「障害者も子どもを持つ権利がある」日本にはない支援団体がアメリカでは40年前にできていた 当事者カップルや親子に会ってみて分かったこと
47NEWS / 2023年8月1日 10時30分
北海道にある知的障害者向けグループホームで入居者が不妊手術・処置を受けていたことが昨年、明らかになった。日本では知的障害者が結婚や出産を希望しても、周囲から反対や制限を受けることがまだよくある。では、海外ではどうなのだろうか?
米国では、障害者の子育て支援に特化した団体が40年以上前からあるという。日本では、そんな団体は聞いたことがない。どんな活動をしているのだろうか。当事者のカップルや親子はどうやって暮らしているのか。現地を訪ねてみた。(共同通信=市川亨)
▽知的障害の親を支援する手引を20年以上前に作成
米国西海岸サンフランシスコ近くにあるバークリー市。1960年代に障害者の自立生活運動が始まった町だ。
その運動の流れをくみ、1982年に誕生したのが「スルー・ザ・ルッキンググラス」(TLG)という団体。障害がある親を支援するNPOで、国際的にも知られる。障害のある子どもがいる代表のメーガン・カーシュバウムさん(81)が夫と共に設立した。
「私は『子育ては障害者の権利の新しいフロンティアだ』と言い続けてきました」。カーシュバウムさんはそう話す。
「スルー・ザ・ルッキンググラス」(TLG)が作成した、身体障害者向け育児補助具のパンフレット(左)と、知的障害がある親を支援する際の手引
TLGには臨床心理士や福祉職ら約60人の職員がいて、家庭を訪問して育児を援助したり、専門職の研修などをしたりしている。さまざまな障害者を対象にしているが、知的障害についても支援の手引書を20年以上前に作成した。障害の程度にもよるが、カーシュバウムさんは「適切な支援があれば、子育てはできる」と明言する。
「スルー・ザ・ルッキンググラス」(TLG)の事務所が入る建物=5月、米カリフォルニア州バークリー市
▽動画を撮って褒める。家で一緒にやる
その手法は極めて実践的だ。その一つが動画撮影。親が子どもと遊んでいる様子などをビデオに撮り、うまくできた場面を専門職が親と一緒に見て、褒める。
周囲からおとしめられる経験をしている人が多いため、まずは親の自己肯定感を高め、信頼関係を構築する狙いがある。
もう一つ重視しているのが「家で一緒にやる」ということだ。例えばどこかの施設で訓練しても、自宅とは環境が違うし、知的障害のため忘れてしまうこともある。さらに、子どもが親に敬意を持つよう、専門職が代わりにやるのではなく、なるべく親自身にやってもらう。
覚えるのが苦手なため、繰り返し言う必要があるが、厳しい口調にならないよう、その都度言い方を変える。
「親や子ども個人ではなく『家族全体を支える』という視点が大切」。カーシュバウムさんはそう強調した。
障害がある親を支援する法律の成立状況。今年1月現在で、緑色と黄色が成立済みの州(「全米障害がある親の研究センター」のホームページから)
▽半分近くの州で関連の法律が成立
TLGは1993年から2017年までは公的資金を受け「全米障害がある親と家族センター」の役割も担った。現在は東海岸にある大学が「全米障害がある親の研究センター」として、調査研究や情報発信などをしている。こうしたセンターも日本にはないものだ。
2012年には全米障害者評議会が障害者の子育てに関する報告書を連邦政府に提出。「親に障害があると養育不能と見なされ、裁判所で親子分離の決定をされてしまうケースが多い」。TLGも策定に関わった報告書はこう指摘し、政府に支援の拡充を求めた。
これを機に各州で法制度の整備が進み、今年1月現在、全米50州のうち24州で関連の法律が成立している。
ただ、カーシュバウムさんは「州によってかなり格差がある」と指摘する。「支援が提供されていても、質が伴わない実態もある。そうすると『やはり障害者に育児は無理だ』となり、かえってマイナスになる」との危惧も示した。
母親のサンドラさん(中央)、父親(右)と写るレイモンド・フェルナンデスさん=6月、米サンフランシスコ(本人提供)
▽「両親の障害で尊厳が傷ついたことはない」
では、米国では親が障害を持っているケースはどれぐらいあるのか。
2016~20年の政府統計を使った研究者による推計では、全ての親のうち6・7%(約15人に1人)に何らかの障害があり、知的障害や認知機能障害は2・5%(40人に1人)だった。
日本で同様の推計は見当たらず、「障害」の定義も米国の方が広いと思われるため、単純には比較できないが、日本の小学校でいえば知的障害や認知機能障害の親が1クラスに1人いてもおかしくない計算だ。
知的障害がある親に育てられた人はどう感じているのか。両親に軽度の知的障害があるサンフランシスコ在住のレイモンド・フェルナンデスさん(44)が取材に応じてくれた。
「両親は文字を読んだり覚えたりするのが苦手だったけど、自分のことを愛してくれていたし、自分も両親を愛している。両親に障害があることで自分の尊厳が傷つけられたとは思っていない」。レイモンドさんはそう話す。
母親のサンドラさん(73)にも話を聞いた。「出産について周りから反対されたり、否定的なことを言われたことはなかった。みんなが支えてくれた」とサンドラさん。
夫と2人で働いてレイモンドさんを育てた。レイモンドさんに知的障害はなく、今も自宅で3人一緒に暮らす。
取材に答えるジェーン・ディアスさん(左)と娘のジャニアさん=5月、米サンフランシスコ
▽「反対する親はここにもいる」
同じくサンフランシスコに住むジャニア・ディアスさん(48)は、64歳の男性と交際して約20年。ジャニアさんには中度、男性には軽度の知的障害がある。ジャニアさんは両親と同居。男性は支援付きアパートで暮らしている。
「日本では知的障害者の結婚・出産は反対されることがまだ多いのですが…」。ジャニアさんの母ジェーンさん(77)に聞くと、少し意外そうな顔でこう答えた。
「障害者が結婚・出産しても全く構わないと思うし、周りから否定的なプレッシャーを感じたことはありません」
ジャニアさんたちは結婚はしていないが、「結婚すると福祉手当が減ってしまうのと、2人とも今の状態で何も問題がないから」とジェーンさん。「娘はてんかんなどの疾患があるため、子どもを持つのは難しいが、そういうことがなければ構わないと思う」と話した。
一方、家族に反対された経験を持つ人もいる。全米に拠点がある障害者団体「ジ・アーク」サンフランシスコ支部に勤めるメリッサ・クリスプ・クーパーさん(48)。知的障害はないが、脳性まひがある。
同じ脳性まひの夫と11年前に結婚した際、クーパーさんの方が障害が重いため、夫の家族から反対を受けた。「子どもを持つとなったら、『自分たちが世話をしないといけなくなる』と反対する家族は、日本と同じようにここでもいる」
ジャニア・ディアスさん(手前)と交際相手の男性(本人提供)
▽グループホームでの育児を求める声はない
日本では、北海道での不妊処置問題を受け、グループホーム(GH)で知的障害者が結婚や子育てをできるよう制度改正を求める声が上がっている。現行制度では想定されていないからだ。
カリフォルニア州ではどうなのか。担当部署によると、知的障害のある夫婦がGHで暮らしたり、子どもを育てたりする場合も制度的には支援を受けられるという。
ただ、障害者団体などによると、GHで暮らすのはほとんどが重度の人。結婚や子どもを望む中・軽度の人は自立生活をしていることが多く、前出のディアスさん母娘もクーパーさんも「GHへの入居は考えていない」。GHでの育児に対するニーズはほとんどないという。その意味で日本とは前提条件が異なる。
「複数の職員が育児に関わることになるため、親子の愛着形成の観点で適切ではない」。そういった意見も聞かれた。
自宅で子育てする場合も、制度上は支援を受けられる。例えば、障害者の生活全般を援助する「パーソナル・アシスタント」という仕組みがある。
だが、TLGのカーシュバウムさんは「国全体では、多くの地域で育児支援までカバーしていない」と指摘。人手不足もあってサービスは行き渡っていないという。
「子育てについて、障害の中でも知的障害への差別が強いのは米国も日本と同じ。家族が不妊手術を受けさせる例はまだあるのではないか」。そうも話した。
インタビューに答える「スルー・ザ・ルッキンググラス」(TLG)代表のメーガン・カーシュバウムさん=5月、米カリフォルニア州バークリー市
▽取材後記
「知的障害者の結婚や出産について、アメリカではどうなっているのか」。そんな疑問から取材を始めたが、米国は州によって法律や制度が全く違う。この記事で紹介したのは、あくまで主にカリフォルニア州の状況だ。リベラル色や人権意識が強い地域なので、その点は考慮に入れなくてはならない。
とはいえ、障害がある親を支援する団体や専門機関が昔からあるという時点で日本との違いにため息が出た。「GHで子育てができるように」と求める声が出ている日本の状況が周回遅れのように感じられてしまった。
※ご意見や情報を取材班までお寄せください。メールアドレスはjinken@kyodonews.jp
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