18~22歳の男女6人が、特別支援学校元教諭の岡野さえ子さんの性教育の講義を受けていた。
岡野さんは教諭時代から性教育に取り組み、ボランティアで月1回ほど講義している。5月の講義の題材はテレビドラマで強引にキスをした登場人物についてで恋愛の大切さを説きつつ、双方の同意が必要なことを教えた。授業の中で「高等部の時、学校で恋愛は制限されていた?」と質問すると、「制限はなかった」という声がある一方で、「恋愛は禁止だった」「周囲に他の人がいない場所で交際相手と会っているのが見つかり、ひどく先生に怒られている生徒を見た」などと話す若者もいた。
障害のある若者向けの性教育の講義=2023年5月、山口県萩市
▽「自分たちは信用されていない」という思い
伊藤さんは自身の経験をあまり深く話さなかったが、高等部時代に交際を制限されていた。「学校外で2人きりで会ってはいけない。会う際は他の人も同席する」「手をつないではいけない」。2年生の時に同じ学校の男子生徒と交際した際、高等部の先生を含む周囲の大人たちに求められて「約束」をした。彼女が望んだわけではなく、今でも納得できない思いを抱える。「どれだけ自分たちは信用されてなかったんでしょうか」
デートの際は2人きりにならないよう、共通の友人を誘ったり、他のカップルとダブルデートをしたことも。「ダブルデートはまだいいが、関係のない友人をデートに付き合わせ、私たちも友人も気まずかった」と苦笑いする。
約束に反発して、こっそり2人きりで花火大会に行ったことがある。「花火でデート、あこがれだったんですよね」。だが、2人で出かけた姿をたまたま見つかり、先生たちに呼び出されてこっぴどく怒られたという。「健常者の人たちはこんなことを言われない。どうして私たちだけ言われるのか。何か問題を起こしたわけでもないのに」
小学生の時は引っ込み思案で周囲と話せなかったという伊藤さん。だが中学部や高等部で周囲の人間関係に恵まれてコミュニケーションを学び、自身も明るくなれた。恋愛はその中でも大きな経験だったという。
▽トラブルの未然防止を理由に厳しく制限
東洋大の門下祐子客員研究員が知的障害のある生徒が在籍している特別支援学校高等部の学年主任を対象に実施した2021年の全国調査では、約7割が男女交際を禁止または制限していた。
466人から回答があり、5・6%が交際を「禁止」、63・3%が「禁止していないがルールがある」と答えた。「禁止していないしルールもない」は30・0%だった。
交際禁止のケースについて理由を尋ねると、「トラブルの未然防止」が最も多く、100%が「とても当てはまる」「少し当てはまる」のどちらかを選択。「保護者が不安に思っているから」(81・8%)が続いた。
「ルールがある」との回答者に対し、禁じている行為を聞くと(複数回答)、「性交」(59・6%)が最多。「保護者に許可なく会う」「2人きりになる」が続いた。「キス」(52・6%)や「手をつなぐ」(31・0%)など接触を禁じるケースも多く、「腕1本分離れる」と定めた例もあった。
校則のように明文化せず、教員同士で話し合って運用しているとみられるという。門下客員研究員は「『禁止していない』としていても、厳しく制限している事例が多い。当事者が恋愛を主体的に考えられなくなり、タブーと捉えてしまう。成人後に結婚、出産を希望した場合、周囲に相談できなくなる恐れがある」と指摘する。
▽恋愛は仕事や生活へのモチベーション、でも「性を学ぶ機会が乏しい」
「恋愛を諦めさせたくないが、どうすればいいのか。娘は性を学ぶ機会が乏しく、理解できていないので一定の制限は仕方ない」。愛知県の高杉由美さん(47)=仮名=は悩みを隠さない。
知的障害がある次女の薫さん(19)=仮名=は今春に高等部を卒業し、カフェで働く。高等部時代に好きになった元同級生の男性と交際中で、結婚や出産を夢見る。学校では交際を禁止・制限されなかったが、親としては2人きりで会わせるのは心配だ。
薫さんの交際相手の男性とは会ったこともあるし、自身も連絡を取り合っている。礼儀正しい好青年で、高等部卒業後はグループホームで暮らしながら頑張って働いているようだ。
薫さんは卒業後、在学中のように男性と会えなくなり、目に見えて落ち込んだ。彼女にとって、恋愛が大切なのは分かる。「応援したい。でも子どもができたら、どうするのか」。周囲で相談できる人は少ない。「学校で性教育を進めてほしいが、教師だけに負担を求めるのもおかしい。親も含めて学べるようになってほしい」と願う。
今は薫さんの恋を見守っている。先日は交際相手も含めて友人グループ数人でカラオケに行った。薫さんにとって恋愛が仕事や生活へのモチベーションになっているとも感じる。「時間をかけて、考えていきたい」と話す。
東洋大の門下祐子客員研究員
▽踏み込んで教えていない性教育
東洋大の門下客員研究員は、恋愛の制限と同時に性教育の実施状況も調査している。調査結果では、特別支援学校高等部の学年主任の98・5%が「性教育を行っている」と答えた。だが、内容を聞くと、性交や避妊・家族計画、性的同意といった項目は半数に届かなかった。門下客員研究員は「学校側が『性教育を行っている』と考えていても、実際は踏み込んで教えていないケースが多い。性教育を十分に行わず、一方的に恋愛を制限しているのではないか。日本も締結している障害者権利条約では、生殖及び家族計画について年齢に適した情報や教育を享受する権利を認めており、学ぶ機会を保障するべきだ」と指摘する。
共同通信の記者が知的障害者の恋愛に関連する話題を音声で解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索いただくか、以下のリンクからお聞きください。
https://omny.fm/shows/news-2/29
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