前科40犯の男性が漏らした「もう刑務所に入りたくない」 支援した学生たちが「命の恩人」に 待ってくれる人がいる大切さ
47NEWS / 2023年8月6日 10時0分
2022年10月、京都市上京区にある住宅の壁に、年老いた男性が寄りかかるようにして眠っていた。赤いニット帽に赤いセーター、緑のジャージーズボン。近くには服とリュックサックが二つ転がっている。泥酔しているようだ。
そこへ、同志社大大学院生の佐々木結さん(26)が通りかかった。すぐにボランティアで通っている近くのコミュニティーカフェに行き、スタッフで社会福祉士と精神保健福祉士の資格を持つ松浦千恵さん(41)にその様子を説明した。
「放っておけないでしょ。どうするの」
松浦さんは男性の元へ向かった。場所は京都保護観察所のすぐ近く。男性が刑務所を出所した後、保護観察所に助けを求めに来たのではないかと想像した。
保護観察所に駆け込み、話を聞いてみた。すると、この男性が酒に酔っていたため対応できなかったこと、かなり多くの前科がありそうなこと、そして帰る家がなさそうなことが分かった。「このままでは、また同じことを繰り返してしまう」
松浦さんは男性を保護観察所で預かってもらえるよう交渉し、同時に病院を探した。その日の夕方、アルコール依存症が疑われるため、男性はしばらく入院して治療を受けることが決まった。後で判明したことだが、男性は前科40犯。「もう刑務所には行きたくない」と思いながら、再犯を繰り返していた。その流れを断ち切るため、松浦さんたちのサポートが始まった。(共同通信=小林磨由子)
京都保護観察所=7月21日、上京区
▽初めての100円ショップに興奮
松浦さんは男性の入院中、佐々木さんと、同じくカフェでボランティアをする同志社大生の他谷尚さん(21)にサポートを頼んだ。さらに、高齢者の生活支援をする地域包括支援センターで社会福祉士として働く板倉綾子さん(40)の力も借りた。
男性の住まいが決まった後、抹消されていた住民登録を復活させたり、生活保護を申請したりした。
退院できたのは、冷え込む日も多くなってきた12月の晴れた日。4人が迎えた。新居で家電の使い方を教えた後、ゴミ袋などを買うため、佐々木さんは男性を連れて100円ショップに行った。
「兄ちゃん、ジュースを買ってやるから選び」
男性にとって、この時が初めての100円ショップ。興奮した様子だったという。
男性を支援する4人。右から、松浦さん、板倉綾子さん、他谷尚さん、佐々木結さん=3月17日、京都市中京区
翌日から毎日、男性の元を誰かが訪れ、一緒にごはんを食べたりコンビニに行ったり。
男性は長い刑務所生活の影響か、家電の扱いが苦手。電子レンジで温めるべきパックごはんを、冷凍庫に入れて食べていた。
男性がいつもビールなどを飲んでいるのが気になったが、悪酔いはしていなかったので目をつむった。4人と時間を共にする中で、男性は自分のことを少しずつ口にし始めた。
1937年生まれ。大阪府出身で、若い頃は京都市の旅館で板前見習いだったという。好きな食べ物は麺類。色は赤が大好きだけれど、パトカーの赤色灯は「大嫌い」と首を振った。
男性を支援する松浦千恵さん=7月23日、上京区
▽年末年始を乗り越え「ひとりは寂しかった」
穏やかに日々は過ぎ、年末年始を迎えた。誰も男性の様子を見に行かない日が5日間ほど、あったが、年明けに松浦さんが訪問すると、男性はうれしそうに言った。
「会いたかったわ。ひとりは寂しかったなあ」
しかし、その2日後。
訪れた他谷さんがインターホンを押しても、男性はなかなか出てこない。ようやく玄関ドアが開くと、男性はニット帽をかぶっていた。
「酔って頭にけがをした。誰かが手当をしてくれた」。バスで京都駅に行き、時計を買ったものの、その後どう帰ってきたかは覚えていないという。
翌日以降は、男性宅に行っても会えない日が続いた。4日後、やむを得ず合鍵で中に入ると、暖房も電気も付きっぱなし。窓は開いたまま。周辺も捜し回ったがどこにもいない。
嫌な予感は的中し、次の日には警察署に留置されていることが分かった。急いで面会に行くと、男性はバツの悪そうな顔をしながら、額の前で両手を合わせて明るい声で言った。
「松浦の姉さん、板倉の姉さん、佐々木さん、他谷さん、すまん」
男性が時計を買いに行ったという京都駅=2021年12月23日
▽また事件に
男性が問われたのは暴行罪。1月上旬にコンビニの店内で酒を飲んでタバコを吸い、それを注意したオーナーの肩を突いたという。
京都地方裁判所の公判で、検察官は懲役6月を求刑した。理由として挙げたのは①前の刑期が終わってからわずか3カ月しかたっていない②過去の裁判で飲酒しないと誓ったにもかかわらず、約束を破ってまた事件を起こした―。
一方、弁護側は、男性が罪を繰り返す背景に、出所後の支援の不十分さを挙げた。その上で板倉さんが作成した「更生支援計画書」を提出。サポートチームで地域での生活を支えていくと訴え、罰金刑を求めた。
2週間後の判決は、懲役5月の実刑。裁判官は更生支援計画書を評価したものの、「前科40犯。今回も出所してから短期間での再犯で、規範意識が乏しい」として罰金刑は見合わないと結論づけた。男性は控訴せず、刑が確定した。
ところで、「更生支援計画書」とは容疑者や被告人に必要な福祉的支援などを取りまとめた書面のことだ。弁護人が社会福祉士などに依頼して作成する。
法務省は2018年度から、東京と大阪の拘置所などの刑事施設で、弁護人から提出された被告人らの更生支援計画書を、再犯防止のために活用する取り組みを試験的に始めた。今年4月からは全国に拡大している。
「再犯防止推進施策の試行のひとつとして、期待を込めて見守りたい」。男性の弁護人も京都の拘置所に、京都地裁に提出したものと同じ更生支援計画書を送付した。
その更生支援計画書に板倉さんはつづった。「老後の時間は限られている。本人の気持ちを確認しながら一緒に地域の中で生活していき、すれ違う人と自然にあいさつを交わせる環境を本人、支援者と一緒になって作りたい」
4月に男性から届いたハガキ
▽刑務所からのハガキに「命の恩人」
男性を地域に迎え入れて1カ月ちょっとの再犯に、佐々木さんは悔しさを口にした。「これからお互いの関係を掘り下げていくというときに起こってしまった」
他谷さんは「すべてを防ぐことはできなかったかもしれないが、最小限に抑える方法はあったと思う」と話す。
男性の出所予定は8月下旬。4人は今、その時の準備を進めている。アパートについては、悩んだ末にそのまま借り続けることにした。これまでの支援を途切れさせないためだ。この間の家賃は今後、寄付を募ることなども考えている。
4月、刑務所の男性からハガキが届いた。
「後、約四ケ月ですので頑張って行きます。松浦の姉さんと板倉の姉さんのお顔が見たいです」
5月には2通目のハガキが来て、宛名の横にこう書かれていた。
「松浦の姉さんはぼくの命の恩人です!!」
届いたハガキを読む松浦さん=7月23日
▽一番の問題は、待ってくれている人がいないこと
刑務所に入りたくないのに再犯を繰り返してしまう。今回の男性のようなケースを防ぐ施策のひとつとして「更生緊急保護」という制度がある。
出所しても、親族らの支援がないなどの場合に宿泊場所や食事を一定期間、提供する仕組みだ。出所者が高齢者や障害者の場合は、「地域生活定着支援センター」が福祉的な側面からサポートする制度もある。
ただ問題は、いずれも本人が希望しないと支援できない点だ。かつての男性のように、助けを求めず、あるいはどこにどう助けを求めていいのか分からず、すぐに刑務所に戻ってしまう人も少なからずいる。解決策はないのか。
福岡県の地域生活定着支援センターとして、2010年7月~今年3月末までに引き受け手のいない高齢者や障害者の支援を885件以上してきたのが、北九州市のNPO法人「抱樸」だ。奥田知志理事長に話を聞いた。
オンライン取材に応じるNPO法人「抱樸」の奥田知志理事長=5月31日
―自ら声を上げないと支援を受けられませんが、声をあげない人もいます。
「理由は三つあると思います。一つ目は、出所段階で更生緊急保護という制度を知らないケースが多い。二つ目は、自分が崖っぷちの状況にいることを認知できていない。そして三つ目は、出所者を心配してくれる人がいない場合です」
―抱樸での支援を通して、再犯を防ぐためには何が必要だと考えますか。
「人とのつながりです。つながりの量は多ければ多いほどいいです。満期出所者の再犯が多いのも、引き受けてくれる人たちがいないから。住む家や仕事がないという以前に、待ってくれている人がいないのが一番の問題です。しつこく心配する人がいてくれれば、生き直してみようと思う気力を持つこともできます」
―支援から漏れる人をなくすために何が必要でしょうか。
「刑務所が単なる処罰の場ではなく、社会とつながる場になることです。また、定着支援センターも高齢者や障害者に限らず利用できるようにするなど、手厚い態勢が必要です」
―京都の男性のケースをどう見ますか。
「これからが勝負。みんなを巻き込んで、男性とつながり続けることが大事です」
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