「孤高の天才」が味わっていた癖になる感覚とは?打撃職人の前田智徳さん プロ野球のレジェンド「名球会」連続インタビュー(24)
47NEWS / 2023年8月1日 10時45分
プロ野球のレジェンドに現役時代や、その後の活動を語ってもらう連続インタビュー「名球会よもやま話」。第24回は前田智徳さん。イチローさんや落合博満さんらが天才と評した打撃職人です。これぞプロという印象の一人ですが、お話をうかがっている時に謙遜ばかりされていたことを思い出します。(共同通信=中西利夫)
▽僕の中で天才は2人だけです
現役時代は振り返りたくありません。2千安打で名球会に入れさせてもらい、すごく名誉なことですけども、あんまり褒められたもんじゃなくて。アキレス腱を両方切ってからは非常に苦しく、夢を追う気持ちが途切れました。そこで終わるわけにもいかないので、期待に応えるために夢を諦めるというか目標設定を変えて、長くプレーできたというのはあります。僕の過去は全てかき消したいぐらいです。プロ野球は結果が全て。この世界は数字が上の人が偉いので、僕は語るに値しないです。
1991年4月、ヤクルトとの開幕戦で先頭打者本塁打を放つ前田智徳さん。プロ2年目で広島のセ・リーグ制覇に貢献した=広島
田舎から出てきて、いつ駄目になるかで勝負していました。そういった意味で視野が狭かったですし、周りがみんなライバル、敵という昔の教えでやっていたものですから。けがもあり、ますます心を閉ざしていきました。マスコミの人に接することを避けてきたのは、そこまでの余裕がなかったというか。プロとしては必要なことなんですが、もともと苦手でもあったんです。今は外から野球を勉強しながら、いろんな若い選手の話を聞いていくというのを、今までの罪滅ぼしと受け止めて頑張っています。だから(応対の変化に)びっくりされる方はいらっしゃると思います。
(天才打者と言われ)ただ恥ずかしいだけです。そういう方たちのリップサービスを、この世から消したいぐらいの、本当に恐縮な心境です。テニスであったり卓球であったり、水泳だっていますよね。いろんなスポーツで若くして出てくると、みんな天才っていうじゃないですか。野球界も高校を卒業して1年目でレギュラーとして活躍するのは天才に当てはまると思うんです。僕は2年目からなので、どちらかというとそっちの部類で天才と言われたのかなと思います。清原和博さん、立浪和義さんとかは天才だと思うんです。1年目から、あれだけのプレーをされたので。僕の中では2人しかいません。
1997年7月の中日戦で通算100号ホーマーを放つ前田智徳さん=ナゴヤドーム
▽次の日の試合に向けて見逃し三振
究極の無心で球に体が反応してくれるという順調な時を過ごしていた時期はありました。そういった意味では才能があるんだなと思っていました。もしかすると、30歳までに理想の打撃が完成するんではないかという、ドキドキ感もありました。30歳を区切りとして、自分の打撃がどこまで出来上がるのか、もしくはぼろぼろに崩れるのか分かりませんが、30歳という目標は変わりませんでした。
理想の打撃は(球種の)読みとか抜きで、来た球にしっかりと反応するというもの。基本はストレートにしっかり狙いを定め、カーブとか変化球に、特に落ちる球に対して意識をしなくても反応できる。そういう状態の精度がどんどん上がっていくということ。その中で甘い球はホームランにするというのが目指してたところだと思います。
1999年6月、熊本工高の大先輩に当たる川上哲治さん(右)のアドバイスを受ける前田智徳さん=横浜
大好きな川上哲治大先輩が言われた「球が止まって見えた」というほどではないですが、ボールがゆっくり見えているという状態。それが若い時にはありました。150キロであろうが160キロであろうが関係ありません。練習で打撃投手が投げる打ちやすい球と同じと感じていました。そういうことが自分の中にもあったというのを分かってもらいたいです。僕なんかより素晴らしい成績を残された方はたくさんいるので、説得力はないんですよ。ただ、その時の自分の感覚を言葉にしているだけなので。今回は、ちょっとだけ本音を言わせてもらいました。
スローモーションのような感覚で(球とバットが当たって飛ぶ過程が)進んでいく。あれがたまらなくて癖になるんですよ。物理的にはありえないんですけど、時間が長く感じられることが最高だったですね。ボールを4等分して、打者寄りの下側を狙います。どの球が来ても。そこを狙って打つとバットのしなりも一番得られるし、当たった時の吸い付いた感覚も長く得られます。しっかり捉えた時は思った以上にいい打球が飛び、距離も出ます。あんなに軽く振っているのに何で飛ぶし、打球が速いんだよというのが僕の一つの持ち味。バネであるとか、捉えるポイントであるとか、最高のものを全部引き出して打った打球が、そういうふうに見えるので、それが楽しみの一つでもありました。
2002年5月のヤクルト戦で本塁打を放ち、ナインに迎えられる前田智徳さん(左端)。アキレス腱のけがを克服して同年にカムバック賞を受賞した=長崎
試合の大勢がほとんど決まると、生きのいい若手とかが敗戦処理で出てきます。そういうピッチャーはがむしゃらに投げてきます。それをしゃかりきに打って凡打すると変な感触が残ります。次の日もゲームがあるので、いいイメージで入りたい。それであれば、見逃し三振。それはさりげなく、おお、いい球だったなとか、一応演技も必要なので。投手を見下すとか、ばかにするわけじゃないです。ファンの方には申し訳ないですが、これは今だから言えること。すみません。そういうところも駄目なんですよね。数字を求めていくのであれば、貪欲に打っていかないと、というところですね。内野安打やポテンヒットがあるかもしれない。でも、次の日もいい仕事がしたい、変な感触を残したくないというのがありました。
▽野球の神様にお願いしたいこと
6年目の1995年に右アキレス腱を切り、病室で24歳の悲しい誕生日を迎えました。どれぐらい戻るのかは全く分かりませんでした。今考えると到底戻るものじゃないと分かりますけど、またプレーができるかなと希望はありました。打撃で抑えが効かなくなっていたのはショックでした。一番がっくりきたのはレフト方向ですね。逆方向に打球が飛ばなくなりました。右足親指の抑え、土をかむスパイクの中の親指の感触というのが、本当にどれだけやっても戻ってこなかったです。
車のタイヤでいえば、1本だけ大きさが違うタイヤがあるようなものです。ずっと走っていれば、けがをします。まさにそんな感じです。どのスポーツもそうですが、走るということは野球選手としてスペシャルに大事なことなので。2000年に左アキレス腱が3分の2ぐらい切れた時は、それを手術して次の年はもう辞めようと、ほぼ諦めました。でも、01年の終わりに、一応やるだけはやるという気持ちは残っていました。リハビリを死ぬ程やって、どれだけ自分がプレーできる体になるのか、興味があったんですよ。駄目なのは分かっていましたけど。
2007年9月の中日戦で通算2千安打を達成し、一塁上で笑顔を見せる前田智徳さん=広島
才能があっても、けがで辞められていった方、僕と同じ世代で対戦した人で早く引退せざるを得なかった方はたくさんいます。例えば巨人の吉村禎章さんやヤクルトの伊藤智仁さんとか。そういう方のことを考えると僕は長くできました。これからプロに入って来る選手には、目いっぱい練習に励んで、体を大事にしてもらいたいと思います。野球の神様がいるんであれば、けがなく全ての選手をやらせてあげたい。成功するかしないかは努力次第ですから、体の保証をしてあげてほしいなと思います。それで駄目なら納得するじゃないですか。
× × ×
前田 智徳氏(まえだ・とものり)熊本工高からドラフト4位で1990年に広島入団。走攻守そろった外野手として頭角を現し、91年のセ・リーグ制覇に貢献。95年に右アキレス腱を断裂し、2000年に左アキレス腱も負傷したが、けがを克服して02年にカムバック賞。07年9月に2千安打に到達して名球会入り。13年に引退。通算2119安打。ベストナインとゴールデングラブ賞を各4度。71年6月14日生まれの52歳。熊本県出身。
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